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二百一話 使者の申し出

 ペケェノ国の使者が砦の中に入ってきた。

 歳は三十代半ばほど。戦場の中だというのに整った鎧姿を見るに、部隊長以上の階級だと思われる。

 とりあえずの手続きとして、ノネッテの兵に体を検めさせて、危険物の持ち込みがないことを確認する。

 この危険物というのは、武器を指しているわけじゃなくて、毒薬とか魔導具とかの『自爆』ができそうな物を指しているのだけどね。

 身体検査の結果、危ないものはないと判断されたところで、俺と使者は面会することになった。


「初めまして。この部隊の指揮をしています、ミリモス・ノネッテです」


 俺の自己紹介に、ペケェノ国の使者は目を丸くしている。


「噂に聞こえるノネッテ国の王子が、このような少人数を率いて戦っておいでだとは」

「そんなに変なことかな?」


 俺が疑問顔で問い返すと、使者はゆるゆると首を横に振った。


「いいえ。王子が出てくるほどに、ノネッテ国はこの戦いを重要視しているのだと、そう理解いたしました」


 こちらを重く評価しているかのような言葉を受けて、俺は眉を寄せる。


「こちらの意図を推察するのはいいけどさ。その口ぶりだと、まるでそっちは重要視していないように聞こえるのだけど?」

「勝ち戦だと思っている戦いにおいて、どれほどの指揮官が命がけと心掛けているかは、怪しいところがありますよ」


 自軍を貶めるような言葉を聞いて、この使者は何を交渉しにきたんだと、俺の疑問はさらに深まっていく。


「前置きはこのぐらいでいいはず。それで使者殿は、何を告げにここまで来たのです?」


 疑問を晴らすための質問をすると、使者は恭しく礼を取った。


「自分は、彼の師団にて軍師を務めていた者であると、あらかじめ申しておきます」


 先の戦いで、ペケェノ国の軍勢は単純な力押しと、配下に反乱されるような無様な士気しかとれていなかったことを思い出す。

 同時に、その前までの綺麗な後退行動も思い出した。


「へぇ、軍師。じゃあ、貴方はどちらを指揮していたんですか?」

「……指揮する者が途中で変わったことは、見抜かれていたと?」

「部隊運用法が変わったことぐらい、俺じゃなくたって、見抜けるでしょ」


 それほどに、ある時点から前後のペケェノ国の軍勢の動き方は、一線を画すほど違っていた。

 具大的に言えば、俺たちがこの砦の中に入って数日の間のことだ。

 そのことを指摘すると、使者は苦々しい顔に変わった。


「詳しくは省きますが、指揮権の交代劇があったのですよ」

「後任は、とても無能のようだけど?」

「無能――というよりかは、『看板が多いからこそ人は道に迷う』といった具合です」


 敵である俺の話し合いの中で、味方を能無しとこき下ろすわけにはいかないのだろう。

 恐らく、『船頭多くして船山に上る』と同じ意味合いのことわざでの評価を伝えてきた。

 その評価に物申したい気持ちはあるけど、話を前進させるため、あえて話題にはしないことにした。


「それで。その多すぎる看板は、使者に何と喋ろと書いてあるのです?」

「一時休戦をと」


 その申し出に、俺はちょっとだけ意外に思った。

 休戦自体は予想しなかったわけじゃないけど、籠城戦で追い払われた直後というタイミングで切り出してくるとは思ってもみなかったからだ。

 俺は腕組みして考え、使者の真意を探ることにした。


「その休戦とは、お互いの全軍に適応されるものではなく、貴方の部隊と俺の配下の間でのことでしょうか?」

「はい。お互いに消耗している状況。悪い話ではないのではありませんか?」

「消耗しているというけど、こちらは物資だけで、そちらは物資と兵員が共に摩耗している。休戦するとしても、そちらの方が得が大きいようですけど?」

「一時的には、そう見えるでしょう。ですが、休戦で稼ぐことができる時間は、なにも我々の方のみに利するわけではないでしょう?」


 言外に、俺たちが援軍到着までの時間を欲していることを見抜いている、と言いたいわけだな。


 正直に言うと、休戦は悪い取引じゃない。

 一定期間、戦いがなくなるということは、その間の食料を切り詰めることができるということ。物資不足に悩む俺たちにしてみたら、労せずに時間稼ぎができることに直結する。

 加えて、ペケェノ国の軍勢の一つを、この場に釘付けできるということは、ペレセ国の前線にかかる圧力が少ない状態で保つことができるということでもある。

 圧力が弱い状態なら、戦線維持は叶うだろう。そうして膠着した戦線で時間を稼ぎ、ノネッテ国とのトンネル整備が終わりさえすれば、大量のノネッテ国の軍勢が襲来することになる。

 そうなったら、ペレセ国の失地は回復するだろうし、返す刀でペケェノ国とカヴァロ国の国土を逆に奪うことも可能になるだろう。


 でも、以上のことは、軍師だったという目の前の使者もわかっているはずのこと。

 休戦の効果は、こちらへ大いに利する。そうと知っていて提案してくるからには、何かしらの得が向こうにもあると考える方が自然だろう。

 では、休戦期間はペケェノ国の軍勢に対し、どのような利益を与えてくれるのか――


「――指揮権の交代があったといっていたね。じゃあ、再び交代するために、時間が必要といったところかな?」

「言うほど大げさなことではありませんよ。ただ、先の戦いで無残な結果を出したこと、その責任を取ってもらうだけのことですので」


 俺の考えを、明確には否定してこないわけか。


「そもそも、なぜ指揮権の交代が? 前任者のままなら、少なくともお互いに兵に死者は出なかったはずです」

「それは――人間とは愚か者の代名詞ということでしょう」


 どうやら使者は、詳しい話はしたくないらしい。というか、自軍の間抜け具合に呆れて、口幅ったいといった印象だ。

 敵にするなら、優秀な相手よりも、間抜けの方が戦い易くはある。

 だけど、それも程度による。あまりに考えなしな敵だと、最後の一兵まで戦うなんて愚かな選択をしかねない。もしそれほど馬鹿な相手だったら、無用な被害がこちらにも出てしまう。

 そう考えると、ある程度の優秀さが相手にあったほうが得かもしれない。勝つにせよ敗けるにせよ、戦いの引き際を弁えてくれるだろうからね。


 休戦によって、こちらは時間を安全に稼ぐことができ、ペケェノ国の側は指揮権をあるべき所に戻すことができる。そして敵側の指揮者の交代は、俺たちにとっても良い具合になりそうな公算が高い。

 ここまで後退を続けた指揮官に交代するのなら、以後の状況も睨み合いが主体になるはずだ。そうなったら、お互いに死者を出さないままでいられる。


「総合的に考えて、一時休戦を受け入れた方が得だな」

「それでは、合意とみてよいのですね?」

「その前に、休戦期間と、その期間の中でどれほどまで行動をお互いに許すのか、それを詰めないといけないでしょう」


 お互いに休戦に乗り気とあって、条件の出し合いはすぐに終わった。


『一時休戦にあたり、自軍への通告に一日を経た後、十日間の非戦闘期間を設けることとする。

 その期間、以下の条件が付帯する。

 1、ペケェノ国の第二師団は、現野営地点よりペレセ国の領地へと踏み入らない。ただし、現地点より後方へ移動することは可能とする。

 2、ミリモス王子が指揮するノネッテ国の軍勢は、この砦より先に進出しない。ただし、砦より後方への移動は可能とする。

 3、両軍は衝突を回避するための努力として、お互いに不干渉とする。相手へ大声をかけたり、交流を持ちかけたり等、行ってはいけない。

 4、条件1が破られた場合はペレセ国が、条件2が破られた場合はノネッテ国が、休戦条約破りとして騎士国へ報告されることとする』


 以上の条件で、休戦条約を結ぶことにしたのだった。


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