二百話 籠城戦
ペケェノ国の軍勢を追い払ってからの三日間は、襲撃はなかった。
それもそうだろう。
先の戦闘で見たところ、敵側の指揮系統はトップが複数いるという、ハチャメチャなものだった。
こうした複数の指揮官が対立するような構図だと、俺たちがいる砦を再び攻める作戦を立てる際にも、意見がぶつかって纏まらないことは目に見えるようだたし。
そんな束の間の平和だったのだけど、先の戦闘から四日目で、ペケェノ国の軍勢が再攻撃してきた。
戦法としては真っ当に、砦に対して正面と左右からの、三方向からの砦攻めだった。
「砦の扉の修復が間に合っていないのを見て、正面戦力を厚くはしてあるようだけどね」
パッと見での敵の戦力分布は、正面に千五百名、左右に八百名、後詰めに五百名といった感じ。
そうやって分かれた隊のそれぞれに、指揮官が一人ずつついている様子だ。
「ミリモス王子! 砦の壁に、高梯子がかけられてます!」
「上ってくる敵兵に対して石を落としたり、槍で突いたり、梯子自体を斧で壊すんだ! 下からの矢を警戒して、あまり体を乗り出さないようにね!」
対処法を伝えつつ、俺も受け持った左側の壁面の防衛にあたる。
門のある正面は、魔導鎧を着けたキコス千人長や、先の戦いで対処法になれた兵で固めてあるため、問題ないと判断している。
問題は、指揮する適当なものがひなかった右壁の防衛だけど、防衛が危なくなりそうだったら大声で知らせるように言ってある。場当たり的な処置だけど、今のところ上手くいっているので問題はない。
なぜ撃退が上手くいっているかというと、なにも俺たちの奮闘ばかりではなかった。
「なんというか、敵兵にやる気が感じられないんだよね……」
敵兵たちは、ワッと声を上げながら盾を構えて安全に近づき、砦の壁に高梯子をかける。
ここまではいい。
本来の砦攻めなら、我先にと兵たちは梯子の踏ざんを駆け上り、壁の上へと到達するものだ。
それなのにペケェノ国の兵たちは、せいぜい一人二人が梯子を上り始め、こちらが梯子を外したり壊したりすると、あっけなく撤退していく。
その不甲斐ない様子に、敵兵の後方にいる指揮官と思わしき人物は、怒りの声を上げているほど。
「ええい、戻ってくるな! 砦の近くで攻め続けるのだ!」
ぎゃんぎゃんと喚くように命令を出しているが、兵士たちの動きは芳しくない。
とりあえず命令には従って、その通りに行動はしても、命を懸けて完遂しようという気構えは見えてこなかった。
そんな敵の戦いぶりだからか、こちらの被害も少なくて済んでいて、せいぜいが怪我人が数人でたくらいの状況だ。
「敵の指揮官は、部下の掌握が上手くいっていないのか……」
敵兵たちにとって、従いたくないなにかしらの理由が、あの指揮官にあるのかもしれない。
こちらの作戦に利用できそうな現象を見て、俺は知恵を生み出そうと頭を捻る。
しかし考えがまとまる前に、右壁の防衛を任せていた兵の一人が、走って俺に近寄ってくる姿が見えた。
「防衛が危ないのか?!」
俺が慌てて尋ねると、その兵士は悩むような顔つきで報告してきた。
「戦闘は激しかったのですが、少し前に攻め手の勢いがなくなりまして……」
「撃退したってこと?」
「それがその……敵側に問題が起こった様子で……」
混乱している様子の兵士を落ち着かせて、一から十まで、戦場の様子を語らせた。
順々に話を聞いていき、ある点で俺は首を傾げる。
「ある時点で、いきなり敵側から「指揮官が流れ矢に当たって死亡した」と声が上がったと?」
「はい。でも我々は、壁に近づく敵兵の対処に追われていて、敵指揮官に向けて矢を放っていなかったのですが……」
要するに、あるはずのない流れ矢によって、敵指揮官は命を落としたらしい。
「状況を判断するに、敵側で反乱が起きたんだろうね」
「敵兵が、自分たちの指揮官を殺めたと?」
「なにやら敵兵には、指揮官に従いたくない理由があるみたいでね」
俺が受け持つ左壁の戦場でも、敵兵たちは命を惜しむような戦い方をしていると伝えた。
「状況を考えると、俺たちと戦いたがっているのは、ペケェノ国の軍勢でも指揮権がある一部だけ。その他の兵士は、戦いたいとは思っていないんじゃないかな」
「軍事において、上が戦うと判断するなら、下は従うものでは?」
「それが理想ではあるけどね。でも、勝ち目があるかわからない作戦じゃ、命の張り合いがないって考えることも、兵士の心情としては当たり前でしょ?」
「なるほど。敵の指揮官は自分の配下に、勝てる戦いだと思わせることができなかったというわけですか」
「砦攻めは、攻め手から見ると、常に壁と兵に弾かれ続けるだけで、戦況が動いているようには見えないから、士気の維持が難しいって部分がある。そう兵法書にも書かれてあるほどだから、なおさらだろうけどね」
そんなことを話している間に、戦場の音が小さくなっていることに気付いた。
俺は会話していた兵士を右壁へと戻すと、近くにいた別の兵士に状況を尋ねる。
「敵の様子は?」
「用意していた梯子を全て使い果たしたのか、一度引き上げて陣を敷いているようです」
壁にある監視用の小窓から外を覗くと、こちらの矢が届かない範囲まで、敵の位置が引いていた。
そのまま様子を見ていると、少しずつペケェノ国の本陣がある方向へと下がっていく。その動きは、俺たちからの追撃を恐れているようだった。
「逃げると見せかけて、隠し通路から俺たちが出撃しないかを見張っている……ってわけないか」
違うと判断したりゆうは、敵の指揮官が馬から下ろされたうえで、数名の兵に拘束されているからだった。
どうやらこちらでも、敵兵は指揮官に反旗を翻したらしい。
いよいよどうして反乱するのか理由が知りたくなってきたけど、砦の外に出て尋ねるわけにもいかない。
「左右の敵兵が引き上げるとなると、正面の戦いも下火になってくるかもな」
敵の作戦は、砦の左右からも攻めることで、こちらの防衛の手を割くことが狙いだった。そうすることで、門がある正面の防備が薄れて、突破しやすくなるため。
だからこそ左右の壁を攻める部隊がいなくなった現状、敵側にとって正面を攻め続ける意味がない。むしろ攻め手を止めないと、被害が大きくなるだけだ。
そんな俺の見立ては正しかったようで、砦の正面から聞こえてくる戦闘音が、ある時を境にぱったりと止まった。
そしてすぐに、正面から仲間の兵の報告が飛んでくる。
「敵、撤退していきます! 防衛成功です!」
「念のため、目を離さないようにね!」
言い返しながら、俺は防衛戦が終わった安堵から息を吐く。
それと同時に、頭が痛くなりそうな、俺たちの現状をも思い出した。
「食料問題があるんだよなぁ……」
切り詰めてはいるものの、兵は食べなければ力が出ない。特に籠城戦なんていう兵の士気が大事な戦闘となると、食事は十全に配らないと負けに繋がることになりかねない。
そのため、戦闘糧食は大盤振る舞いしているのだけど、持ってきた食料は底が見え始めていた。
「敵が攻めてこないなら、十日は持たせられるだろうけど。戦闘になったら、一戦で空になりそうなんだよなぁ……」
ノネッテ国からくる援軍が、ここまで食料を届けてくれることを期待したい。
けどもし、こちらの食料が尽きるのが早かったのなら、手立てを考えないといけない。
「全員で後方へと下がるのは、敵の追撃がありそうだから却下するとして。そうなると俺が一人、人馬一体の神聖術を使って、後方へ食料を取りに行くことが確実な手ではあるんだけど……」
さてどうしようかと考えていると、砦の正面に配置した兵から新たな報告が飛んできた。
「敵陣から一名、馬に乗った者が近づいてきています。手に槍――槍の先端に交渉旗がつけられています!」
「使者だって?」
戦いが終わったばかりのタイミングで、何を話し合う必要があるんだろうか。
俺は首を傾げながらも、敵の使者を受け入れる準備を、兵に命じるのだった。