百九十九話 指揮の変調
後から後からやってくる敵の圧力と、壁上の俺たちを狙った矢と魔法による妨害で、こちらの迎撃の手が追い付かなくなってきた。
そして、とうとう砦の扉が打ち壊されてしまった。
「キコス千人長!」
「お任せあれ!」
俺の大声に返答があった直後、壊された扉の内側に入ったはずの敵兵が、外へと転がり出てきた。
その敵兵を追いかけるようにして、魔導鎧を身に着けたキコス千人長が現れる。そして、壊れた扉の代わりをするかのように、門の前で仁王立ちする。
「何人たりと、ここは通さぬ!」
威勢のいい啖呵と共に、大棍棒を持った魔導鎧の腕がブウンっと唸りながら振られた。
魔導鎧の威容に、門に殺到しつつあった敵兵たちが二の足を踏む。
しかし敵兵たちの躊躇いは、長くは続かなかった。
「何をしている! あれを倒せば、雪崩れ込むだけで勝てるのだぞ!」
前線指揮官だろうか。足を止めた兵士たちのやや後方に位置する場所から命令する、馬に乗った兵士が声を上げる。
すると、敵兵たちも『勝利は間近』だと考えたのか、途端に勢いを取り戻して砦の門に殺到し始めた。
「「「うああああああああああ!」」」
雄叫びを上げながら近づいてくる敵兵。
キコス千人長は、敵が間合いに入ってくるまでじっと待ち、そして勢いよく棍棒を横薙ぎに振るった。
「うおおおおおおおおおお!」
魔導鎧の油圧機構の助けで増強された膂力と、振られた棍棒に加わる遠心力によって、敵兵たちがソフトボールの球のようにはじき返された。
それでも、敵兵たちは将棋倒しになった仲間を踏み越えてでも、門から中に入ろうとしてくる。
キコス千人長は棍棒だけでなく逆側の腕も振るい、足で蹴りつけて、敵兵たちを追い払い続けた。
だが数の前に、段々とキコス千人長の押し返す力が弱まり始める。
そこに、砦の内側から援軍がやってきた。
「千人長を助けろ!」
「「おおおおおお!」」
加わったのは、長い槍を手にした兵士五人。その長い槍を、キコス千人長の横を掠めるようにして、真っ直ぐに突き出した。
槍の穂先は、魔導鎧の脇を潜り抜けようとした敵兵を貫く。
刺し殺された仲間を見て、敵兵の進む足が鈍る。
足が止まった彼らに対し、キコス千人長の魔導鎧の腕が振られ、大勢がなぎ倒された。
魔導鎧と五人の長槍兵によって、扉を壊しても通れないと悟ったのか、ペケェノ国の軍勢の足が完全に止まる。進軍の動きが止まった戸惑いからか、敵からの矢や魔法の数も目減りする。
ここで、敵指揮官が焦った口調で怒鳴り声をあげた。
「ええい、何をしている! さっさと突破――」
「混乱の回復なんて、させないよ!」
俺は敵からの矢と魔法の切れ目を狙い、傍らにあった魔導鎧の弓用の矢を一本手に取りながら立ち上がり、神聖術で体を強化し、槍投げの要領で敵指揮官へと投げつけた。
空中を真っ直ぐに飛んでいく矢は、敵指揮官に突き刺さる――その直前に、盾を掲げた敵兵が現れた。盾を矢で貫けはしたようだったけど、敵指揮官にまでは命中しなかった。
こちらの攻撃が当たりそうだったことに肝を冷やしたのか、敵指揮官は馬の手綱を引いて下がろうとしている。
ならここでもう一追撃と、俺は矢に手を伸ばそうとする。
しかしその前に、俺の横にいた魔導鎧を着けた兵が、専用の弓で矢を放っていた。
攻城用のものを改良した弓だけあって、俺が神聖術を使って投げたときより早い速度で、矢が空中を飛ぶ。そして先ほどの俺のときと同じく、盾を持つ敵兵が敵指揮官の前に立ちはだかった。
だが矢は、掲げられた盾を貫き通り、その裏にいた敵指揮官までをも貫き通し、敵指揮官は信じられないという顔で馬から転げ落ちた。
指揮官が打ち取られるという衝撃的な光景に、敵兵の足が決定的に鈍る。
これで怖気づいて逃げてくれればと、俺は期待したのだけど、そうそう上手くいくはずはなかった。
すぐに敵陣やや後方にいた別の人物が、指揮官を引き継いで声を上げたのだ。
「押せ! 押せ、押すのだ! 門の内にさえ入れば、手柄はより取り見取りだ!」
兵に進めと命令する一方で、当人は先ほど別の指揮官が打ち取られた光景を見てか、近くに盾持ちを多数配置しながら更に後方へと移動していく。
その口と裏腹の行動に、敵兵も思うところがあるのか、先ほどまでより押し寄せる圧力が下がっている。
敵の士気が落ちているなら、今が反撃のチャンスだ。
「石を投げろ! 矢を放て! 少しでも敵兵を減らすんだ!」
俺の命令に、壁上にいるノネッテ国の兵たちが攻撃を強める。
結果、敵兵たちの運命が決まっていく。投石が頭に直撃して昏倒する者。それを助け起こそうとして、放たれた矢を首筋に受けて、傷口を手で押さえながら倒れる者。破れかぶれに門へと突撃して、キコス千人長の攻撃や長槍を受けて絶命する者。
そうしてノネッテ国の兵たちが功績を上げる中、魔導鎧を着た兵は、専用の矢に限りがあるからか、門前の敵兵は狙わずに敵指揮官を狙って矢を放つ。距離があるため、先ほどと同じように盾持ちごと貫いて射殺すことはできないようだけど、敵指揮官がさらに下がっていることから、彼に命の危険を味わわせることはできているようだ。
前線の兵とと指揮官の距離が離れれば、それだけ命令の伝達が遅れ、指揮系統を保つことが難しくなる。
しめしめと俺が思っていると、敵陣の別方向から新たな声が上がった。
「逃げ続けの腰抜けめ! あやつに任せては、勝てる戦いも勝てん! これからは自分が指揮を執る!」
新たな人物の唐突な宣言に、敵兵の動きに混乱が見えた。
当然、俺も敵側の意図が分からずに、眉を寄せる。
「なんだ、このお粗末な指揮の仕方は……」
ここまで追ってきたペケェノ国の軍勢は、秩序だって後退を繰り返していた。時には殿に策を持たせ、こちらの追撃の足を止める真似までしてきた。
その事実は、敵指揮官が有能であることを表していた。
だけど、いま目の前に広がっている状況から見えるものは、敵の指揮系統は滅茶苦茶で、そして指揮の仕方も壊した門を通ろうとする虎口攻めばかりの、平凡の域を出ないものばかり。砦の側面や後方から、梯子をかけて上ってくることすらしていないほど。
有り体に言ってしまえば、今までペケェノ国の軍勢を指揮してきた人物と、いま戦場にいる指揮官が同じとは、とても思えなかった。
「彼らは後退作戦は得意でも、攻めることは得意じゃなかったとか? それとも敵指揮官たちの考えが、いままでは変にかみ合っていただけだったり?」
つい疑問が口をついたけど、未だ優勢とは言い難い状況では、敵兵を捕まえて問いただすわけにもいかない。
それに、敵の指揮が変調をきたしているというのなら、それにつけ込まない手はない。
「配置を再編成する! 魔導鎧を着た者は、門前へ! キコス千人長の助けに入れ! 正面以外の三方の壁上にいる兵も、監視用の兵を残して正面の壁上へ!」
正面防御を手厚くして、敵の力押しを跳ねのける準備を整えた。
門を守る魔導鎧を着た五人が如才なく敵兵を退け、人数を増やした正面壁上からの投石と矢が圧力を強めていく。
すると敵側の被害が徐々に、だが加速度的に増加し始めた。
そうして被害が積み重なり始めると、敵兵の進む足が止まりだし、やがて戦場を冷静に俯瞰できる後方側の敵兵が進みたがらなくなる。
「進め! 進まんか!」
敵指揮官が命令するも、また別の人物が違う命令を発する。
「撤退だ! 被害が重なり過ぎている! 作戦の練り直しが必要だ!」
「被害が出ているのだ! おめおめと引き下がれるか!」
敵指揮官たちの間で、指揮の奪い合いが始まったようだ。
こうした指揮が混乱した中では、勝てるものも勝てなくなる。
そう知っているのか、敵兵たちは『撤退』の命令が聞こえたことを幸いとした様子で、挙って後方へと走り始めた。
一度勢いがついた後退は、中々止められるものじゃない。
徹底継戦を主張していた敵指揮官の一人が、前言を翻すように大声を上げる。
「一時撤退する! 再編成の後に、再度攻撃を仕掛ける!」
去っていく敵兵たちを見送りつつ、こちらも次の防衛に備えた行動を取らないとね。
「魔導鎧の兵は休息に入れ! その他の兵は、戦場に散らばった物資を回収する! 使えそうな矢や石は優先的に集めるんだ!」
俺の号令に合わせて、ノネッテ国の兵たちが動き始めたのだった。