百九十八話 砦の防衛
逃げ続けていたペケェノ国の軍勢が、突然攻勢を仕掛けてきた。
少し遠間から一気に駆け寄ってくる敵の姿に、砦に入って休憩中だった俺たちは、急いで迎撃準備に入ことにした。
「慌てなくていい! 砦の門を閉めれば、それだけで時間は稼げる! 集めていた木や石は外壁の上へ! 長尺の武器は壁を越えようとする連中を落とすために使え! 魔導鎧の装着者は、早く乗り込んで! 追って指示を出すから!」
俺の指示に従って、四百名ほどの兵士たちが砦の中を駆け回る。
キコス千人長も、俺の手が行き届かない場所の指示を請け負ってくれている。
「戦闘糧食は大いに作れ! その他の食料や水は倉庫の中に入れ、火やの餌食にならないよう気を付けるんだ!」
粗方の指示を出し終えたところで、俺とキコス千人長は小声で会話を始める。
「ミリモス王子が考えていた、副次効果が現れたようで」
「向こうが砦攻めをしてくれるなら、こちらは楽に相手の戦力を削れるから、嬉しい誤算なんだけどね……」
予想はしていたといっても、この結果に納得はいっていない。
「今まで追い続けながら伺っていた、ペケェノ国の軍勢の動向。それを考慮に入れると、砦攻めをしてくるなんて腑に落ちないんだよね」
「まるで人が――いえ、指揮官が変わったようだと?」
キコス千人長の問いかけに頷き返した後で、俺は首を傾げる。
「そう考えると自然なんだけど、敵の指揮官は失態を侵していないから、変えられる理由が分からないんだよね」
敵指揮官は、手持ちの戦力を無駄にしない、堅実な手法を取っていた。
味方から褒められはしても、指揮権を奪われるような失態を侵したとは思えない。
だからこそ、人が変わったかのように、砦に襲撃を仕掛けてくること自体が不可解だった。
「考えられるのは、今回の襲撃が偽りのもので、この後に俺たちを罠にかけるべく策を巡らしているってことだけど……」
「ミリモス王子。敵の内情を考えても詮無き事でしょう。いまは、砦に群がりつつある敵の殲滅の指揮を執らねばなりません」
「それもそうか」
俺は疑問を棚上げすると、キコス千人長の肩に手を置く。
「キコス千人長は魔導鎧を着て、砦の門の防衛をお願いするよ」
「ペケェノ国の連中の砦攻めは、門を破壊しての侵入が常でした。そこの守りを厚くすることは、道理にかなっています」
キコス千人長が魔導鎧に乗り込むのを見てから、俺は残りの四着の魔導鎧へ向かって声を出す。
「他の魔導鎧は専用の大弓と棍棒を手に、外壁の上へ移動! 四方に一人ずつ配置する! 専用の矢は、運搬役の兵士に運ばせるから、心配しなくていいからね」
「「「了解!」」」
魔導鎧たちは、油圧の駆動力に任せて、すいすいと外壁の階段を上っていく。
そうして各員が配置についたところで、砦の外壁がドンと鳴らされた。
すぐに報告がやってくる。
「敵から魔法攻撃! 魔導具による増幅効果、認めず!」
「敵先頭の武器のいくつか――大斧五本ほどに、魔導具の輝きを確認! 走る先は、砦の門!」
敵の攻撃が始まったのに合わせ、俺は外壁の階段を駆け上がりながら指示する。
「門に近づく敵先頭を、投石で牽制しろ! その他、三方の壁上は周辺警戒!」
外壁の上へやってきた俺は、門の上へと移動し、近寄ってくる敵を見据える。
こちらの攻撃を警戒した盾持ちの敵兵の内側に、刃に魔法の輝きを放つ大まさかりを持つ敵兵の姿がある。
敵の魔導具は先の戦いで、撃破と回収したと思っていたけど、ああいう攻城用かつ乱戦に向かない武器は残っていたってわけか。
「石を持て! 狙え!」
俺の号令に合わせて、壁上の仲間たちが左腕に石を大量に抱え、右手でその石の一つを握り振りかぶる。
そして、敵が投石の射程距離に入るまで、じっと待つ。
「まだだ、まだだぞ――いまだ、放て!」
一斉に放たれた石の数は、およそで二十個。すぐに第二投も放たれる。
圧力としては心許ない数ではある。だけど十メートルはある壁上からの投擲は、地面を走る敵兵に到達するころには、得た重力加速度の分だけ破壊力が増すため、かなりの破壊力がある。それこそ、質量がある分だけ、弓矢の曲射よりも厄介かもしれないぐらいにだ。
威力がある証拠は、地面、敵の盾や鎧、そして体に命中した石の殴打音っとなって、壁上のこちらにまで聞こえてきた。
「敵の盾持ちが数名脱落! しかし、斧持ちは健在の様子!」
「石を投げる手を止めるな! その間に、大石は門の直上へ移動させておけ! 敵の斧持ちが来たら、頭上へ落とすんだ!」
そうやって指揮を続けていると、俺はふとした懐かしさを感じていた。
考えれば、俺の初陣も砦での防衛戦だったな。
あの頃は小国の末の王子で、情けでお飾りの元帥になっただけだったのに、今では大領主かつ対帝国の矢面に立たせられる役目になっている。
まったくどうしてこうなったんだか。
と内心で愚痴ったところで、魔導鎧の兵に新たな指示をする。
「この距離になったら、偏差修正は要らない。直接照準で、撃ち貫け!」
「おうさ、やったるよ!」
魔導鎧の腕が動き、常人では引けない弓をギリギリと引いていく。番えられるのは、槍のような姿の専用の矢だ。
そして、バツっという弓鳴りの音と共に矢は放たれ、秒を置かずに敵の斧持ちの一人を矢が貫いた。
その結果に感嘆する間もなく、敵の後方から魔法――火の球が飛んできたため、大急ぎで防壁の内側に隠れる。
「この魔法支援の間に、敵兵は門に近づくつもりだ! 大石を落とす準備を終わらせておいて!」
敵の魔法が外壁に命中した音を聞いた後で、俺は兵士と共に体を起こして、再迎撃に入る。
すでに敵兵の先頭の一人が、門の前に到着していた。そのすぐ後ろに、門の扉を壊すべく大まさかりを振り上げる敵兵の姿もあった。
「大石、落とせ! 投石は斧持ちを狙え!」
こちらの投石に対し、門前の敵兵は盾を掲げて防御の体勢。その盾の傘の内側で、斧持ちが扉を破壊しようと斧を振るう。
盾を掲げるのは人間の腕なので、壁上から落とされた大石に耐えられるはずもなく、何名かは落ち潰されるようにして倒れる。その間にも、大まさかりによって、砦の扉は壊され続ける。
ここで壁上の魔導鎧から矢が放たれた。高威力を誇る矢は、敵の盾を貫き、その裏に隠れていた斧持ちの一人も絶命させる。
これで斧を振るう人が一人減ったと思ったのも束の間、盾持ちの一人が死んだ兵から大まさかりを奪い取り、そのまま扉を破壊しようと振るい始める。その大まさかりの刃には、魔法の光が輝いている。
「ちっ。やっぱりあの斧も、普通の人が使えるように改造された魔導具だったか」
これれは、ペケェノ国の兵が持っていた魔導具は回収し、それをざっと検めて分かった事実だ。
帝国製の魔導具は、魔力の扱いに長じた魔法使いが使うため、魔導具に魔力の通り道はあっても魔力を強制的に吸収する機構は備わっていなかった。必要がないからね。
そして、その吸収機構を魔導具に付けた最初は、魔法使いが少ないのに、全身甲冑を相手にしなければならなかった、ノネッテ国の軍隊――つまりは、俺と国の研究部だった。
「つまり、帝国に情報が流れていることが確実ってことだな」
魔法使い専用だった魔導具を、雑兵にも使えるように改造する。
それはすなわち、帝国の他国を巻き込む策略に更なる厚みが増したことも意味している。
「そんなことよりも、いまは迎撃だよ、迎撃!」
ついつい思考が逸れがちになっていた俺は、自分に喝を入れるために大声を放ちながら、神聖術で強化した腕で敵の斧持ち目掛けて投石したのだった。