閑話 ペケェノ国軍 第二師団 後退中
儂ことペケェノ国の第二師団の師団長ディヴィザ・ゾーガノーズは、四千人に減った兵士を連れて、後退の真っ最中だった。
儂は常に部隊の後方に位置し、後を追ってくるノネッテ国の軍に注意を払い続けておる。
儂が敵から逃げ続ける選択をすることで、兵士の士気が離れつつあることは理解している。
しかし、不可思議かつ強大な戦力があるノネッテ国の連中を相手に、勝てる算段もなしに真正面から戦うような愚を犯すことはできん。
それにこの後退は、撤退ではない。
敵の後方を脅かすことで、敵の戦意を挫き、最終的に勝利するためのものだ。
なにせノネッテ国の連中、ペレセ国の弱兵っぷりを真には理解していない。
なぜなら、ペレセ国の弱兵に後方を任せての出撃など、儂なら絶対に御免被りたいからだ。
その証拠に、別働している第一師団からの早馬がやってきた。
「第二師団の師団長閣下。良い知らせです」
「ペレセ国が落ちたか?」
「未だそこには至っていませんが、ペレセ国の軍の本陣を強襲し、さらに領土深くへと撤退させることに成功しております」
十分な戦果の報告に、儂は手で顎を撫でながら考える。
「して、ノネッテ国の兵士が少数、砦に籠っていると思ったが。彼らの様子は知っておるか?」
「前線の野戦城の一つに籠りっきりで、撤退する様子はありません。かといって、ペレセ国の本陣が強襲されても、出てくる様子もないようで……」
「ふむっ。どうやらノネッテ国は、独自路線を行くことにしたようだな」
儂の呟きに、伝令兵が首を傾げる。
「独自路線、とは?」
「なに、簡単なこと。ペレセ国の連中に主導権を預けたままでは勝てるものも勝てんと、ノネッテ国の連中もようやく理解したということだ」
「それがなぜ、敵中に孤立するような方針を取っていることに繋がるので?」
伝令兵の言葉の通りに、いまノネッテ国の軍は、ペケェノ国とカヴァロ国の軍勢の勢力圏の中に取り残された状況にある。
兵法の例に従って考えるなら、『死に体』と表すことができるであろうな。
「これも簡単なこと。そのような状況で撤退しないということは、援軍のあてがあるからであろうよ」
「援軍と言っても、ペレセ国の連中はあてにならないと分かったからこその独自路線だと、師団長閣下ご自身が仰ったばかりではありませんか?」
「その通り。だから、あてにしているのは、ノネッテ国に置いてある軍であろう」
「兵力をさらに注いでくると?」
伝令兵が疑問を抱くのは最もだろう。
この地に居るノネッテ国の軍は、儂らを追いかけてくる千人規模の兵たちのみ。
この戦争は始まって長く、援軍を出す時間はいくらでもあったのに、その程度の兵しか援軍として送っていなかったわけだ。
ここでさらに援軍を出してくる真似は、戦力の逐次投下に等しく、愚策と言える。
帝国からの情報で、戦争の得手だと聞くミリモス王子が指揮するにしては、あまりにもお粗末である。
しかしこの評価は、ある情報を握っているかいないかで、評価が反転することになるのだがな。
「知っておるか。ペレセ国とノネッテ国の間には山脈があることを」
「それは勿論。攻め入る国の情報を集めることは、当たり前の――」
伝令兵は返答の途中で、考え違いをしていたことに気付いたようだ。
「そう。険しい山脈を通らなければならないため、大規模な援軍は送れずにいるのだよ。だからこそ、山越えができる少数精鋭かつ、少量でも大戦果が期待できる奇天烈な兵器を持ち出してきたのであろうよ」
ノネッテ国が採れる手段の中で、最も堅実な手法。
そして儂らを追撃中の部隊が、儂が出した殿軍にすぐに食らいつかなかったことを見るに、配下の教育も行き届いていると見える。
以上の二点から、戦争巧者と伝え聞くミリモス王子の人柄は、手堅い戦法を好み兵の損耗を嫌うものだと分かる。
つまりは儂と似たような戦術論を持つ相手ということだ。
「となれば、息を合わせて踊ることが可能であるな」
「? 師団長閣下、なんのことでしょう?」
「気にするな、独り言だ。第一師団の師団長に、懐刀を伝令に寄こすという気遣いに礼を、とよろしくな」
誤魔化しがてらに伝言を頼むと、伝令兵は驚いた顔をしていた。
「……自分のことを、知っておられたのですか?」
「いや、知らぬよ。しかし、ただの伝令ならば、儂の考えをあれこれ聞き出そうとはしないものだ。大方、儂が逃げ続けておるから、困っているようなら知恵を貸してやれとでも、第一師団長から命じられておったのだろう?」
「そこまでお分かりだったとは。ご不快だったのであれば、平に謝罪させていただきたく」
「なに、気にしてはおらんさ。儂と第一師団長とは、考え方が違うだけだけなのだからな」
なにせ彼奴は多少の損害を許容しながらの華々しい戦場を好み、儂は戦果や活躍が地味でも兵の損害を抑える策が好き。
実際、現在儂が後退を繰り返しておるのも、第一師団やカヴァロ国の軍勢がペレセ国を打ち倒し終わることで、ノネッテ国の兵が戦う意義を失う状況になることを待っているからだ。
そんな他者の力を当てにしての作戦は、自力で活路を見出す彼奴にとって情けなく見えるのであろうよ。
「ともあれ、儂には儂なりの考えがある。第一師団長には気にせず前方の敵に注力せよと伝えるとよい」
「はっ! 第二師団長閣下のお言葉、必ずお伝えいたします!」
伝令兵は替えの馬を受け取ると、第一師団へ向けて走っていった。
さてさて、ノネッテ国の兵士たちとの追いかけっこを再開するとしよう。追いつかれなければ良いだけなのだし、進んできた道だから地理にも明るいのだから、慌てる必要はない。