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百九十六話 敵の策

 ペケェノ国の軍勢を追いかけ続けて、四日が経った。

 前日に、ペケェノ国が接収したはずの、ペレセ国の砦の横を通り過ぎた。

 俺が事前に立てていた予想の通りに、その砦の中にペケェノ国の軍勢は駐留していなかった。

 そして、道中の村々や町に赴いて、食料を徴発できないかこっそりと偵察兵に伺わせてみたが、どこもかしこもペケェノ国の軍勢に奪われた後。むしろ、仮に俺たちが寄ったとしたら、逆に食料を強請られかねない状況に見えたらしい。


 ここまでは予想通りだったのだけど、前方を偵察に向かっていた兵の報告で、予想を裏切られたことを知る。


「ペケェノ国の軍勢が、布陣しているって?」

「はい。数が、五百人ほどです」


 こちらよりも少数での布陣に、俺は警戒感を抱く。

 そんな俺に、キコス千人長が質問してくる。彼は、この数日馬上で休めたこともあって、元気な様子に戻っていた。


「ミリモス王子。そんな眉間に皺を寄せる顔になるほど、敵の方針が不可解ですか?」


 言われた内容を聞いて、思わず額に指を当てると、確かに眉間に皺が寄っていた。

 いけないいけないと、指先で揉み解して、表情を通常通りにもどしていく。


「敵指揮官の性格の予想と、報告にある捨て駒のような殿軍を置く作戦が、どうにも合わないんだよ」

「つまり、どういう意味があると?」

「一つは、その殿軍が罠をはっている可能性だね」


 こちらが突っ込んだところで、秘策の罠で大打撃を与える。

 そんな罠をはっているなら、少数の殿軍なんて美味しい餌を置いておく理由にはなる。


「でも、そんな効力のある罠があるとしたら、俺の想像の外なんだよね」


 俺は、ノネッテ国の元帥に任じられて以降、色々な兵法書を読んできたと自負がある。

 しかし、俺がいま預かっているノネッテ国の軍勢の武力を考慮して、それに大打撃を与えるような作戦なんて、ぱっとは思い出せないし、思いつきもしない。

 敵指揮官の知性が、数々の兵法書や俺の頭脳を上回っている可能性もある。けれど、そんな神算鬼謀の持ち主なら、先の戦争でこちらの被害が少なかった説明がつかない。


「ということは、罠の可能性は低いと?」


 キコス千人長の問い返しに、俺は腕組みして考えこんでしまう。


「こちらに大打撃を与えるような、深謀な罠はないはずだ。でも、何らかの意図をもって布陣していることは、間違いないはずなんだよね」

「問題は、その意図が何に向いているか、ですか」


 正直、どういう意図があるのか、ちょっと俺には分からない。


「キコス千人長。同じ状況で、君が五百人の殿軍の指揮をするとしたら、その理由はどんなものが考えられる?」


 俺の唐突な質問に、キコス千人長は難しそうな顔になる。


「順当に考えれば、決死の阻止隊でしょう。一兵残らず玉砕してでも、追撃してくる軍を足止めすることが、任務になるかと」

「五百人の兵士と引き換えに、一日の時間が稼げれば、天秤は釣り合うと?」

「さて。自分は単に、千人を指揮出来うる者でしかないですので。上が出す命令には従うことが、勤めですので」


 俺が求めているのは、戦場を見渡せる将軍級の意見だったのだけど、キコス千人長は部隊の指揮は出来ても全体的な作戦を考えることは苦手らしい。

 この援軍を指揮し続け、戦術的に負けなしな状況を保ってきたこともあって、この戦争が終わったら新たな将軍にと考えていた。だけど、ドゥルバ将軍との意見交換が必要かな。

 

「ともあれ、警戒は必要だ。その殿軍の様子を監視できる位置で、布陣しよう」


 俺は命令を発し、兵士たちに移動位置まで進ませることにした。



 偵察兵が報告した位置の近くまでくると、確かにペケェノ国の殿軍が布陣していた。

 ぱっと見で、こちらの半数ほどなので、おおよそ五百人という数に間違いはないだろう。

 しかし、違和感が一つ。


「殿軍なのに、平地に陣地構築していないっていうのは、どういうことだ?」


 本来、殿しんがりというものは、追手を押し止める役割を持つ。

 そのため、簡易な柵ないしは空堀などを作って、こちらの攻撃力を少しでも削ごうとするもの。

 しかし、目の前の連中の布陣には、そんな用意があるようには見えなかった。


「落とし罠がある――にしては、下草の植生が違っている場所は見当たらないし……」


 捨て駒の殿軍に任じられて破れかぶれになっているのかとも思ったけど、キッチリと整列していることから士気は保たれていることが伺える。

 そうやって見れば見るほど、兵法書で読んだ定石に外れた、違和感だらけ。

 だからつい、何らかの罠があるんじゃないか、という疑問が湧いてしまう。


「魔導鎧で蹴散らすか? いや、もしかしたら稼働時間を調べるために、殿軍を置いた可能性も……」


 一番考えられることだ。

 魔導鎧が年中無休で稼働できるような兵器なら、逃げるペケェノ国の軍勢を追いかけさせない理由がない。

 敵指揮官もその考えに至り、では魔導鎧の稼働時間に限界があると思い至ったんじゃないだろうか。

 そこで、蹴散らせそうな殿軍を置くことで、こちらが戦闘したがるように仕向けて、魔導鎧の動きと実稼働時間を計測する気じゃないかな。

 そう考えて、俺は首を横に振る。


「仮定に仮定を重ねすぎだ……」


 予想外の事態をなっとくするために、つい自分が納得できそうな理由をつけたがっていると、自己分析を下す。


「敵の意図が見えない場合は、とりあえず様子見が定石だ」


 俺は仲間の兵士たちに、今日はこの場に留まることを告げる。

 ここまで休憩以外は歩き通しだったこともあり、兵士たちは歓迎する声を漏らす。


「ようやく、大休止以上の時間を休めそうだ」

「敵の動きを警戒しなきゃいけないが、意外と骨休めできそうだな」


 気が抜けているようにも見えるけど、敵が動き出したときに即応しなきゃいけない距離じゃないんだから、変に気持ちを引き締め直す必要はないだろう。

 俺はそう考えて、見回りと監視の手は緩めないようにと、当番に釘を刺すだけに留めた。


 予定外の休息に入り、日が暮れて夜が更け、夜襲を警戒する時間になる。

 俺が敵の殿軍の指揮をするなら、殿軍から抽出した部隊で、ノネッテ国の軍勢に夜襲をしかける。

 被害を与えられれば儲けもの。そこまでの成果が得られなくても、睡眠時間を削るだけでも一定の効果が得られるからな。

 だからこそ、夜回り当番の兵士に強く釘を刺して置いたのだけど、何事もなく夜明けを迎えてしまった。


「ミリモス王子の予想は、外れましたな」

「いやまあ、外れてくれたほうが、ありがたいのも事実なんだけどね」


 キコス千人長からの揶揄に、俺は思わず憮然とした表情で返してしまう。

 そこに、敵の様子を偵察していた兵が戻ってきた。


「報告します。敵が夜明けと共に撤退を開始しました。鎧を脱ぎ、走って逃げだしています」

「鎧を脱いで?」


 奇妙な報告を受けて首を傾げかけ、ハタと敵の思惑に思い至った。


「ああ、くそぅ。連中は『生きたカカシ』だったのか……」


 殿軍の作戦の一つに、木のカカシや地面に突き刺した槍に鎧を被せて、実兵数よりも多い兵がいるように見せかける策というものがある。

 これは、予想外の兵数に追手が驚き、追撃の手が緩むことを狙った手段だ。


 今回、敵が使った手は、この手段の応用技。

 定石に合わない殿軍の運用を行うことで、こちらに罠があるのではと疑心を抱かせて、追撃の足を止める作戦だったわけだ。


「慎重を期さずに追撃していれば、あの五百人は倒せたのか」


 と口に出したところで、それは違うんじゃないかと思いなおした。

 いまあの殿軍は、鎧を脱ぎ捨てて逃げている。

 ということは、こちらが追撃する素振りを見せたら、同じように鎧を捨てた身軽な状態で逃げただろうということ。

 すると、こちらの兵は鋼鉄製の鎧を着けた鈍重な機動力しかないため、追いきれない可能性が高い。

 つまりは、すかさず追撃してくるようなら被害が出ない内に逃げ去り、そして現在のように一日時間を稼げれば万々歳という作戦だったと、予想できるわけだ。


「してやられたようだけど、ここは一日休憩時間が取れたと、前向きに考えることにしよう」


 あえて独り言をつぶやくことで、『前向き』になるように自己暗示をかける。

 事実、昨日からの休憩で、兵士たちの疲労が癒えて体調は万全近くまで戻っている様子だ。

 そして、敵兵が逃げたという報告については、『戦わずに逃げた腰抜けだ』と笑って勝った気になっている。

 敵の策にハマったにしては、こちらが得たものは多く、失ったものは少ない――せいぜい追いつくまでの時間が伸びた程度だ。

 そして追撃の時間が延びるということは、こちらの利益に繋がる。

 ノネッテ国とペケェノ国とを繋ぐトンネルの整備が終われば、数千の兵が援軍に現れるのだから。


 そう前向きに考えなおし、再追撃の準備に入ったところで、後方から早馬がやってきた。

 馬に乗っている兵士の顔は、野戦城に戻した、怪我したノネッテ国の兵のものだった。


「伝令! 伝令! ミリモス王子に、伝令!」

「ここだ、ここにいるぞ!」


 大声で呼びかけると、馬が俺の横までやってきた。


「急ぎの伝令ゆえ、馬上から失礼!」

「構わない。それで、なにを報告しに?」

「……言いにくいことですが、ペケェノ国とカヴァロ国の軍勢の勢いに押され、ペレセ国の運命は風前の灯火となりつつあります。自分が砦から離れる頃には、ペレセ国が国王ヴィリーズン・デ・ペレセの本陣に、カヴァロ国の軍勢が強襲をかけたとの話があり」

「もしかして、打ち取られたのか!?」

「そうは聞いていませんが、本陣が強襲されたのですから、相応の被害はあったものと」


 最悪の知らせだ。

 ペケェノ国の軍勢の一つは、俺たちが追い返しているのだから、その分だけ圧力は弱まったはずだ。

 それにも関わらず、ペレセ国は潰されそうになっている。

 それも、俺の予想よりもはるかに速く。

 とても困った事態になりつつあるなと、俺はつい眉間に皺を寄せてしまうのだった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 他の人も指摘しているが、情報集めに関して無能な程消極的過ぎる。
[気になる点] 偵察用の魔道具を使わないのはなぜ? この小説開始当初から存在し時間もたっているので改良されたものが出てくるかと思っていたのですが出てこず。 主人公は新鮮な情報収集の大切さを忘れたのか?…
[良い点] 志願の決死隊数十人に徴発した民間人を指揮させたのかな? 効果はともかく、見事な作戦。 [一言] ロンメル将軍並みの苦労ですね。 エジプトに攻め込もうとしたら、チュニジアの伊軍が総崩れみたい…
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