百九十五話 追撃へ
ノネッテ国とペケェノ国の軍勢の衝突は、ノネッテ国の側に軍配が上がった。
といっても、魔導鎧の稼働時間ギリギリでの勝利であり、魔導鎧が時間限定なことを知らないからこそペケェノ国側が撤退だった。
魔導鎧の限界が近いと知っていれば、その時間が来るまで損害を耐えて、ペケェノ国の軍勢は反撃に移ってきたと思うしね。
「損害報告!」
俺が仲間に指令を発すると、少し時間が経ってから、伝令が走ってきた。
「詳しい数ではありませんが、死者は十数人規模。負傷者は百人前後。そして魔導鎧装着者は全員、魔力切れで立てない状況です」
装備で勝っていたとはいえ、やっぱり数が劣勢だと、乱戦で死者は出てしまうか……。
戦争での戦士は仕方がないことだし、何度も戦場を経験したことで慣れつつはある。
とはいえ、自分が指揮する軍勢で死者を出してしまうことに、心に来るものはあった。
その心の淀みのようなものを無理やり振り払って、俺は全軍の指揮官として命令を発する。
「負傷者の手当てを終わらせたら、戦場に転がっている敵の死体の中から使えそうなもの――特に敵の魔導具を回収する! そして輸送隊の到着を待って、死者と負傷者は野城へ移送! そして負傷者は、そのまま砦の守りに。その後で、戦える者はペケェノ国の軍勢を追撃だ!」
俺の決定に、伝令はノネッテ国の兵士全体へ伝えるべく走り出す。
そして俺は、死体漁りを始める兵士たちに混ざって、敵の魔導具を回収していくことにした。
輸送隊の荷馬車がやってきた。
その荷から食料を受け取り、全員で食事にする。
それで空いた部分へ荷を詰め替え、戦利品も詰め入れて、荷馬車一台を空の状態にする。その荷馬車に仲間の死体と怪我人の装備を積むと、彼らを野戦城へと向かせた。
「それじゃあ、追撃に出発だ!」
「「「おうさ!」」」
威勢のいい返事を受け、俺はペレセ国の軍勢へと進路を取る。
俺は馬を降り、周りの兵士たちと同じく徒歩で進んでいく。
では空いた馬の背はというと、キコス千人長が跨っていた。彼は魔導鎧で魔力を失ったことから、具合の悪そうな顔色をしている。
「ミリモス王子に歩かせているにも拘らず、自分は馬上の人だなんて……」
誰かに怒られないかと心配してそうなキコス千人長の言葉に、俺は思わず笑ってしまう。
「今は戦時だよ。身分なんてもので、必要な相手に必要なことをしないのは間違っているでしょ」
「自分が馬に乗ることが、必要なことですか?」
「当然でしょ。魔導鎧の装着者は、この軍の中で一番のキモだよ。次の戦闘に入るまで、可能な限り休ませなきゃ」
「それなら、他の装着者と同じく、自分も荷馬車に」
「残念ながら、場所の空きがないんだよね」
荷馬車一台を野戦城へ戻してしまったことで、積載量に余裕がなくなってしまったのだ。
だから他の魔導鎧の装着者たちは、狭いスペースに押し込められるようにして寝ている状況で、とてもキコス千人長を入れる場所はなかった。
それはキコス千人長も承知していたようで、気後れした様子は続けながらも、大人しく馬上の人を受け入れたようだ。
「それで、ミリモス王子。我々の次の戦場は、どこになると思いますか?」
「戦場を決めるのは、俺たちじゃなくて、ペケェノ国の軍勢の方だけど?」
「それでも、あえて考えるとするなら、どこでしょう?」
難しい質問をしてくるなと、ちょっと俺は困ってしまった。
「順当に考えるなら、敵が接収したペレセ国の砦や城が、次の戦場だろうね。攻城戦なんてことになったら、こっちは手出しできないんだし」
攻城戦では、攻め手は三倍以上の兵力を必要とすることが定石。
魔導具でその人数差を縮めることは可能ではるけど、俺たちの側は圧倒的に人数が少ないから、攻城戦をするべきじゃない。
そのことは、ペケェノ国の軍を指揮する人もわかっているはずだ。
そんな道理を説いたところ、キコス千人長は頷きの後で言ってくる。
「その口ぶりだと、違うと考えているので?」
「魔導鎧の恐ろしさを知ったいま、ペケェノ国の軍勢は警戒する。どれほど、魔導鎧は攻城戦で威力を発揮するだろうか、とね」
「人を吹っ飛ばすほどの腕力があるのだから、野戦城や砦の門は打ち破れてしまうかもと、恐れると?」
「それでも拠点に籠るっていうのなら、俺たちは迂回や素通りで、ペケェノ国の領地へ進軍を始めてもいい。でもそうなったら、ペケェノ国の軍勢としては、追いかけないといけなくなるよね」
「なるほど。それで下手に野戦にでもなれば、先の戦場の二の舞となり得る。故に、敵の指揮官は籠城戦を選択しないと考えるわけですか」
「攻撃する時間はいくらでもあったのに、俺たちがいた城へ攻撃してこなかった、その『待ち』の姿勢。それと、さっきの戦場での撤退の手腕は鮮やかだった。だからきっと、兵士の損耗を気にする、立派な指揮官だろうからね」
こういう慎重派の指揮官なら、もっと大胆な距離の取り方で撤退するはずだしね。
「たぶん、こっちに遅滞行為を仕掛けつつ、順々にペケェノ国の領地へと下がっていくと思う」
「それはまた、どうしてでしょう?」
「簡単な話だよ。俺らの後方を、他のペケェノ国の軍勢やカヴァロ国の連中が占領すれば、補給を断つことができるからね。その後で、ゆっくりと俺たちの戦力を、すり潰していけばいい」
それが一番、ペケェノ国の軍勢の損害が少なくて、俺たちが困る作戦だしね。
「補給なら、向かう先の地に住む民から奪えばいいのでは?」
「キコス千人長の言うことは、もっともだ」
この世界では、まだ現地徴発が当たり前にまかり通っている。
あまりに無体な真似をすると『騎士国が出張ってくる案件』だけど、手心を加えた徴発なら目こぼしされることが慣例だ。これは騎士国の騎士であるファミリスから教えた貰ったことなので、間違いない。
「だけど、さっき言ったでしょ。ペケェノ国の軍勢は、こちらへの遅滞行為――足を鈍らせる作戦をしてくるって」
「つまり、通り道の村や町の糧秣を奪い、こちらに食料を渡さないようにするわけですか」
「だから、食料の入手は諦めた方が良い。水は飲めるだろうけどね」
流石に後々の統治を考えると、村や町を焼き払って井戸に毒を投げ込むという、焦土戦まではしてこないはずだ。
敵指揮官の人柄の予想と、希望も含めて、そう信じたい。
「これから先、食料が手に入らないとなると、長々と追撃はできないと思いますが?」
キコス千人長の言い分は、またもや真っ当だ。
しかし考えを転換させれば、それは敵の指揮官の隙を突く作戦に繋げることができる。
「だからこそ逆に、俺たちはゆっくりとした歩みで、長々と追撃していくんだよ。持ってきている食料を、なるべく減らさないようにしながらね」
「食料の消費を切り詰めると。それでは、兵士に力が入りません。満足に戦えなくなりますが?」
「さっき言ったでしょ。敵は逃げ続けるんだ。だから、まともな戦闘は起こり得ない。まあ、これから数日は敵の様子を見るけどね」
その数日の間に、ペケェノ国の軍勢が接収したペレセ国の砦や城に着く。
「そこで敵が籠城戦を選んでいたのなら、俺の予想はハズレ。敵の姿がなければ、予想はアタリと判断できるでしょ」
「話は分かりましたが、どうして時間をかけるので?」
無理を押して素早く追撃すれば、こんな回りくどい真似をしなくても良いと、キコス千人長は考えているようだった。
こちらには魔導鎧という破格の兵器があり、そして敵の魔導具の大半は奪取している現状では、いい案の一つではある。
ただし、こちらが損害を多量に出すことに目を瞑ることができるのならばだ。
「俺ってこう見えても、慎重派の指揮官だからね。自軍の損害を減らすような作戦を考えているんだよ」
「どうして、追撃に時間を掛ければ、我らが有利になるのでしょう?」
「キコス千人長、忘れてない? 十日以内に第三陣の援軍がくるし、あと二十日も待てばペレセ国とノネッテ国を結ぶ山道の整備が終わるってことをさ」
「おおー! そういえば! 山道の整備が終わるのなら、残る援軍が全てペレセ国へと入ってこれます!」
「そう。時間は、敵の味方ばかりじゃないってこと」
だからこそ、俺たちはゆっくりと進んでいけばいい。
訪れる未来で、後方からやってくるであろう、ノネッテ国からの援軍と合流するまでね。