百九十四話 魔導鎧の威力
五着の魔導鎧が突っ込んで腕を一振りすると、ペケェノ国の軍勢の先頭、盾を持って構えていた兵士たちが空中へと吹っ飛んだ。
まるで冗談のような光景に、ペケェノ国の兵士たちは数秒身動きを止め、そして慌て始める。
「な、なんだ、この鋼鉄の巨人は!?」
「見た目だけのコケ脅しじゃないのか!?」
ペケェノ国の兵たちは狼狽えながらも、崩された陣形を立て直しに入る。
しかし、その陣形の綻びに楔を打ち込むかのように、魔導鎧は両腕を右に左にと振り回しながら前へと踏み出していく。
鋼鉄の腕の振りと足の蹴り上げの度に、ペケェノ国の兵士たちは三、四人まとめて吹っ飛ばされ、別の兵士と衝突し、陣形がさらに乱れる。
「小さな『重機』が五機、人の集団に突っ込んで暴れているようなものだからなぁ……」
俺は、予想以上の魔導鎧の暴れっぷりに感心していた。
魔導鎧に武器を持たせていないのかは、左右のバランスが崩れると、鎧を操ることが難しいからだった。
でも、子供の喧嘩のように単純に手足を振り回して暴れているだけでも、油圧機構のアシストで得る超人的な力は普通の人間相手なら即死級の暴力。下手な武器なんて必要ないという証明が、いままさに目の前で証明されていた。
ここで俺は、いまは戦争中で悠長に感想を抱いている状況じゃないと、気持ちを引き締め直した。
「陣形が崩れている今が好機! 敵の被害を拡大させる! 一丸となって突っ込むぞ!」
「「「おうよ!」」」
号令を発すると、こちらの兵士たちが俺の横を追い抜いていく。そして、魔導鎧の背後を突こうとする敵勢力を、携えた長尺の武器で打撃した。
長槍、長斧、槍斧、戦槌、戦棍、槍鎌が遠心力を伴って振るわれ、ペケェノ国の兵士たちを弾き飛ばして血煙を発生させる。
ここでようやく、ペケェノ国の軍勢の方から、指揮官らしき大声が聞こえてきた。
「敵の勢いを止めろ! 食い止めるんだ!」
命令自体は正しいけど、どうやって魔導鎧や兵士を食い止めるのかの具体的な指示はないからだろう、ペケェノ国の兵士たちはどうしたらいいか迷っている様子だ。
まあ、初見の兵器の弱点を看破するなんて真似、普通は出来るはずないよな。
敵が迷っているならと、俺は敵の混乱をさらに煽るような命令を、全軍に号令することにした。
「魔導鎧は存分に暴れろ! それ以外の兵士たちには、魔導具の使用を三回まで許可する!」
俺の命令に従って軍勢が動き出し、魔導鎧の油圧の駆動音が高まり、兵士たちのもつ長尺の武器に魔法の輝きが生まれた。
「慣れてないんだ! 手加減できずに踏みつぶしてしまうぞ!」
「待ってました! 新しい武器のお披露目だ!」
魔導鎧の無骨な手が開くと、特徴的な円柱形の三本指で敵兵を掴み上げ、別の敵兵へ向かって投げつける。
魔法の輝きを放つ長尺の武器が振るわれ、それぞれに備わった魔法効果が発動する。
大体の武器は、敵の鎧を斬り裂くための『鋭刃』系の効果。構えた剣や身を護る鎧ごと、敵兵を貫き、切り裂く。
打撃系の武器に関しては、発生した衝撃を分散させないよう敵へ直撃させる、『浸透』系の魔法が発動している。これで殴られた相手は、体や鎧の区別なく殴りつぶされて吹っ飛ぶ。
(同程度の効力があると見越すと、魔力の使用量を考えて、浸透系の魔法の方が軍事的な利用価値は高いかな……)
ノネッテ国の軍とはいえ、いま連れている連中の多くはロッチャ地域の軍の面々だ。
今後の彼らの装備品を考えると、戦槌や戦棍を中心に据えるのが、魔力量対効果を考えると良いかもしれない。
装備更新については、この戦争が終結した後に考えることだな。
差し当たっては、奮戦する兵士たちに負けないように、俺も指揮と神聖術で働くとしよう。
魔導鎧が損害なく血路を開き、その進撃を後ろから補助するにノネッテ国の軍勢が進む。
戦闘が始まってあまり経っていないのに、既に凸形陣形の中ほどまで進出している。
このまま順調に行けば、ペケェノ国の軍勢は真っ二つになり、そして崩壊することだろう。
しかし、こちらの順調な進みを阻むために、敵側も切り札をだしてきたようだった。
「帝国の魔導具だ! あれでなら、倒せるはずだ!」
焦りと悲痛さが含まれた大声に反応して、敵軍の陣形がさらに乱れる――いや、切り札のために道を開けたのだ。
その証拠に、いままで見たペケェノ国の兵士とは装備の違った五十名が、魔導鎧を目指して走り寄ってきている。
俺は馬上からの視線で彼ら彼女らの装備を観察し、偽りなく魔導具だと確信する。
「帝国の魔導具だ! 杖は見えない! 接近戦用の武器が中心だ、注意しろ!」
俺の言葉を受けて、どこか気が抜けてきていたノネッテ国の軍勢の雰囲気が引き締まった。
魔導鎧を着る面々も、雑多な敵兵を狙うのではなく、身近に迫りつつある魔導具を装備した敵兵に注意を向ける。
「相手は少数! このデカブツさえ止めてしまえば!」
「「恐れるに足りず!」」
そんな口上と共に、五十人の敵の魔導具が振るわれ、五着の魔導鎧に殺到した。
咄嗟に手や腕で受けたようだが、流石は帝国製の魔導具だ、並みの剣なら傷が薄っすらとつくぐらいの硬い装甲にも関わらず、三着は片方の下腕を深々と半ばまで断たれてしまった。その他の二着にしても、大きく傷つけられている。
初めて傷らしい傷を与えられたことに、ペケェノ国の兵から歓声が上がる。
「流石は魔導具だ!」
「これで勝てる!」
喜ぶペケェノ国の兵を視界に入れつつ、俺は冷静に魔導鎧に命令する。魔導鎧の下腕や手は、機械仕掛けな部分で、着ている者に被害がないんだ。慌てる意味がないからな。
「障壁を展開しろ! それで押し勝てる!」
「「了解!」」
返事から一秒後、魔導鎧の前面に半透明の板が現れた。魔導鎧に内蔵させてある、障壁の魔法を発動したのだ。
「そんな、まやかしなど!」
敵兵が魔導具の剣で斬りかかり、刃が障壁の魔法に呆気なく弾き返される。
斬り裂けると思っていたのだろう、その敵兵は間抜けにも大きく態勢を崩した。
既に殴るための『タメ』を作っている、魔導鎧の目の前で。
「ぬおおおおおらあああああああ!」
気合の声と共に、魔導鎧の腕が振るわれた。
態勢を崩していた敵兵は、避けることができず、正面から鋼鉄の腕で打撃され、『頭の厚みが半分になった状態』で吹っ飛んだ。
この事態を皮切りに、障壁の魔法を展開した魔導鎧によって、敵の魔導具使いの兵士が殴り殺され蹴り殺されていく。
こんな防御機能があるなら最初から使えば、魔導鎧が損傷することはなかった。
けど、障壁の魔法は魔力消費量が馬鹿にならず、使用すれば使用するだけ魔導鎧の稼働時間が減ってしまうので、敵の魔導具使いが現れるまで温存するしかなかったんだよね。
さてさて、敵の切り札である魔導具を使う兵士を蹴散らしつつあるし、もうちょっと押せば敵は撤退するだろう。
俺は魔導鎧の残る稼働時間を勘案しながら、敵軍を追い詰める方策を立て、実行することにしたのだった。