閑話 ペケェノ国軍 第二師団
一同に集った、およそ五千名の兵員たちを見て、儂ことペケェノ国の第二師団の師団長ディヴィザ・ゾーガノーズは、安堵の息を吐く。
「分散浸透作戦の実行中は肝を冷やし続けてきたが、これで一息つける」
ペレセ国を侵略するにあたって、敵の戦線を下げさせる方策として、同時に複数の拠点を落とす策をとることとなった。
そこで、兵法では悪手とされている戦力の分散配置を、行わざるを得なかったのだ。
戦線の半分を同時侵攻をしているカヴァロ国に任せたとはいえ、一歩間違えれば各個撃破されかねない状況であった。
それにも関わらず、今日この日まで、大した損耗もなく兵員が集えたのは行幸と言えるだろう。
その上、ペレセ国の半分は手中に収めている。
これは大戦果と言えるだろう。
儂がこれまでの戦果に満足していると、参謀が近寄ってきた。
「師団長。朗報と悲報があります。どちらから聞きたいでしょうか?」
唐突に不躾な選択を突きつけられた。
儂はもう慣れたものなのだが、彼はとても有能な参謀だが、こういう持って回った言い方が唯一の欠点なのだよな。
「では、朗報から聞こう」
「朗報は――ペレセ国の兵たちは、我らとカヴァロ国の軍勢に怯え、大部分が軍から離散したようです。加えて、その離れて野盗に堕ちた兵士たちを、ペレセ国の兵士たちが打ち倒すことで、国土の安全に努めているそうです」
「ここにきて、同士討ちで兵力を消耗するとはな。もはやペレセ国の運命は風前の灯火と見える」
兵の離散を防げていないということは、ペレセ国の士気はかなり低いと見積もれる。
そして士気の低い軍勢は、本来の力の半分も出すことはできない。
慢心するわけにはいかないが、これは大勢は決したも同然ではないだろうか。
「それで、悲報は?」
「我らの先にある野城。そこに駐留している勢力は、ペレセ国のものではありません」
「援軍に来たという、ノネッテ国の連中なのだな」
これは確かに悲報だ。
儂が直接指揮に当たった戦場では相まみえなかったが、ノネッテ国の兵と戦った部下たちから報告が上がっている。
曰く、寡兵だが士気が高く精強であり、我らと同じく魔法の武器――魔導具を戦いで使用していると。
曰く、我が軍は彼の敵に打ち勝てず、他方の砦や城が落ちたからこそ、敵中に取り残されないよう下がっていくのを見逃すしかなかった。
要するに、まともに戦えば、我が軍に多大な損害が出ると目されている敵であった。
「しかし、我が兵力は合流して師団規模となったのだ。彼の敵でも打ち倒せるのではあるまいか?」
兵力の根底は数である。
当方の兵数は約五千名。
片や、我らが確認したノネッテ国の兵数は、千に満たないと聞く。
お互いに魔導具を武器にしていて武装の優劣もない状況で、五倍の兵力差がある。
籠城戦を敵が選択しようと、力押しで陥落できると考えるのが常道だ。
しかし参謀は首を横に振る。
「無用な戦闘を行う必要はないでしょう。彼の敵は少数。目前の野城を守るので手一杯のはず。であれば、これまでと同じく、他方の砦や城を別動隊が落とすのを待てばよいかと」
「失墜しかかっているペレセ国の軍勢から崩して戦線を下げさせれば、戦わずしてノネッテ国の軍勢を引かせることができるというわけだな」
真っ当な献策に、儂は納得する。
「では、他方の軍勢に頑張ってもらわねばな」
「……提案した自分が言うべきか迷いますが、本当によろしいので?」
「なにがだ?」
戦わずに勝つが、兵法で一番の上策とされている。
その価値観に鑑みれば、参謀の策は上策と言えるものだ。拒否する理由がない。
儂の表情が疑問塗れなのが分かったのだろう、参謀は呆れ顔になって言い返してくる。
「戦わないということは、手柄を立てられないことと同義。不満に思う兵や将は多いのでは?」
「言い分は理解する。しかしながら、何もせずとも勝てる戦で、いたずらに兵を差し向けて損耗させることは、果たして戦果に見合うだけの利があるのだろうかな?」
「……人の価値観は、それぞれですので」
要は兵や将の気持ちを考え、『戦う準備はしたが、戦いを始める前に敵が下がった』という状況作りを城ということだろうな。
「そうだな……。敵はここまで負け続き。ここら辺で城から打って出てきて、我らから戦術的な勝利を手に入れようとする可能性が高い」
「一度の勝利をもって、ペレセ国の兵士の士気を上げるためですね」
「であるから、我らは攻城戦ではなく、野戦を見越した布陣で敵を待ち受ける」
「ただ待つだけでは、兵や将の中に我慢できなくなる人物が現れるかと」
「では期間を定めよう。そうさな――十日でどうか?」
「ここまでの戦いで、ペレセ国の軍勢が前線から撤退した平均値ですか。いいのではありませんか」
参謀も同意したので、儂は『野戦に向けた装備の状態で、待機十日間』を命じた。
命じはしたものの、儂自身は敵が野戦をしかけてくるとは、欠片ほども思っていない。
あくまで、戦わずに敵が引くのを待つことこそが、この命令の本質だったのだから。
命令を発して五日が経った頃、敵の野城を監視していた兵から報告がきた。
「なにやら城内が騒がしい様子です。もしや師団長が考えていた通りに、敵が打って出てくる予兆かもしれません」
儂は参謀と顔を見合わせると、お互いに訝しんだ顔をしていた。
「警戒のため、兵たちを整列させるべきであろうな」
「こちらに戦争の準備をさせることで疲労を蓄積させる作戦かもしれませんが――万が一のことを考えるなら、兵に戦う準備を完了させておかなければいけませんね」
儂は大慌てで兵を指揮し、敵が野城からやってきても対応できるようにした。
果たして、本当に敵は城からでてくるのだろうか。
その疑問は、偵察兵が空へと上げた鳴子矢の、甲高い風切り音で解消されることになった。
「師団長、出てきたようです!」
「では、迎撃の陣に移れ」
敵は寡兵だ。一点突破を目指すしか、我が軍に対して打撃を与える方法はない。
そこで儂は、兵を『凸陣形』に構えさせる。
厚みを持たせた中央で敵を受け止めた後に、左翼右翼の兵を前へと出すことで、敵を三方から包んで打撃する布陣だ。
「手堅いですね」
「兵法での定石とは、兵の損耗を押えながら、敵を打破する策のこと。採用しない理由がない」
他の部下が見ている手前、自信満々に言っているように見える態度を取る。
そんな儂に、遠眼鏡で敵の様子を見ていた将が、疑問を告げてきた。
「連中、変な鎧を馬車の荷台に乗せた状態で、こちらに来てますよ」
「どれ、見せてみよ」
儂が遠眼鏡で見てみると、確かに変な鎧があった。
並走する馬や人の背丈と見比べて判断するに、人の倍ほどの大きさがある鈍鉄色の全身甲冑。それが合計で五領ある。
「あれほど巨大な人が、五人もいるはずはない。『こけおどし』とみるのが自然だが……」
常識的に考えるのならば、儂の判断は間違っていないはずだ。
しかし、あの鎧を見れば見るほどに、嫌な予感が募っていくのも確かなのだった。