百九十二話 反攻作戦、準備中
前線の野戦城に戻った俺は、反攻作戦準備のために、ノネッテ国の兵士を集めることにした。
その作業の最中、俺を手伝ってくれている千人長――キコスに、後方陣地でのヴィリーズン王との会談を掻い摘んで話しておいた。
すると、キコスが困惑した表情を返してきた。
「いいんですか、ミリモス王子」
「なにが?」
「王子の物言いは、向こうの面子を潰すものでしょう。反感から、我らとノネッテ本国との経路を断たれるやもしれません」
キコスの考えは正しい。
味方を言葉で傷つけるなんて、身内に敵を作るような好意だろう。
だけど、俺にも言い分はある。
「俺も後方陣地に入る前は、穏便に協力を申し出ようと思ってはいたんだよ。でもねぇ」
覇気のない兵士と、士気を上げようともしない上官に、保身を図っていると分かる将軍級の人たち。
「残酷なことを言うけど。彼らに手伝ってもらっても、足手まといにしかならない。というか、作戦行動に支障がでるから、いるだけ邪魔だ」
これから行う反攻作戦は、一番最初に今までの劣勢を挽回できるほどの成果を上げなきゃいけない。そうしなきゃ、勢いづく敵の足を止めさせることができなくなるからだ。
それにも関わらず、士気が低い味方を手持ちに入れていると、そこを敵に狙い打たれて、敵に戦果を送ることになりかねない。
兵法書にも――敗軍の将というものは、その少ない戦果を過大に触れ回り、あたかも引き分けだったか戦局的に勝利していたかのように風潮する。故に、敵の意気を挫かんとするなら完勝を持って当たるべし――とあるんだから、確かなことだ。
「それはまあ、分かります。我らは戦いに勝っているのに、他方を守るペレセ国の兵士が負けるため、戦線を後ろに引かねばならなかったわけなので」
キコスも覚えがあるのか、苦みを感じているような表情で頷いている。
「それはそれとして。本国との連絡が途絶える事態になると、それはそれでマズイのでは?」
「俺らの行動を遮断するように軍勢を動かしたら、ペレセ国は戦線を支えられずに滅ぶよ?」
全軍を指揮している今ですら、戦線を維持できていないんだ。後方に兵力を裂きでもしたら、あっという間に崩壊するだろう。
それはなぜか。
ペレセ国はすでに、半分ほどの国土を奪われている状態。本来なら背水の陣を敷いてでも、押し止めなきゃいけない状況だ。
それにも関わらず後方勤務を新たに作りでもしたら、後方という新たな逃げ場所があることで、ただでさえ士気が低い前線の兵士はさらに逃げ腰になること間違いない。
そんな逃げを意識したへっぴり腰の兵士なんて、勢いに乗っているペケェノ国とカヴァロ国の軍ならカカシ同然に蹴散らすことができるだろう。
「流石に戦争を苦手にしているペレセ国の連中でも、すぐ後ろの陣地に自分たちの王を参陣させている状況で、そんな真似はしないでしょ」
「本当に、そうですか?」
キコスの表情は、ペレセ国の連中はそれほど賢くないと言っているようだった。
「まあ、仮に心配が現実になったとしても、そのときは俺が後方との連絡役になればいいだけだよ」
「……そうでした。ミリモス王子は騎士国の騎士に神聖術の手ほどきを受けているんでした」
「単騎性能なら、騎士国の新米騎士並みだと、お墨付きをもらっているよ」
ファミリスから貰った評価を教えると、キコスの表情は安堵に変わった。
「後方の心配がないとなると、前方の心配をしなければ。それで、千人未満の戦力で、勝てるのですか?」
「勝てると見ているよ。キコスたちから今までの戦いの状況を聞く限りではね」
「我ら単独でなら、城や砦を死守できていたという点が理由で?」
「それもあるけど、敵が使ってくる魔法の威力を聞いてかな」
反攻作戦の準備をしながら、俺はノネッテ国の兵士たちに戦場の話を聞いて回っていたのだ。
「キコスたちは主にペケェノ国の軍勢と戦っていたそうだけど、魔法の一撃で城壁や砦の壁が打ち崩されたってことはなかったんだよね?」
「ありませんでした。ですが、接近戦となった場合に、もの凄い強さを発揮する敵がいました。それこそ、ロッチャ地域で作られた魔法の盾がなければ、死傷者が出ていたでしょう」
「そう、まさにそこだよ」
俺の指摘に、キコスはよく分かっていない表情をしている。
「要するに、ペケェノ国が帝国から貰った魔導具は、魔法の威力を高めたりする『杖』ではなくて、直接戦闘で秀でるための『武器』だってこと。なら脅威なのは、直接戦闘に限定されるよね?」
「言われてみれば、確かに」
「単純に武器が強いだけの相手なら、戦い方はいくらでもある」
相手の混乱を誘うような策で、敵に武器を満足に扱わせない状況に陥らせるとかね。
「それに後方から運搬中の物資の中には、ロッチャ地域で作った魔導具の鎧がある。あれは帝国製の魔導具や、騎士国の騎士に待っ正面から勝てることを目指して、制作しているものだからね」
「なるほど。その鎧を使えば、ペケェノ国の軍勢は恐れるに足りないというわけですね」
「そこまでは言えないかな。魔導具の鎧は試作段階で、数が揃えられない。今回持ってこれたのも五着だけだし」
「たった、五着だけですか……」
それで大丈夫かと疑う顔のキコスに、俺は微笑んで見せる。
「その五着が、戦場でどれほど活躍するか、楽しみにしててよ」
そんな会話をしていると、物見櫓から板を打ち鳴らす音と共に大声がやってきた。
「後方より軍勢接近! 警戒を――失礼しました! ノネッテ国の旗を掲げていることを確認! 援軍です!」
危うく誤報を流しそうだった兵士の行動に、キコスは般若の様な顔つきなり、物見櫓へと駆け出していく。
怒られるであろう兵士を哀れに思いながら、俺は期待の新装備を持ってきてくれているはずの援軍を城内に入れる準備を指揮することにしたのだった。