百八十九話 予想外
戦争に予想外はつきものではある。
「けど、これはちょっとマズイかな……」
攻めてくるペケェノ国とカヴァロ国を相手取っている前線から、報告が送られてきた。
それを見て、俺は頭を抱える。
俺の不審な様子を見たのか、隣で書類作業をしていたホネスが声をかけてきた。
「センパイ。そんなに、この戦争は敗けそうなんです?」
「いや。ノネッテ国から出した援軍は上手いことやっていて、相手側に被害を出させて戦線を維持しているんだけどね……」
ロッチャ地域から抽出した先遣部隊は、ペケェノ国が攻めてくる方面に割り振っていた。
これは、ペケェノ国の方が帝国に近い立地にあり、帝国製の魔導具を所持しているという目算が高いので、その魔導具に対抗するための処置だった。
この方針は当たっていて、何度も武力衝突しているが、大した被害はないと報告にある。
では、何が問題かというとだ――
「――出した先遣部隊は人数が少ないから、どうしてもペレセ国の軍勢に頼らないと、戦線全域の保持が難しいんだ」
「それで悩むということは、ペレセ国の軍勢が弱いんですね」
「予想以上にね」
要所要所に建てた砦や野戦城に籠って時間を稼ぎ、ノネッテ国からの援軍を待つ。それが作戦だった。
しかし籠城戦は、実は肉体以上に精神的に負担のかかる戦法だったりする。
迫る敵勢を押し返す日々を狭い拠点の中で送り、戦闘で疲弊した肉体と精神状態で、仲間や矢玉に食料が目減りしていく光景を目の当たりにし続ける。そんな先細りのように見える状況に追い詰められて、精神的に病んでしまう人が多く出る。
籠城する兵士が病まないための予防策は、指揮官が演説して鼓舞したり、後方からの搬入で物資に余剰を持たせたり、援軍が必ず来て敵を倒してくれるという希望を持たせること。
そう、多くの兵法書に書かれている。
俺は兵法書に従って、物資や援軍の第二陣を編成して送り出し、前線の士気が落ちないように気を付けているつもりになっていた。
「ペレセ国の情報を集め損ねていたことが、ここで足かせになっているんだよなぁ」
「情報って、どんなのです?」
「近年、ペレセ国がペケェノ国に戦争で負け続けているってこと。そして、かなりの昔にカヴァロ国を攻めて領地を奪取していたってことをだよ」
ペレセ国の国境線は歪だったのは、そんな歴史的背景があったからだった。
「ペケェノ国に負けて続けてきたから、ペレセ国の兵士は『どうせ勝てない』って諦めた雰囲気で、士気が上がらず逃げ腰だ。逆に、ペケェノ国は勝ち続けている相手だから、今度も勝てるって士気が高い」
「カヴァロ国も、昔に失った土地を取り戻す機会だって、張り切っているってわけですね」
ホネスの見解は大当たり。
士気が高い二つの国からくる侵略軍に対し、士気が低いペレセ国の軍。
そして籠城戦で籠る側は、士気が高くないといけないという前提もある。
「だから、ペケェノ国やカヴァロ国の軍勢が押し寄せてくると、一日や二日なら持ちこたえられるけど、それ以上になると砦や城を捨てて逃げる兵士が多いらしくて」
「人数が足りなくなって、守り切れなくなっちゃうわけですね」
「そうして砦や城の一部が失陥すると、それに戦線を下げなきゃいけない。先遣部隊が他の砦を守り抜いていても、戦線に合わせて下がらせなきゃ、敵中に孤立することになっちゃうしね」
そうして、ずりずりと戦線が押し下げられ続け、ペレセ国の国土の半分以上まで進出されてしまっている。
「それ、大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃないけど、戦線の幅が縮小したし、こちらの援軍の第二陣がそろそろ到着するからね。これ以上下がることはないはずだ」
第一陣がペケェノ国方面を担当して戦線維持ができていたんだ。第二陣がカヴァロ国方面を補助するようになれば、戦線の崩壊はなくなるだろう。
そんな予想を話すと、ホネスが首を傾げて不思議そうにする。
「ノネッテ国の兵士が戦線を維持するってことは、ペレセ国がいる意味がないんじゃないです?」
「正直、ノネッテ国がこの戦争に加担する大義名分以外の意味は、なくなりつつあるんだよな。むしろ戦後のことを考えると、負担でしかない」
「どうしてです?」
「さっき、戦線がペレセ国の半ば以上まで達しているって言ったでしょ。なら、戦場になった半分の地域にある、種蒔きしたばかりの畑は、どれだけ無事に残っているかな?」
「軍勢に踏み潰されていますよね、きっと」
「というわけで、戦争が終わったら食糧支援の要望が来るにきまっているんだよなぁ」
戦線が当初の位置で保持されていたら必要なかった未来の出費を考えると、頭が痛くなりそうだ。
「未来のことは、未来で考えよう」
いま思い悩んだところで、一文の得にすらなりはしないんだし。
そう気分を入れ替えようとしたところで、伝令がやってきた。
「ミリモス王子。前線からの報告が来ました」
手渡された紙に目を落とし、俺はまた頭を抱えてしまった。
「ペレセ国の王が前線で指揮を執るだって……」
思わず漏らしてしまった呟きに、伝令が報告を添えてきた。
「ペレセ国が首都に戦線が近づきましたので、これ以上下げてはならないと、ペレセ国の王が考えられたものという見解が」
「余計なことをしてくれる。下手にノネッテ国の先遣部隊を動かされたら、守れるものも守れなくなるぞ」
援軍を約束するに際して、指揮系統はノネッテ国が上の立場とした。
しかし、現在送っている先遣部隊にいる最高階級は千人隊長だ。部隊五百人を指揮するに十分な階級だけど、ペレセ国の王に意見できるような立場にはない。
ここでノネッテ国側が立場が高い人物を送らなきゃきゃ、軍の指揮をペレセ国の王に握られてしまう。
「チッ。ドゥルバ将軍に行ってもらうか、俺が出るかだな」
舌打ちして、どっちがいいかを考える。
ドゥルバ将軍はいま、ペレセ国とノネッテ国を繋げるトンネルの整備の指揮に当たってもらっている。全面改装出来たら、控えさせている援軍を指揮してペレセ国に入るためだ。
そして俺は、ロッチャ地域で領主仕事をしている最中。でも、ノネッテ国全域から物資や兵士を集める計画は既に成っているし、細々とした調整はロッチャ地域の文官たちに任せて問題ない。いざとなればホネスが助けに入れる体制もできている。
つまり、重大な仕事が控えるドゥルバ将軍に比べて、俺はいま手隙に近い状況だ。
なら、俺が出るしかないな。人馬一体の神聖術を使えば、援軍の第二陣が到着して間もない時期に合流できるだろうし。
「ホネス。出立する準備をするよ」
「いってらっしゃい、センパイ。早いお帰りを、お待ちしてますね」
まるで買い物に行く人を見送るような、ホネスの声。
その気軽さに気分が軽くなり、俺は微笑みを零すと、椅子から腰を上げて執務室から出る。
「ホネスにも言われたし、早いこと戦争を終わらせないとな」
大したことじゃないと自己暗示するために、あえて気軽な口調で呟いてから、俺は戦場に行く準備を始めることにしたのだった。