百八十八話 援軍準備
ノネッテ国の兵たちを借り受けるにあたり、ペレセ国は大量の約束させられた。
その内訳を簡単に記すと――
1.今回の戦争の戦果で手に入るであろうペケェノ国とカヴァロ国の土地を、全てノネッテ国のものとする。
2.戦勝の際には、多額の金銭報酬をノネッテ国に支払うこと。
3.仮に戦争に負けてペレセ国が滅んだとしても、ノネッテ国に賠償を求めないこととなった。
4.俺――ミリモス・ノネッテがノネッテ国の兵たちの指揮を執ることと、その指揮権をペレセ国の軍においても最上位とすること。
――っていう、完璧に足元を見た内容だった。
けれど、ペレセ国は呑むしか生き延びる術がないため、苦々しい顔をしながらだけど受け入れた。
そんな結末となったペレセ国との会談が終わって、ペレセ国の面々が退出し、謁見の間にノネッテ国側の人たちしかいない状況になった。
「それにしても、チョレックス王。戦争に参加するだなんて、良く決心しましたね」
俺が皮肉っぽい言葉を選んで言ったところ、チョレックス王は俺の質問が意外だという顔を向けてきた。
「この戦い、勝てるのであろう?」
「彼我の戦力差を考えれば、七割方は勝てると思っていますけど」
「勝利の公算が高い戦いを逃すことはあるまい。それに、彼の二国がペレセ国を平らげた場合、その後にノネッテ国に攻め入ってくるのは必定ではないか」
どうしてそう思うのだろうと俺が首を傾げると、チョレックス王が半目を向けてきた。
「この戦いは帝国が裏にいるのであろう。そして帝国は、ノネッテ国に大国に成って欲しいと思っている。ならば、ペレセ国を打ち倒したところで、帝国の息がかかっているペケェノ国ないしはカヴァロ国の侵攻が止まるはずもない」
「王の言葉に付け加えるとするなら、ペレセ国が我が国まで山脈に穴を通したのも、帝国の仕込みだと思っていいでしょうね。彼の二国がペレセ国を倒した後、我が国に侵攻するための経路として最適ですし」
アヴコロ公爵の追加説明を受けて、俺は帝国に目をつけられてしまった不運を呪ったのだった。
ともあれ、ペレセ国に協力して戦争をすることは決まった。
ここからの作業は、スピード勝負になる。
まずは、ノネッテ国全土にある兵士の選出と、武装と兵站の確保と輸送だ。
俺はロッチャ地域に戻って、戦争準備の指揮をとることにした。なにせロッチャ地域がノネッテ国全域の中心地になっているため、この場所で手腕を振るった方が、情報統制という面で楽だからだ。
「ホネスには各方面の調整で苦労をかける。戦争が終わったら、ちゃんと労うから」
「戦争が終わるまでって引き延ばしになっている結婚をしてくれたら、それでいいですよ。センパイ」
ホネスの口調は、どこか恨みが孕んでいる気がするのだけど、気のせいだろうか。
「さ、さーて。国の全域から物資をかき集めるとしよう」
「ロッチャ地域からは武器と穀物を中心した糧秣を、ハータウト国とフェロニャ地方からは、木の実や乾燥果実と炭、アンビトース地域からは傭兵たちですね」
「輸送には馬と荷馬車を使う――そうだ、ペレセ国が山に通した穴は不格好らしいから、輸送しやすくするために、工兵を先発させて整えさせなきゃいけないんだった」
「平和だった二年の間、街道整備や河川工事に従事した人を中心に雇い入れましょう」
「頼んだ。人数がいれば、その分だけ工事が早く終わるからね」
そうした各種の準備作業を行っていくと、大量の物資がロッチャ地域に集まり、それらはノネッテ本国を通過してペレセ国へ向かっていく。
このように、戦争準備は迅速に行っているのだけど、ペケェノ国とカヴァロ国のペレセ国への進行度合いも早いと報告がきた。
地図に配置したペレセ国の戦線状況を動かし、俺は眉を寄せる。
「ペレセ国の領地の中で突出していた部分が切り取られてしまったのか」
「むしろ、ペレセ国側が手放したと見るべきでしょう。兵数を保持した状態での戦線整理です」
ドゥルバ将軍が義手で示すのは、ペレセ国が敷いた一直線の戦線だった。
「全ての土地を守るには、領地の形が歪でした。戦線を真っ直ぐにすることで、ペケェノ国とカヴァロ国からくる圧力を分散できます」
「逆を返せば、ペレセ国側も戦力を分散配置しなきゃいけないってことでしょ。それはそれで悪手じゃないかな?」
戦力とは、一極集中が最も威力を発揮する性質を持つ。
戦線を維持するために均一に配置するなんて、どこかから抜けてくれと言っているようなものじゃないだろうか。
そんな俺の疑問は、ドゥルバ将軍に否定されることになる。
「ペレセ国は、我が軍という援軍が来るまで待つしかない状況なのです。来援を待つ時間稼ぎには、戦線を膠着させることが肝要です」
「戦線の要所に砦や野戦城を築いて、籠城戦で敵の足止めをしているわけだね」
「仮に、どこか一つの砦が落とされたら、そのまま戦線を後退させて再構築すれば、さらなる時間稼ぎができます」
「逆に、ノネッテ国からの援軍がきたら、その砦や野戦城を拠点に使い、逆侵攻の足掛かりにできるわけだ」
ペレセ国は小勢といっても、ちゃんとやるべきことはやっているらしい。
そもそも、時勢が分からない人物が上にいる国なら、山脈にトンネルを作ってノネッテ国に救援を求めたりはしないか。それが帝国に指示されたことであっても。
「それで、ノネッテ国の軍勢の第一陣は、現在どこにいる?」
「先発隊は二つに分けています。一つは、戦線維持のために、ロッチャ地域の中でも選りすぐりの手練れに魔導具の武器を持たせた五百名。もう一つは、ペレセ国まで通じる山道を整備する工兵と作業民の群れが一千名となっています」
「第一陣といっても、純粋な援軍が五百人って少なくない?」
「仕方がないのです。ペレセ国が山脈に通した道は、大量の軍勢が通るようには作られていなかったのです。武器や糧秣を安全に運べる限界が、五百名だったのです」
ペレセ国としては、ノネッテ国に一秒でも早く助けを求めに来たかった。だから、トンネルの出来映えを後回しにしてでも、開通を急いだんだろうな。
「なら工兵と作業民の増員をして、一刻も早く山道を整えるようにしよう」
「それが、いま季節は春ですから、どこもかしこも畑の種蒔きに忙しく、作業員の確保も難しい状況でして」
「ロッチャ地域の荒れ地を開墾して間がないから、農業従事者の数は減らしにくいんだった」
自分の政策が裏目に出たことに頭を抱えそうになるけど、考え直すことにした。
「とにかく、いまの山道の状況でも、五百人ずつは援軍に送り込めるんだ。第二陣、第三陣の編成をお願い」
「戦線を縮小することで遅滞戦闘に終始している状況なのですから、そうまで急がなくてもよろしいのでは?」
「いや。ペケェノ国とカヴァロ国のどちらかは分からないけど、帝国製の魔導具を使ってくるはずなんだ」
「なるほど、魔導具に対抗するには、同じく魔導具を装備するロッチャ兵しかない。そのために数が必要というわけですな」
ドゥルバ将軍は俺に一礼すると、援軍の編成に入るため退出していった。
俺も俺で、ロッチャ地域の領主の仕事と、各地から集めている物資の把握に努めなければならない。
「本当。戦争なんて、準備も実行も後片付けも、手間が山積みなんだよな」
愚痴りながら、俺は書類仕事に戻ることにしたのだった。