百八十六話 凶報
突然の凶報に、謁見の間にざわめきが生まれている。
その騒がしさを放置したまま、チョレックス王がヘピティ大使に問いかける。
「貴国とペケェノ国との関係を尋ねても?」
「はい。お答えします」
ヘピティ大使は説明内容を少し考える素振りの後で、チョレックス王に語り出す。
「ペケェノ国と我がペレセ国は、いわば犬猿の仲。長年に渡り領土を奪い奪われ、常に戦争と休戦を繰り返す間柄なのです」
「では此度始まったという戦争も、休戦が終わったことによって起こったとものであるのか?」
「休戦期間までまだ少し時間があったはずで、ペケェノ国が条約を破棄したのかと」
「勝手に条約を破棄するなど、騎士国を呼び込むような蛮行のように思えるが?」
「それが……過去にお互いの国が休戦条約破棄を行った前例があり、以前にやられたことをやり返しているのだと主張することで、大義名分が立つのです」
俺個人の感想としては、そんな大義名分が正しいとは思えないので、大義名分が成り立っていないのだから騎士国が出張って来ても変ではないはず。
そんな理屈と同時に、俺は騎士国が持つであろう考えも思いつく。
ペレセ国とペケェノ国は両国ともに、条約破棄の常習者だ。つまりは両方とも『正しくない』存在といえる。だから騎士国としては、正しくない両者の戦いに手を貸す意味を見出せない。きっとそんなところだろうな。
つまるところ、ペレセ国とペケェノ国の戦争において、騎士国という監督官のような存在が現れないことは決定しているため、大義名分のあるなしが関係なくなってしまっているに違いなかった。
そして、そうやって騎士国の存在をあてにできないからこそ、ペレセ国は山脈にトンネルを掘ってでも、成長著しいノネッテ国に助けを求めに来たのだろう。
救援を求める理由として考えられることは、ペケェノ国の方が軍事力が強いか、はたまた――
「ペケェノ国を、帝国が支援しているのかな」
考えが口をついて出てしまい、俺は慌てて自分の口に手を当てて、何も言っていない風を装う。
しかし、近くにいたチョレックス王とアヴコロ公爵にはバッチリと聞かれてしまっていたらしく、二人から咎める視線がやってきた。
「ミリモスよ。勝手な憶測を口に出すでない」
「王権代理人たる意識を持っていただきたい」
「申し訳ありません」
気を抜いていたつもりはないんだけどなと、反省しながら頭を下げる。
この一連の俺たちの行動が、ペレセ国にどう映ったのかは分からないけど、急にヘピティ大使が慌て出した。
「帝国がペケェノ国を支援していることは、確定的な情報ではなく、単なる噂でございます! ノネッテ国の御方々の心配することはございません!」
その慌てっぷりが怪しく映る。
これは本当に帝国の支援がペケェノ国にあるかもしれないと疑っていると、イニシアラ王太子が爆弾発言を投下してきた。
「帝国が支援しているかは不明なれど、ペケェノ国が帝国製の魔導具を所持していることは間違いありませんよ。それだからこそ、我々はノネッテ国に助けを求めているのですから」
秘密をぶっちゃけちゃったイニシアラ王太子の言葉に、一番ギョッとしたのは、味方に背後から撃たれた形になったヘピティ大使だった。
「王太子殿下!?」
「ここで隠し、後に戦場で発覚し、そしてノネッテ国にヘソを曲げられでもしたら、それこそペレセ国はペケェノ国に滅ぼされる結果を呼ぶ。ならば、この場で明かしておいた方が、後々のためになると考えられる」
「それは、そうかもしれませんが……」
外交の場での道理が分かっていないと、ヘピティ大使は言いたげな顔になっている。
けれど、イニシアラ王太子の言葉によって、俺は納得した部分があった。
それはチョレックス王も同じだったらしい。
「なるほどの。帝国製の武器を持つ敵を退けた経験が、我が国にはある。なあ、ミリモスよ」
「付け加えて、籠城戦とはいえ、こちら側が寡兵での勝利でしたからね。さらに言えば、軍事演習で帝国の正規兵と戦った経験もありますし」
戦争の手助けを求めるのなら、ペレセ国は近隣にある他の小国に求めてもよかった。
それにもかかわらずノネッテ国まで、山脈にトンネルを通してでもやってきたのは、帝国製の魔導具を持った軍隊に打ち勝った実績を見込んだからに違いなかった。
俺とチョレックス王との会話を聞いて、ヘピティ大使は遭難中に通行人を見かけたときのような、希望を見つけて安堵したような様子になった。
「ああ。あの噂は本当だったのですね。これでペレセ国は助かります」
噂という部分も気になったけど、もっと気になったのは、彼の中でノネッテ国がペレセ国を助けるような未来図が出来上がっている点だった。
チョレックス王もそこが気になったのだろう、咎めるような口調でヘピティ大使に言う。
「兵を派遣してもよいが、ペレセ国はノネッテ国になにを見返りとして寄こすのだ?」
「み、見返りで御座いますか?」
「当り前であろう。他国を無償で助ける輩など、騎士国以外、この大陸に存在しないのだからな」
一国が滅亡する危機を助けるのだから、それ相応の対価が必要だ。それこそ、呆れるほどに大量の金銭や、領土を大きく割譲するなど、国を傾けるほどの報酬が要る。
その報酬を下げる条件を付けることができないわけじゃないけど、ペレセ国の状況を考えると難しいだろうな。
ヘピティ大使が怖々とした感じで、報酬の話を切り出す。
「で、では、ペケェノ国を打ち倒した際には、その土地を全て貴国へとお渡しいたします。それでどうにか」
「ははっ、戯けたことを。軍が得たものは、その軍が属する国の手柄とすることが定法だ。貴国の考えでは、ペケェノ国への反撃の主軸を我らノネッテ国の兵に任せたいのであろう。ならば、戦で手にした戦果のうちの半分――いや、三分の二はこちらの手柄とするが定例である。それを考えると、残りの三分の一を渡されたとて、十分な報酬になるはずもないのは道理ではないかな?」
「そんな、ご無体な!」
「無体であるものか。そも、此度の戦いに、ノネッテ国は一切の関係がない。未だ、貴国と我が国は友好関係ではないのだからな」
「で、では、助けてはもらえないと」
「助けてやらぬでもない。報酬を出すのであればな。ほれ、あれよ。無頼漢どもを金で集めて兵とする――」
チョレックス王が用語を言い淀んでいると、アヴコロ公爵から補助が入った。
「傭兵で御座いますね、王よ」
「――そう。傭兵を雇うようなもの。それに報酬を積まれて頼まれたからには断れなかったのだと、我が国が貴国へ兵を出す名分にできる」
ノネッテ国としては、これが落としどころだろう。
むしろ、国交がなかった国を金品や土地と引き換えに助けるなんて、国の考えとしては優しい部類に入る。本来なら、兵を失う危険を冒してまで助ける義理はない、と考えることが当たり前なんだしね。
さて、これで国防の手助けをしてもしなくても、ノネッテ国としては義理を通せる道筋はできた。
あとはペレセ国の判断だ。適切な報酬を出せそうなら助けるし、報酬が出せないと判断したなら帰ってもらう。
どうするかなと見ていると、苦悩に満ちた顔のヘピティ大使の代わりに、イニシアラ王太子が前に出てきた。
「借財という形でも良いのでしょうか?」
「王太子殿下! 外交の場で軽はずみな発言は!」
「黙るのはそちの方だ。ノネッテ国との約束を取り付けられなければ、我が国は滅びるよりほかに道がないのだぞ」
ヘピティ大使とイニシアラ王太子の意見がぶつかってしまったようだし、この場はいったんお開きにして、後で再開という形にした方が良いんじゃないかな。
俺はそうチョレックス王に提案しようとしたとき、またもや謁見の間の外が騒がしくなった。
二度目ということもあり、護衛の兵の動きも早く、すぐに外を確認して戻ってきた。そしてその手には一枚の紙が握られている。
「チョレックス王。ペレセ国からの緊急報告があると、文を預かって参りました」
俺がヘピティ大使とイニシアラ王太子に視線を向けると、二人とも『緊急報告』とやらのあてがないのか訝しんだ顔をしている。
そんな二人の様子を無視するように、チョレックス王が兵士に指示した。
「遅かれ我らも知ることになるのだ。文を読み上げよ」
「ハッ! では――」
兵士が空気を吸い、吐きながら大声で告げる。
「――『ペケェノ国に隣する国である、カヴァロ国が宣戦布告。大義名分は、同盟国たるペケェノ国の支援』とのこと」
内容を聞き、チョレックス王は厳しい目をヘピティ大使へ向けた。
「カヴァロ国と貴国の関係は?」
「過去に何度か争い、そして停戦していた国でありました。ここ最近は、友好的な付き合いが続いていると認識しておりましたが……」
「友好的と考えていたのは、貴国だけだったわけだな」
チョレックス王の厳しい批判に、ヘピティ大使は項垂れたのだった。