百八十五話 ペレセ国外交団
ペレセ国との話し合いは、ノネッテ国の王城、その謁見の間で行われることになった。
チョレックス王は玉座に座り、その右隣にアヴコロ公爵、左隣に俺が立つ。
そして、ペレセ国の一団は謁見の間の絨毯の上に跪いて、いままさに名乗りを上げている最中だった。
「この度、こうして謁見を賜り、恐悦至極に存じます。当方、ペレセ国が外交大使。名を、ミトラ・ヘピティと申します」
その名乗りを受けて、俺は納得と驚きが半分ずつの気持ちになった。
納得した部分は、ミトラと名乗った男性が見るからに五十歳を超えていて、外交団の中にいると聞いていたペレセ国の王太子じゃないだろうと予想していたから。
驚きは、その王太子が代表者じゃないことに対してだった。
俺と同じ気持ちだったのか、アヴコロ公爵が口を挟んできた。
「ヘピティ大使。名乗りの最中だが、失礼する。貴公らの中に、ペレセ国の王太子が要ると聞き及んでいるのですが、外交団の代表者は貴公でよろしいのですか?」
「これ、アヴコロ公爵。失礼ではないか」
チョレックス王の咎めに、アヴコロ公爵が申し訳なさそうに一礼する。
でも、この寸劇は仕込みだろうな。
なにかチョレックス王が指摘しにくい疑問があった場合、アヴコロ公爵が代わりに尋ね、すかさずチョレックス王が窘めることで、外交団に悪印象を持たれなくするためのものだろう。
その仕込みを知ってか知らずか、ヘピティは質問に答え始める。
「我らの中に王太子がいらっしゃること、よくご存じでいらっしゃる。ですが、その通り。王太子」
ヘピティの手招きに、外交団の最後尾にいた一人が前に出てくる。
枯草色の髪をした、他の外交団と同じ衣服を身に着けた、地味な人物。
そう見えていたのだけど、唐突にその頭髪がズルリと剥けた。
いや、剥けたんじゃない。
枯草色の髪はカツラで、その下から真の髪色が現れたんだ。
そして俺は、王太子の髪色と顔立ちを見て、思わず小さく声を出して驚いてしまった。
「んなっ」
襟足で切りそろえられた髪は、真っ黒なインクを思わせるほどの、漆黒な髪色。十代前半らしき見た目の少年だが、その幼さが残る顔立ちは彫りが薄かった。
その見た目は、俺が前世で暮らしていたときに見た、日本人にそっくりに見えた。
予想外の容姿に、俺は慌てた。
よもや、王太子は日本からの転移者なのか、それともペレセ国の王族は転移してきた日本人の子孫なのかと。
しかし、よくよく観察してみると、王太子の彫りの薄さは幼顔だからであり、顔立ちはこの世界の人らしく西洋風だ。そして、この世界にはホネスのようなピンク色の髪色の人だっているんだ。黒色の髪の人がいても普通なはずだ。
そう気持ちを落ち着かせると、件の王太子が俺に視線を向けて、口の端を分からないぐらいに上げる。どうやら、隠しながら笑っているらしい。
俺が狼狽えたことをなんと捉えたかわからないけど、勝った気になったんだろうな。
王太子はその表情のまま、チョレックス王へと視線を向け直す。
「私は、ペレセ国の王太子、イニシアラ・ペレセ。成長著しいノネッテ国、そのチョレックス王へ挨拶を」
王族らしい綺麗な礼を決めたところで、チョレックス王が感嘆の声を出す。
「しっかりとした王子であるな。ペレセ国の王は、次代の後継に悩む必要はないとみえる」
「チョレックス王に、そのような言葉を頂けたこと、我が父も誇ってくださいますでしょう」
王太子の如才ない言葉の尻を、ヘピティ大使が継いだ。
「イニシアラ王太子は出来た子であることはその通りでございますが、なにせ十歳を少し超えたばかりの若輩者。国の行く先を決めるような大事な場面での代表者を務めるには、いささか力不足というもの。それゆえに、当方が外交団の代表者となっておるのです」
「ということらしいぞ、アヴコロ公爵」
「はい。差し出がましいことを申しました。謝罪いたします、ヘピティ外交代表」
外交の場らしい婉曲な言い回しの連続に、もっと直接的なやり取りをして、話題も本題にすぐに入ればいいのにと、俺はつい思ってしまう。
しかし、この直線的な考え方はいけない、と思いなおした。
良くも悪くも単純明快に物事を進めようと考えるのは、兵士や作業員向きの思考だ。領主や王族なら、回りくどくとも、安全確実な考え方をしなきゃいけないよな。
その後も、なかなか本題に入らないまま、雑談のような会話がチョレックス王とヘピティ大使の間で行われた。
そうしたじれったい時間の後で、チョレックス王から本題を切り出した。
「――それで、ペレセ国はノネッテ国と国交を結ぶにあたり、何を欲するのか」
ここからが、ペレセ国側の正念場だ。
そう意気込むかのように、ヘピティ大使は一呼吸の後で、要求を口にした。
「我々が欲するのは、ノネッテ国の庇護で御座います」
庇護を求めるということは、ノネッテ国の下につきたいという申し出も同じこと。
てっきり、ペレセ国はこの会談の場で、ノネッテ国に攻め入る口実を得にきたのだと考えていた俺は、予想を外された気持ちだった。
チョレックス王も意外だったのか、問いただしだした。
「庇護とはな。差し当たり、ペレセ国は現段階で欲していると考えてよいのか?」
「はい。直ちにでも」
「守るべき対象は、ペレセ国を全てか?」
「出来うることならば。出来ぬと仰られるのならば、イニシアラ王太子だけでも」
国よりも王太子を守って欲しいという要求に、俺はつい眉を寄せてしまう。
仮に、いまペレセ国が潰えたとしたら、王太子が生きていようと意味はない。
俺が攻め落としたアンビトース地域を思い返せばいい。
あの地域を治めていた王族は生かしているけれど、国が滅んだ後に王族が王へ返り咲いたことはない。
それはヴィシカの統治が真っ当だからという理由はあるけれど、民が国を滅ぼしてしまった弱い王を求めていないからでもある。
そんな当たり前の事実を加味して考えると、この世界では珍しい黒髪だけあって、イニシアラ王太子は特異な血を継いでいる人物だったりするのだろうか。
王太子を守るという意図を考えていると、謁見の間の外がにわかに騒がしくなった。
護衛の兵が訝しんで扉の外へ出ていき、すぐに一枚の紙を手に戻ってきた。
「チョレックス王。ペレセ国の外交団の連れという者より、連絡事項を預かって参りました」
「うむっ。渡してやるとよい」
兵士が紙を渡すと、受け取ったヘピティ大使は一読してから、俺たちの方に差し出してきた。
「お読みくだされ」
チョレックス王とアヴコロ公爵の視線を受けて、俺が代表して受け取ることにした。
俺は手にした紙片を、チョレックス王に手渡す前に、興味本位で覗き見てしまう。
紙面の第一行には――『ペケェノ国がペレセ国の領地に侵攻を開始し、戦争が始まった』――と書かれていた。
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