百八十四話 疑念
チョレックス王に呼ばれた俺は、ペレセ国の大使との会談を、ノネッテ本国で行うこと二なった。
領地のロッチャ地域から離れることになるけど、この二年間で役人も多く育ったことで、運営に関してはホネスとその役人たちに任せておけば問題ない。
俺は万が一会談の際に戦争になることを考えて、ロッチャ地域の軍から二千人ほどの兵士を連れて行くことにした。この措置は、チョレックス王とアヴコロ公爵からの要望もあってのことだ。
その二千人の兵士と共に、俺は馬車に乗ってノネッテ本国を目指す。
この行軍に、パルベラとファミリスは同行していない。
『今回は会談とのこと。小国同士の話し合いに、大国の神聖騎士国の関係者が入り込むと、議論が歪む可能性がありますから』
『もし戦争になろうと、ミリモス王子は二年の鍛錬で手強くなった。この地まで逃げ帰ることはできるだろう』
二人はそう言って、俺を見送ってくれた。
では馬車の同乗者はというと、両手がなくて馬に騎乗できないといった理由で、ドゥルバ将軍が乗っている。
「二年の雌伏を終えて、ミリモス王子の覇道に新たな頁が書き加えられることになるのですな」
ドゥルバ将軍は嬉しそうに言うが、その口調には揶揄する感じが含まれている。
俺は、つい憮然とした表情になってしまう。
「面白がらないで欲しいな。帝国がペレセ国をどう使ってくるのか、予想できていないんだから」
俺がフンセロイアの思惑を聞いた当初、ノネッテ本国から山脈を挟んで西側にある小国たちが、すぐさま攻め込んでくると思っていた。それぐらいの企みは、帝国なら楽に行えると考えていたからだ。
そんな俺の予想とは裏腹に、二年もの間、周辺状況は動かなかった。
その二年でノネッテ国とその領地は発展したが、逆を言えば、西側の小国たちも戦争する準備を整える時間があったということ。加えて、準備期間を設けた理由には、帝国の思惑がないはずがない。
楽観的にいては足元をすくわれかねない。
そう、俺は考えていた。
しかしドゥルバ将軍は違うらしい。
「ふむっ。帝国が裏で糸を引いて、ペレセ国を操っているとお考えなのですな?」
「帝国は、今回の件に関係ないとでも?」
「どうでしょうな。帝国の思惑の一端が関係しているとは思いますが、本格的に入れ知恵をしているにしては、仕込みが杜撰かとは」
「どういう意味?」
俺が眉を寄せると、ドゥルバ将軍は言葉の表現を迷う仕草をする。
「なんと言ったら良いものですかな。我らロッチャの民は、長い間、帝国の巧みな政策に苦しめられてきたのです」
「知ってる。旧ロッチャ国の借金を、領主の俺が肩代わりしているからね」
「はは、耳が痛い――それで、ですな。帝国はその政策を行うにあたり、色々な働きかけをロッチャ国に行ってきたのです」
「例えば、ノネッテ国を入手するために、王子に帝国貴族の娘を嫁に出すとか?」
「まさしく、それも『仕込み』ですな」
ドゥルバ将軍の言いたいことが理解できた。
つまり今回の件に関して、帝国はノネッテ国自体に、何らかの罠というか、企みの元のようなものを埋め込んでいないと言いたいのだ。
フンセロイアが俺に、『第三の大国に成れ』とか『戦争が起こる』と言ってきたことを、『仕込み』とみなすこともできなくはないだろう。
しかし、二年という時間があったのにもかかわらず、それらしい騒動の種はない。むしろサルカジモを帝国に引き取ったことで、その種を取り除いた側面すらあった。
「ドゥルバ将軍は、ペレセ国の行動は帝国の思惑とは関係ないという見解なのですね?」
「全くないとは言い切れませんが、ペレセ国とノネッテ国の間には思惑は絡んでいないのではないかなと」
俺の考えになかった見解なので、一考の余地があった。
「じゃあ、ペレセ国がノネッテ国と国交を結ぼうとしているのには、どんな理由があると思う?」
彼の国とは、山脈で隔たれていた。いままで国交らしい国交はない。
それにも関わらず、ペレセ国側がトンネルを掘り抜いて、繋がりを結ぼうとしている。
トンネル開通なんて大事業、国家運営にかかわる重大事じゃければ、行おうとするはずがない。
そんな俺の疑問に、ドゥルバ将軍は首を横に振った。
「軍人である自分には、政治の話などはわかりません。ただ――」
「なにか考え付いた?」
「――いえ。国が他の国に国交を求めるのは、いくつか理由があると思ったのですよ」
「それはそうだよ。まずは、自国にないものを手に入れて、余剰を売りつけるための貿易でしょ。次は、人の行き来によって手に入る関税。あとは、技術交流なんてものもあるね」
ロッチャ地域が帝国相手にやっていることを思い出しながら告げていくと、ドゥルバ将軍が言葉を継いできた。
「あとは、敵に対する援軍を求めることを期待して、でしょうな」
「国交がある国に援軍を要請する。それはあり得ることだ」
それには、ペレセ国に敵対する国があることが前提となる。
「山脈に隔てられて国交がなかったことで、その手の情報がないんだよなぁ」
「騎士国からの情報はないのですかな?」
「頼めば貰えるだろうけど、黒騎士は俺やパルベラの手駒じゃなくて、騎士王の手駒だからなぁ……」
パルベラやファミリス経由で情報を貰うならともかく、伝えられていない情報を黒騎士から入手しようとすれば、それは騎士国へ借りを作ることになってしまう。
騎士国は『正しさ』を重んじる国だ。その国から情報を貰おうと考えるなら、見合った対価を払うという『正しい行い』をしなければならない。
切羽詰まった状況ならいざ知らず、チョレックス王からの手紙からは危急の事態といった雰囲気はなかったのだ。
なら会談でペレセ国の思惑を知れば十分に間に合うだろうから、騎士国に借りを作る必要はないと判断したわけだった。
ただ、その手紙の内容に、気になることがないというわけでもなかった。
「使節の中ん、ペレセ国の王太子がいるってことだけど」
「ちゃんとした国交がない国に、次期王を派遣するとは豪胆なことですな」
「王太子を出してくるほど、国交を重要視しているのか――」
――それとも王太子を使った企みをペレセ国が考えているのか。
俺は一抹の不安を感じながら、ノネッテ国の王城へと向かって、兵士と共に進んでいくのだった。