十六話 決戦・前編
夜襲を仕掛けた翌日、メンダシウム国は全軍で、砦に攻め上ってきた。
この事実に、何人かの兵士たちは愚痴を言っている。
「山を越えて陣地を焼いてきたっていうのに、帰ったら総力戦とはなー」
「こんなことなら、少し遅れてくるべきだったよな」
不真面目な発言をしているけれど、その兵士たちも持ち場へ急いで走りながら言っているので、発言が冗談だとわかる。
「思いつめて硬い顔をするよりかは、マシだよね」
なんてことを言いつつ、俺も外壁の上に出て、近づいてくるメンダシウム国の軍勢を視界に入れる。
罠や夜襲などで数を減らしたとはいえ、二千人を超える人員が見える。
数の上では多いはずなのに、狭い道を縦一列で歩いてくるからか、さほど多い気はしない。
こんな印象を持てるのは、人口密度が高い日本で暮らしていた前世の記憶のお陰だろうか。
益体もないことを考えていると、敵軍が砦前に展開を始めた。
砦のある場所は、もともと山間の中でも開けた土地があった場所だったそうだ。そしてノネッテ国がまだ流刑地だった頃に、この場所に関所が作られた。この場所さえ塞いでしまえば、流刑された人たちがメンダシウム国に入ってこれないからね。
ノネッテが国として独立した際に、その関所に押し入って接収。砦として改造して、いまに至る。
そんな背景があるからか、メンダシウム国側の砦前には、関所を守る際に援軍をとめる野営地として小さい広場があるわけだ。
ノネッテ国が関所を砦として改造した際に潰せばよかったのにと思ったが、これには理由があった。
通常時、広場ははノネッテ国に来る旅人の野営場所として開放している。
戦争時には、ここに部隊が展開できる小さい広場があることで、メンダシウム国側に『この砦は攻めやすい』と思わせることができる。もしこの砦の前が細道しかなかったら、別の険しい山道を通ってノネッテ国に入ろうとするだろう。そうアレクテムは言っていた。
「砦を作りにくい別の場所に向かわれるぐらいなら、この砦が多少不利になっても広場を残して置いた方が良いってわけなんだよね」
さて回想は終わりにして、敵軍の様子を見る。
いままでと同じで、最前線に盾持ちを配置し、その後ろに魔法使いを隠す作戦のようだ。
「相変わらず、バカの一つ覚えかよ」
「馬鹿な方が守りやすいってもんだぞ。弓隊は連中が射程に入ったら、順次自分の判断で射撃してヨシ!」
兵士たちから笑い声が起る。
俺も笑おうとして、メンダシウム国の軍勢が全員でこっちに来ているのだと思い出す。
「アレクテム。メンダシウムの後方陣地の食料を焼いたから、敵軍は短期決戦を仕掛けてくるはずだ。なら、いままでと同じってことはないはずだよね」
「同じ策しか用意できないのならば、撤退するでしょうからな。なにかしら、別の策を講じてくるはずですぞ」
嫌な予感が積み重なっていき、そして予感の正体が敵軍の中に見えた。
俺はその『杖』を目にして、周囲に大声を放つ。
「帝国製の杖を持っている! いままでよりも強力な魔法攻撃を仕掛けてくるぞ!」
俺の警告からすぐに、敵軍から火球の魔法が飛んできた。
いままでの三倍は大きい火球が、砦の壁に衝突する。山間に爆発音が木霊し、外壁が振動した。
「被害状況は!」
俺が声を上げると、兵士たちから次々に報告が買ってくる。
「連中、魔法を一点集中してきてます!」
「外壁の大部分に損傷なし! 集中して狙われた落とし戸の大扉には、甚大な被害が出てます!」
分厚い木の扉の表面には、粘土を縫って乾かして覆って耐火性を上げてある。木の柔軟さは爆発力も吸収し、他の外壁部分と遜色ない防御力を誇る。
だが外壁の他の部分と違って、防備は扉の一層だけなので、一番脆い場所なのも事実だ。
「焼け残った帝国製の杖を投入して、扉を壊して中に入る気のようだね」
「ここまでの戦いで何発も火球を放ってきたのは、扉以外の場所の防御力を調べるためだったのかもしれませぬな」
「相手も馬鹿じゃないってことか――敵の狙いは扉を破壊して中に入ってくることだ。外壁の修理部隊は任務を中断! 扉が破壊されてもいいように、その後ろで待機するよう伝令して!」
他に命令するべきことはあるかと質問すると、アレクテムが声を張り上げる。
「扉はまだまだ持つ! 扉の後ろにに積む土嚢の数を増やすべし! 土嚢の数が多ければ多いほど、連中の行き足をくじくことができるぞ! 弓隊はなにをしておるか! もっと矢雨を濃く降らせんか!」
アレクテムの大声に、兵士たちの動きが如実に変わる。
命令の的確さと兵士たちの追従のあたりは、長年群で暮らしてきた年の功といったところだな。
「俺が元帥なんてやっているより、アレクテムがやった方がいいような気がするよ」
「ミリモス様は十二歳と未来がありますが、こちらはもう余命いくばくもない老兵。国の将来を考えるのでしたら、ミリモス様が元帥であることこそ、意味も意義もあるというものですぞ」
「俺はそんな立派な人じゃないと思うんだけど――高く買ってくれていることについては、ありがとうね」
俺とアレクテムが会話している最中に、二撃目が来た。
「被害状況、再び扉に集中!」
「目算で、同じ規模の魔法攻撃が五回きたら、扉が崩壊します!」
「五回も耐えられるのなら、その間に裏に土嚢を積み重ねて防備をかためればよい! 相手は農民兵ばかり、槍衾を作れば勝手に飛び込んでくれる弱兵じゃぞ! 敵が殺到する場所が丸わかりじゃから、扉の直上に落とし物や煮え湯や油を運ぶのだぞ!」
アレクテムのすかさずの発破に、兵士たちの混乱は落ち着きを取り戻し、己の役割を果たそうと動き続ける。
ここは俺が命令するよりも、アレクテムに任せるほうが良さそうだ。
「アレクテム、指揮の代行をお願い。俺は嫌がらせをやるとするよ」
「代行は了解しましたが、嫌がらせとは?」
「向こうが帝国製の杖を使うのなら、こっちも使うだけだよ」
俺は持ってきていた杖を掲げ、そして敵軍へ向ける。
「火種が火に、火は炎に、炎を球形へ。烈火の殻を纏い、内に破裂の風を孕み、飛べよ火球。エウスタウ・スペレリカ!」
呪文が完成し、火球の魔法が杖の先から射出される。
狙いは、帝国製の杖を所有する敵魔法使いが密集している敵軍中央。
矢の雨を防いでいた最前衛に着弾し、大爆発が起こる。
これで魔法使いか帝国製の杖が壊れればよかったのだけど、すぐさま火球がこちらに撃ち返したことを見ると、俺が放った火球の進む速さが遅いこともあって、魔法使いたちには逃げられてしまっていたらしい。
だが、盾持ちを吹き飛ばしたことで、こちらが放つ矢の雨が敵軍に痛手を与えることができてもいた。
「これは無理に魔法使いを狙うよりか、最前の盾持ちを排除したほうが被害を与えられるかも」
俺は杖を一回転させてから、別の魔法を選択する。
「塵が砂に、砂は土に、土は小石へ。石片よ生じよ、二つ三つと数を増やせ、群れとなりて疾走せよ。ラピアス・アプルーヴィア!」
魔法が発動。
もとは指ほどの長さと細さの石片を多数射出させるまほうなのだけど、杖の先からは手のひら大の石の欠片が連続して出てきた。
その石片たちは、弾丸並みの速さで飛んでいき、敵兵が持つ盾に着弾。そして盾ごと、後ろにいた兵士数人を抉り抜けいく。
まだまだ杖から石は出続けているので、狙いを横へ順々に移動させていった。
別の敵兵が石片で吹き飛び、さらに隣の敵兵の盾が破砕し、さらに隣の敵兵は盾を投げ出して逃げたので背中に直撃を食らう。
味方の数の少ない魔法使いたちも、俺に倣って魔法を連発して、敵の盾持ちに損害を与えていく。
やがて盾持ちの敵兵が辿った惨状を目にして、その周囲にいた敵兵が動かなくなる。どうやら死の恐怖に囚われたようだ。
この調子でいけば相手の戦闘意欲を削げると思ったのだけど、そうは上手くいかないようだ。
「殴りつけて言うことを聞かせようとしているな」
遠くの俺の魔法よりも、身近にいる上司の方が怖いのだろう。恐怖に身を固まらせていたはずの敵兵が、新たな盾を掲げてくる。
では再び魔法攻撃を行おうとしたところで、敵側の魔法使いが、俺を狙って魔法を放ってきた。
迫ってくる普通の大きさの火球に、俺は慌てて伏せて退避する。
「帝国製の杖の数が少なくなったってことは、余剰の魔法使いがいるってことでもあった。失念していたな」
バシバシと外壁に魔法が当たる音を聞きながら、俺は匍匐前進で場所を移動していく。
どうにか敵の魔法攻撃の範囲から外れて立ち上がったところで、声をかけられた。
「おい、お前! 暇ならこっちに来い!」
ぞんざいな口調を聞いて、誰だかすぐに分かった。
センティスが連れてきた新兵三人のうちの一人。ホネスではない、男子二人のどちらかだ。
訂正、誰かわかってない。この男子の名前すら知らないしね。
「おい! 無視するな!」
「はいはい。で、何の用? 敵兵が来ているから、忙しいんだけど?」
俺もぞんざいな態度で返事すると、新兵男子は下の者を見る目を向けてくる。
「はっ。這って逃げてきた腰抜けに、挽回の機会をやろうとしてやろうってんだよ」
「意味が理解できないんだけど?」
新兵が仮にも元帥の俺に命令できる立場ではないし、そもそも配置転換を命じる権利すらない。
そのことに疑問を感じていると、唐突に腕を掴まれた。
「いいから来いよ! メンダシウムの連中が入ってきたら迎撃するために、扉の裏で待機するんだよ!」
「はぁ? なに言ってんだ!?」
俺は踏ん張って、勝手に連れていかれないようにする。
「持ち場を離れて、新兵のお前についていくわけがないだろ!」
「手が空いている兵士を連れて来いって、センティスさんに言われてんだよ!」
「アレクテムが人員を適切に割り振っているんだ。勝手に移動するほうが問題なんだよ!」
「うるせえなあ! お前なんて役に立ってねえんだから、こっちに来いってんだよ!」
言い合いをしている間に、扉への魔法攻撃があった。
「扉はまだ持ちそうですが、長くはありません!」
「矢の補充をいまのうちに寄こせ! 敵兵が進出してきたら、弦が切れるまで射殺してやる!」
兵士たちが発する大声を聞き、俺はわからず屋に関わっていられないと判断した。
「邪魔だ!」
「ごばっ――お、お前、蹴りやがったな……」
新兵が倒れ伏したところで、外壁の上を走り回っていた衛生兵を呼びつける。
「新兵が倒れた。どうせ他の新兵も戦闘の役に立たないだろうから、救護所に連れていって監禁しておいてくれ」
「あー、了解です。新兵が恐慌をきたすことはよくあることなので、気にしないでいいですよ、ミリモス様」
なにかを勘違いしたようすで、衛生兵は新兵を抱えて運んでいった。
「センティスのヤツ。連れてきたからには、ちゃんと手綱を持っとけよな」
俺は文句を言いながら、外壁の上へ戻る。そして少しでも被害を与えるべく、敵兵に向かって魔法を発射する。
しかし俺一人が帝国製の杖で魔法を撃ったところで、相手は二千人もいるのだ。焼石に水のような感触が付きまとう。自軍の魔法使いたちも魔法を連射してくれているが、人数が少ないため思うような効果は上がっていない。
それでも役目を果たそうと頑張り続けていたところで、とうとう砦の扉が崩落する時間になってしまう。
「扉が壊れました! 敵兵、殺到してきます!」
兵士の悲痛な声による報告をかき消すように、アレクテムの大きな声が響き渡った。
「壁上に立つ兵は矢雨を継続し、少しでも敵兵の数を減らせ! 特に扉直上に陣取る部隊は、敵に一番被害を与えられる好所! たっぷりと熱湯や熱油を浴びせかけよ!」
「「了解です!」」
「扉裏に積んだ土嚢に隠れる兵士たち! 守りの要はお主らに移った! 奮起して敵兵を押し止めよ!」
「「了解、やってやりますよ!」」
アレクテムの命令で、兵士たちが一致団結して動き出す。
俺も、壁上から魔法を放って、近寄ってくる敵兵へ魔法攻撃を繰り返していくのだった。