百八十一話 二年間
フンセロイアからの意味深な忠告と、チョレックス王からの王権代理人の認定を受けてから、ずーっと平和続きだ。
それはノネッテ国とその領地だけのことではなく、帝国の国土拡大の動きが控えめになっていたこともあって、大陸中のどこもかしこも平和だったんだよな。
「すぐにでも戦争が始まると思って準備したのに……」
二年間なにもなかったことに対して愚痴を言いながら書類仕事をしていると、横で同じ作業をしている秘書のホネスに睨まれた。
「センパイ。その口ぶりだと、戦争を望んでいるみたいですよ」
苦言を受けて、俺は仕事の手を動かしたまま、目をホネスに向けた。
この二年でホネスは肉体的に成長していて、身長が一回り大きくなった分だけ手足も伸びて、スラリとした大人の女性といった感じになっている。一年ほど前から、ポニーテール状の後ろ髪は子供っぽいからと、神を編んで一まとめに括っている。
「だってさ、戦争がいつあっても良いようにって、この二年間はずっとファミリスに稽古の強度を上げて貰っていたんだよ」
「知ってます。毎日、筋肉痛と成長痛で体が痛いって、書類仕事中にボヤいるのを聞いてましたから。でも、その訓練があったお陰で、センパイが高身長な戦士の肉体になったって、ファミリスさんが自分の手柄のように自慢していましたよ?」
「確かに、そう言われるほど、鍛えられた肉体になったとは思うけどね――」
この二年間で変化した自分の体を、改めて客観的に確認する。
骨格が確りと成長した体は、身長が百九十センチ近く、アスリート体型のような脂肪が薄くて筋肉が厚めな感じに育った。
戦闘訓練と肉体作りに邁進していたからか、ファミリスから「並みの騎士と同じぐらいの戦闘力はある」と太鼓判を貰っている。ちなみに、基準は騎士国のもの。普通の国の基準で考えると、やり過ぎという感じは否めないんじゃないだろうか。
「――身長が伸びたことで、肉体の各部の長さも変わったから、それに慣れるための訓練が上乗せされて大変だったんだよなぁ」
「ファミリスさんは嬉しそうでしたよね。やっと身が入る訓練相手に、センパイがなってくれたって」
「お陰で昨今の訓練だと、兵士が俺たちに近寄りさえしなくなったんだよなぁ」
「センパイたちの動きの中にうっかり巻き込まれたら、訓練で死にかねませんし」
そんな話をしていると、執務室に入ってくる人が現れる。
顔を向けると、話題の本人であるファミリスと、その後ろにパルベラがいた。
ファミリスの方は、この二年であまり変化はない。ここ最近、俺を訓練の相手に暴れられるようになってストレスが軽減されるからか、多少の髪や肌の艶が良くなったような気がするぐらいだ。
パルベラの方はというと、身長の伸びは数センチほどと変化がさほどないものの、その代わりかのように女性的な魅力の部分が成長していた。
ピンク色の髪はより艶やかに長くなり、胸元のボリュームは顕著に多くなっている。肢体の全体的な肉付きも薄っすらとだけど増えていて、成熟した女性というものを思わせる姿だ。
パルベラは普段からドレス姿で、全体的な肉付きなんてぱっと見ただけでは分からないのだけど、どうして俺が知っているかというと――1年ほど前からベッドを共にする夫婦になったからだ。
そうして俺がじっと見つめていると、パルベラが花開くような笑みを浮かべる。
「どうしたんですか。そう熱心に見つめて」
「いや。二年前に比べると、パルベラは綺麗になったなって」
「ふふっ、ありがとうございます」
俺の自分の心に素直に従った感想に、パルベラは軽く頬を染めながらすごく嬉しそうな笑顔になる。
そうしてお互いに顔を見合わせていると、ファミリスがわざとらしい咳を放ってきた。
「ごほんごほん。お二人が愛し合うことを止めようとは思いませんが、場所と節度を弁えてくださいね」
「も、もう、ファミリスったら、いきなり何を言うの」
ファミリスの揶揄に慌てるパルベラの姿は二年前と同じで、そこはかとない安心感を俺に抱かせた。
和やかな気分で二人のかけあいを見ていると、ファミリスが厳しい顔をこちらに向けてきた。
「ミリモス王子。そうした間抜け面を晒すのは止めてください。パルベラ姫様の夫らしく、毅然とした態度を常にして欲しいものです」
俺とパルベラが夫婦な仲になって以降、なにかにつけて、ファミリスは俺に小言を言ってくるようになった。
どういう意図があるかはよく分からないけど、パルベラを第一に考えて行動してきたファミリスの、心の折り合いに必要なことなんだろうと納得している。
「残念だけど、これが俺の素だからね。何度言われても変えられないよ。それに、二人が執務室に入ってきた用件は別にあるんでしょ」
二年間、毎日顔を合わせる間柄だ。少し様子を見れば、それぐらい察することはできるようになっている。
ファミリスは少し憮然とした様子の後で、手の内に隠していた紙片をこちらに見せてきた。
「ミリモス王子のことですから、すぐに情報がやってくるとは思いますが、先んじて伝えます」
差し出してきたのは、騎士国が持つ情報網――各地に潜む黒騎士のネットワークから上がってきた情報だった。
「へぇ。ようやくノネッテ国の西側にある山脈に、坑道が開通する見込みになったのか」
「開通と同時に、坑道を掘っている国がノネッテ国に対し、何らかの行動を起こすと予想されています」
「問題は、その行動が『戦争』なのか『外交』なのかだよね」
そうは言いながら、俺は確信していた。
二年間の平和が終わり、いよいよ帝国にお膳立てされた、ノネッテ国が第三の大国になり上がるための小国を制覇し続ける戦争の幕が上がるのだと。