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百七十九話 控室にて

 ノネッテ国の謁見の間。その隣にある控室にて、俺は帝国の一等執政官であるフンセロイアと二人っきりだ。

 この状況を作ったのは、チョレックス王か、それとも目の前のフンセロイアなのか。

 その真偽を確かめる間もなく、フンセロイアの方から会話を切り出してきた。


「いやぁ、助かりましたよ。ミリモス王子が、帝国の策謀を阻害してくださって」


 心底助かったと言いたげな言葉だけど、その口調は俺なら出来て当然だと考えていたと聞こえるものだった。


「言っておきますけど、私はフンセロイア殿の立場を守るために、今回の行動を起こしたわけじゃありませんよ」


 俺が王子口調で釘刺しを行うが、フンセロイアの微笑みを崩すことはできなかった。


「もちろん、そうでしょうとも。こちらも私自身が助かるから情報提供をしただけで、ミリモス王子の利益になるからという理由ではありませんからね」


 お互い様だと言いたいのか、それとも――


「――利用し合った仲なので、貸し借りは無しにしたいというわけですか?」


 今回の騒動でノネッテ国が負った被害というと、城の中でスピスクの一派が籠城した際にあった物損と兵士の怪我、無用の長物と化しつつあった砦の外壁が半分といったところ。

 逆に帝国側の被害はというと、サルカジモを使った調略の発覚、帝国兵の戦闘法を晒したことだろう。

 帝国とぶつかったわりに、人的被害は極小だし、経済的損失もさほどじゃない。

 そう考えると、損益ない手打ちでもいいかな。

 なんていう俺の思惑を見抜いていたのか、フンセロイアの笑みが少し深くなる。


「いえいえ。こちらとしましては、今まで以上に『ミリモス王子』と仲良くしておきたいですからね。帝国側からノネッテ国へ『持ち出し』を行ってもいいかなと」


 俺の名前を強調しながらも、ノネッテ国は強調しない言葉。

 そして『持ち出し』という部分も引っかかった。


「国相手ではなく、私個人へ帝国からの贈り物がある、と受け取っても?」

「話が早くて助かります。正直、チョレックス王とその側近と、手を組む気にはなれないのですよね」


 不敬に聞こえる言葉に、俺は待ったと手を向ける。


「父上や叔父上を侮るような発言は、止めていただきたいのですが」

「……どうやらミリモス王子は、ご自身の実力を過小評価しておられるか、さもなければチョレックス王を過大評価しているようですね」

「父親を悪しく言われて怒らない子が、この世には絶無とでも?」


 俺は真っ当な主張をしたつもりだったが、フンセロイアは苦笑いのような表情になる。


「これは異なことを。この世は乱世で、平穏なのは帝国と騎士国の内部のみ。数多ある小国は嵐の中に浮かぶ小舟の様に不安定な状況。その小舟を転覆させないようにするには、船長に巧みな手腕が必要なことが道理でしょう?」

「船長が長じていなくても、航海士や帆張り人が優秀ならば、嵐を乗り越えられると思いますけれど?」

「それほどの人材が、小舟に乗り合わせていればいいですね」


 少なくともフンセロイアの眼には、ノネッテ国の人材では嵐を乗り越えられないと見えているらしい。

 例外は、協調を求められている、俺ぐらいっていうことだろう。

 ここでフンセロイアの意見について討論を続けてもいいが、謁見まで時間がない。ここは一先ず受け入れて、話を先に進める方が得策だろうな。


「それでフンセロイア殿は、帝国が私に便宜を図るかわりに、何をしろと言いたいのでしょうか?」

「特になにも――ああいえ、一つだけありますね」


 変な言い方に俺が首を傾げると、フンセロイアは微笑みながら口を開く。


「『ノネッテ国に宣戦布告してくる小国たちを打ち倒していただきたい』のですよ」


 唐突かつ訳の分からない要望に、俺は半目を向けてしまう。


「フンセロイア殿。いまご自分が何を言ったかわかっていますか?」

「ええ。『帝国が主導』して『近隣にある小国たち』に『ノネッテ国を襲わせる』と言っています」


 いちいち強調しながらの言葉。

 その内容について、俺の誤解じゃないと分かったのはいいけど、良くはない。


「帝国がノネッテ国を併呑する企みが潰えたので、今度は小国を巻き込もうというわけですか?」

「まさかまさか。そうじゃありませんよ。むしろ、ノネッテ国が負けて貰っては困ります」


 小国にノネッテ国を襲わせるが、ノネッテ国は敗けてはいけないなんて、意味が分からない。

 それでもあり得る理由を考えるとすると。


「ノネッテ国の国土を大きくしようとしていますか?」

「お分かりになったようで安心しました。そう。ノネッテ国には大きくなってもらいたいのですよ。それも、帝国や騎士国に並ぶ、第三国の大国になるまで」


 フンセロイアの語ることは、前世の中国であったいう『天下三分の計』というものと同じだろうか。


「ノネッテ国が大国となることで、大陸の平安を得たいと?」

「ああー、そういう考えもありますね。でも、そうではありません」

「違うと。なら目的は?」


 フンセロイアは唇の横を、キュッと引き上げる笑みを浮かべる。それは企みを告げようとする悪魔のようだった。


「ノネッテ国が大国となれば、騎士国と敵対関係になる。私はそう見ているのですよ」


 言葉の意味を図りかね、俺は眉を顰める。


「私は騎士国の姫を娶っているんですよ。それなのに騎士国と敵対するだなんて、あり得ないと思うんですが?」

「そうですね。正確に言うなら、ノネッテ国が騎士国と敵対するのではなく、騎士国がノネッテ国に敵対するということですからね」

「それこそ意味がわかりませんよ。騎士国の国是は『正しい』ということ。理由なく敵対してくることはないと思うんですが?」

「はははっ。ミリモス王子は知らないのですね。騎士国の『正しい』という判断について」


 フンセロイアの言葉は次から次へと意味不明のことばかりだと、俺は頭が痛くなってきた。


「ノネッテ国が大国になると、騎士国の『正しさ』に反することになると?」

「いえいえ、反してはいませんよ。ただ『正しさ』を証明する戦いが始まるというだけです」

「証明? なにを証明すると?」

「大陸を統べるのは、この大陸で一番の強者である。そういう『正しさ』の証明を、ですよ」


 そんな馬鹿なと言いかけて、待てよと思い返す。

 戦乱を制覇した者が大陸を統一すること、それ自体は当たり前――正しいことだ。

 そして制覇者を生み出すためには、決戦をすることが必要になる――これも正しい。

 さらに言えば、大陸に大国が三つだけの状態になれば、その三つの国で大陸の覇権を争うことになることは道理――正しいことだろう。

 多少の暴論はあるだろうけど、一抹の正しさがあるということは、騎士国がその方法を取る理由になりえるということでもある。


「……ファミリスの性格や結婚の許しを得るときの状況を考えると、騎士国は『脳筋』な部分もあるようだしなぁ」


 俺は小さく呟きながら、強者に一目置く風土が騎士国にあると実感する。


「いいでしょう。そうなるかどうかは横に置くとして、帝国がノネッテ国を第三の大国に仕立てようと考えている、という部分は納得しました」 

「分かってくれたようで助かります」


 フンセロイアは微笑んだまま、さらに続ける。


「貴国を戦乱の渦に突き落とすことは、決まったこととは言え心苦しいばかり。なので、帝国はノネッテ国の技術発展を促すため、技術者をお送りする用意があるのです」

「技術者――魔法のですか?」

「もちろん、そうですとも。もっとも、一線級の技術者は渡せませんので、少し毛色が変わったものを送ることになりますがね」

「変わっているってことは、帝国では見向きもされない分野の研究者ってことですか?」

「まさしく。そしてそんな人材こそを、ミリモス王子は求めているのではありませんか?」


 フンセロイアの分析は正しい。

 帝国が重視している魔法技術を伸ばしたところで、ノネッテ国は帝国の後追いをする形にしかならない。

 帝国が重視していない技術を重用して発展させてこそ、ノネッテ国は帝国を追い抜くことができる。少なくとも、別分野で長じることは可能になる。


「ノネッテ国としては、どんな形であっても魔法技術が発展する。帝国としては、遊んでいる人材を渡すことで、人材と予算の整理を行うと同時に、こちらに恩を売れるというわけですね」

「恩の部分は無しですね。これは先行投資ですので」

「将来にノネッテ国と帝国が共闘して騎士国を倒すために、ですか?」

「まさしく」

「その未来がやってこないかもしれない可能性があるのにですか?」

「投資というのは、失敗することも視野に入れて行うものです。そうならなくとも、後付けの要望なんて行いませんよ」


 上手い話に聞こえるが、ここまで話を聞いてしまったからには、乗るしか選択肢はない。

 というか、ノネッテ国にとって戦争以外の部分は得る者しかない取引だし、引き受けることが上策に違いない。

 話が一段落ついたところで、俺は肩の力を抜きながら、雑談口調を飛ばす。


「それにしても、どうしてこんな場所でフンセロイア殿が待っていたか、話を聞いて理解しましたよ。騎士国と敵対するなんて未来を語る場に、パルベラやファミリスを同席させるわけにはいきませんもんね」

「ミリモス王子がロッチャ地域まで引き上げた頃にお会いしますと、その方々もどうしてもついてきますからね」


 この会談の場を作りたいと思い続けていたとも取れるフンセロイアの言葉に、俺は違和感を覚えた。


「……もしかして今回の騒動。俺と二人で語る場を作るために、敵対派閥に主導権を渡したなんてことは?」

「はっはっは。ミリモス王子は想像力が豊かでいらっしゃる」


 是とも非とも答えずに、フンセロイアは笑うだけ。

 もうちょっと突いてみるかと思ったとき、控室の扉が開いた。


「ミリモス王子。チョレックス王が謁見の間でお待ちです。いらしてください」

「フンセロイア殿は呼ばれていないのですか?」

「はい。帝国の一等執政官殿は、先ほど謁見を終わらせておりますので」


 俺より先にチョレックス王と話をつけているあたり、フンセロイアは抜け目ない。

 恐らくチョレックス王にも、帝国がノネッテ国を戦乱に突き落そうとしていることを告げているに違いない。

 あー、謁見することに気後れを覚えちゃうな~。

 どんよりした気分で控室を出ようとすると、フンセロイアが言葉を投げてきた。


「いってらっしゃい、ミリモス王子。私は要件が終わったので、帝国へ引き上げますので、またいずれお会いしましょう」


 その、自分が立てた策謀の通りに事が運んでいると言いたげな態度を見て、俺は決心する。

 いつかフンセロイアの策謀を上回り、ぎゃふんと言わせてやると。

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[一言] フンセロイアいいキャラだなー この人ジョーカー的なポジションなのかな?
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