百七十八話 一難去って
軍事演習を終えて、帝国軍は帰っていった。
一難去ったと安心したところで、俺は砦にいるノネッテ兵に、崩れた外壁部分の撤去を命じることにした。
「もうすぐ冬になるから、砦に続く道を通ってノネッテ国に入ってくる旅人はいなくなる。急がなくていい。ゆっくりとお願いするよ」
「「うはーい」」
やる気のない返事に苦笑いしていると、センティスが怠そうな口調で語りかけてきた。
「ミモ坊が常々言っていたように、帝国相手じゃ、この砦は紙も同然だった。なのに修復する必要があるのか?」
「帝国に対処するために直すんじゃないよ。この砦は関所の役目があるからね。通り抜け出来そうな穴は塞がないといけないだろ」
「そりゃあそうだが。無用の長物を直すってのは、やる気がでねえなぁ」
その気持ちは分かるし、外壁を壊させた原因は俺なので修復を強制し辛い。
「やる気を出せとは言わなないから、外見だけでも整えてよ」
「わかったよ。そんでミモ坊は、この後どうするんだ?」
「王城に帰還するよ。チョレックス王、それに閉じ籠っているっていうスピスク義姉上にも、現状を説明しないといけないし」
「帝国軍を追い返しましたって報告するって?」
ニヤニヤ笑いのセンティスに、違うと身振りで返す。
「そんなわけないでしょ。交渉で砦半壊で手打ちにしてもらったって、報告するに決まっているじゃないか」
「半壊ねぇ。ものは言いようってやつだな」
「事実、外壁が半分崩壊しているじゃないか」
「こちらの人的被害はゼロで、帝国側には数名の戦死者を出させたってのにか?」
センティスが言いたいことを直感した。
「帝国兵と言っても、相手は人間。倒す方法があるって、俺の口からチョレックス王に言えって言いたいわけ?」
「それが事実だろう」
「確かに、帝国兵の身動き自体は、訓練された兵士と同じではあるけど――勘違いしないように、注釈で『匹敵するには同程度の魔導具か、三倍以上の兵力が必要』って絶対に付け加えなきゃいけないと思う」
「なら、ミモ坊のように神聖術が使えれば多対一でも問題ないってのも、付け加えたらどうだ?」
「……センティスは、帝国と戦争がしたいわけ?」
「まさか。ただ、噂に聞くほど帝国が『絶対的な脅威』ではないんじゃねえかって、言いたいだけだ」
帝国軍の武力の支柱になっているのは、魔導具だ。
緻密な連携も脅威と言えば脅威だけど、それだけならば対処の使用があることは確かだった。
「とはいえ、魔導具を使えなくさせる方法なんて、ありはしないし」
前世であったゲームなら魔法を封じる魔法なんてものも存在していた。
けど、この世界の魔法と魔導具の仕組みを考えると、そう言った魔法はないんじゃないかと思える。
この世界の魔法現象は、術者の体内にある魔力を燃料にし、呪文と意思の力で超常現象を引き起こすもの。そのため魔法を封じるとしたら、術者の魔力を失くすか、呪文を止めさせるか、意識を失わせることになる。
魔導具も魔力を魔法紋様という回路に流すことで駆動する。その動作を止めようとするなら、術者に魔導具を手放させるか、魔導具にある魔法の紋様を破壊することになる。
どれも、こちらが魔法一つで実現できるような、簡単な封じ方じゃない。
「となると、ロッチャ地域独自の魔導具の開発が急がれるわけだけど」
ロッチャの研究部から持ってきた盾は、帝国兵が射た矢に貫かれてしまっている。いまのままでは、使い物にならない。
やっぱり、開発に時間が必要だな。
「帝国が本腰を入れて侵略してこないように、色々と動かないとなぁ。あーあー。外交関係は、フッテーロ兄上の管轄だったのに~」
「はっはっはー。その兄を領主にしちまったのは、何処のどなただったかなー?」
「ここにいる、俺だよ!」
怒鳴り返した後、センティスに砦のことを任せ、俺はノネッテの王城に報告しに向かうことにした。
そして、チョレックス王に謁見の申し込みをした直後に、ちょっと会いたくなかった人物と再会した。
「こんにちは、ミリモス王子。私の敵対派閥の企みを阻止してくれて、大変にありがとうございました」
口元に笑顔を浮かべるフンセロイアを見て、厄介事は続くと肩をすくめたくなったのだった。