百七十七話 事後処理
砦に侵入してきた帝国兵のうち生き残ったのは、俺が盾で殴りつけて気絶させた一人だけ。
とりあえず、その生き残りは縄で縛ってから治療するとして、帝国兵の遺体についてキャレリアラ中尉と話し合う必要がある。
この騒動の形としては、ノネッテ国は帝国の脱走兵を片付けたもの。
こちらは迷惑を掛けられた側なので、キャレリアラ中尉を呼びつけても非礼にはあたらない。
でも、ちょっとした思惑もあり、俺はノネッテ兵と共に帝国兵の遺体を乗せた台車を引いて、帝国軍の陣地へと向かうことにした。
夜に俺たちがやってくるとは想定していなかったのか、帝国軍の陣地に立っていた歩哨が面食らった顔で問いかけてくる。
「我らになにか用がおありで?」
本当に不思議そうな顔をしているので、どうやら彼は今回の騒動とは関係のない人物らしい。
事情を知らない人にどう説明したものかと悩むが、キャレリアラ中尉との取り決め通りに話すことにした。
「貴国の兵士が、勝手に砦の中に入り込んだのです。警告を発して帰るように告げても押し通ろうとしたので、やむにやまれず」
俺が演技で残念という気持ちを滲ませて語ると、歩哨は驚愕した顔で台車の中に視線を向けてきた。
恐らく死んだ仲間の姿が見えたのだろう、俺に向かって怒りの目をしている。
しかし、非は不法侵入した仲間の方あることと、今回の問題の扱いを間違えば国際問題になるという分別はあったようで、怒りを抑えている。
「……キャレリアラ中尉を読んでまいります」
歩哨が陣地の中に走っていくと、程なくしてキャレリアラ中尉と共に戻ってきた。
やってきたキャレリアラ中尉の表情は、達観というか納得というか、なるべくしてなった帰結を見たという感じのものだった。
「まずは、ノネッテ国の代表者たる、ミリモス王子に謝罪を。我が国の『脱走兵』が迷惑をおかけした」
キャレリアラ中尉の言葉を、事前に打ち合わせをしていたこともあって、俺は鷹揚に頷いて返す。
しかし歩哨の彼は、驚愕と共にキャレリアラ中尉に言い返していた。
「そんな! 彼らを脱走者として扱うのですか!」
非難というか、悲痛というか、せめてその措置だけはしないでくれと言いたげだった。
予想だけど、帝国の中で『脱走兵』というのは、今までの名誉すら剥奪されるような重罪という扱いなんだろうな。もしくは、その家族にまで類が及ぶような罪。そうじゃなきゃ、歩哨が上官たるキャレリアラ中尉に食って掛かるなんて真似はしないだろうしね。
こちらとしては死者の名誉に剥奪しても利益はないので、死亡した帝国兵を脱走兵扱いにしなくてもいい。
そう提案しようとして、その前にキャレリアラ中尉が首を横に振っていた。
「任務なく陣地から離れ、そして戻ってこなかったものは脱走兵として扱う。これは帝国軍の掟だ。曲げることはできん」
取り付く島のない返答に、歩哨はガックリと肩を落としている。
帝国軍の決まりに対して、外様のこちらが何かを言うのは干渉になりかねないので、俺は取り成しの言葉を飲み込むことにした。
その代わり、唯一の生き残った帝国兵を話題にすることにした。
「――その生き残りは、いま砦の中で治療中なのですが、そちらへ引き渡しても良いでしょうか?」
こちらの問いかけに、キャレリアラ中尉は渋面になっている。
「身代金はいかほどだろうか」
言っている意味が分からなかったが、どうやら帝国では、捕虜の返還を求める際にお金の支払いや捕虜交換があって然るべきものという認識らしい。
お金は貰えるに越したことはないけど、金額で変に揉めるのは拙い。
とはいえ、無償で引き渡すと言っても、キャレリアラ中尉は納得しなさそうでもある。
どうしようかと考えて、一つ思いついたことがある。
「では身代金の代わりに、今回のような事が再び起こらないよう、再発防止に取り組んでください」
曖昧に要求をボカしているのは、キャレリアラ中尉がどう受け止めるかを任せたから。
俺の言ったことを言葉面だけを受け止めるなら、帝国の兵をノネッテ国に入れないこと。
少し深読みするなら、サルカジモの妻であるスピスクの救出を諦めること。
さらに深読みするなら、帝国の政争にノネッテ国を巻き込むなということになる。
キャレリアラ中尉がどの段階まで認識して約束するかは未知数だけど、どれが実現してもノネッテ国にとって単純な金銭よりも価値があると見越せる。
そんな俺の思惑を見抜いているのかいないのか、キャレリアラ中尉はすんなりと頷きで了承の意を示してきた。
「約束しよう。では、脱走兵の遺体と生き残りの身柄の引き渡しをお願いする」
「わかりました。遺体はこの場で、生き残りの方もすぐにお持ちしましょう」
俺が身振りで指示し、ノネッテ兵は遺体が乗った台車を帝国兵へ渡し、生き残りを連れに砦へと引き返していく。
キャレリアラ中尉は受け取った台車を歩哨に任せ、陣地内へと引っ張らせていった。
そうして俺とキャレリアラ中尉の二人だけが、この場に残る形になった。
そこで俺から会話を切り出す。
「まだ帝国の陣地内に、脱走兵になった人たちの仲間がいるはずです。目を光らせておいてくださいよ」
夜遅いので、二度目の戦闘は御免被りたい。
俺がそんな胸の内を吐露すると、キャレリアラ中尉が苦笑いしていた。
「奴らの仲間が再びノネッテ国に侵入しようとする、その心配はないはずだ」
「どうしてそう思うのです?」
「脱走兵が死体となって戻ってきたからだ」
言っている意味が分からずにいると、さらに踏み込んだ説明がやってきた。
「帝国の兵の共通認識として、自分たちが負ける相手は騎士国しかないというものがあるのだ。それなのに、脱走兵といえど仲間が死体となって戻ってきたのだ。その衝撃はいかばかりかわかるであろう」
「ノネッテ国の軍備を下に見ていたからこそ、相手が致死性の刃を持っていると分かれば尻込みする、というわけですね」
「加えて兵法上の問題もある。六名があっさりとやられたのだ。あの砦を通過しようとするには、それ以上の人数が必要になることは分かりきっている。万全を期して突破するなら、二十名は最低限要るだろう」
「脱走兵のシンパは、陣地内にそれほどいないと見ているわけですね」
「それに、それだけの人数が密かに動こうとしても、隠しきれるものではない。こちらが気続けば止められる」
つまりは、二度目の戦闘はあり得ないということだ。
「安心しました。以後は、キャレリアラ中尉にお任せします」
「かたじけない。砦の半壊に加えて、脱走兵の処理まで。貴国に負債を押し付けてばかりの形になっている」
生真面目なキャレリアラ中尉の謝罪に、俺は愛想笑いで返す。
「気にしないでください。負債が大きくなればなるほど、こちらが売る恩が大きくなりますので」
恩の売却先がフンセロイアなので交渉は大変だろうけど、彼の政敵の作戦を潰したんだ、今まで以上の利益が見込めるしね。
話すことは終わったので、俺はキャレリアラ中尉と別れて砦に戻る。途中、気絶したままの帝国兵を連れたノネッテ兵とすれ違ったが、気にせずに砦の中に戻ることにした。
ふわ~。夜中にひと暴れして疲れたし、さっさと寝床に入って寝てしまおう。
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https://books.tugikuru.jp/q/201910/milymoth.html
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