閑話 スピスク・ノメラツペイク・ノネッテ救出部隊
半壊したノネッテ国の砦から少し離れた帝国の陣地の中にて、自分こと――いや、今後の作戦を考えたら、単なる帝国軍の一兵士だと今からでも考えていた方が良いか。
ともかく、自分は同士が集うのを、宛がわれているテントの中で待っていた。
程なくして、五人の兵士がテントの中に入ってくる。
「……これで全員か?」
数を問題視した自分の問いかけに、やってきた五人が声を潜めながら言い返してくる。
「隊長が網を張っている。他の仲間たちは、その網目を広げる役目に行ってもらった」
「それに、所詮は山国の小国。魔導具を使いこなす帝国軍の兵士五人もいれば、作戦は成ったも同然だ」
真っ当な言い分に、自分も頷いて答える。
「帝国に古くから面々と続く尊い血筋のノメラツペイク家、その御令嬢たるスピスク様を、こんな辺境の国から救い出すぞ」
「「おう」」
押し殺した掛け声を上げ、自分たちはテントを出る。
周囲は夜。夕闇に紛れて、自分たちは移動を開始する。
陣地内を使い慣れた得物を持って歩く自分たちの姿を見咎められないかとヒヤヒヤするが、他の兵士たちとすれ違うことがない。
それどころか、少し遠くで密かに酒盛りをしているような声が聞こえている。
「おいおい、隊長にバレたら、大目玉を食らうってのに」
「いいじゃねえかよ。もう任務は終わったも同然で、ノネッテ国の兵士たちに戦う気がない。となりゃ、あとは帰るだけだぜ」
「そうそう。ここで羽目を外したって、何を構う必要があるんだ。一緒に飲もうぜ」
「そ、そうだな。それに一緒に居るなら監視をしているのと……いや、なんでもない、なんでもない。あはははっ」
兵士たちの密かな酒宴の音。
どうやら、他の同士たちは自分たちの動きを隠すために、自らが囮になって他の兵士たちの注目を集めてくれているようだ。
有難い援護に頭が下がる思いだが、彼らの頑張りを無駄にしないため、足早に移動することにした。
そうして自分たちはそ陣地の外側へと出ると、夜闇に隠れるようにしながら、物音を立てないようにノネッテ国の砦に近づいていった。
本来なら、硬く扉が閉じられ、高い壁がある砦を、音を立てずに侵入することは不可能だっただろう。
しかし今は、先の軍事演習で外壁の半分が壊れている――いや、自分たちが救出作戦を決行するために、入りやすいようにあえて大きく崩したのだ。
この崩れた部分から砦の中に入ることで、そのままノネッテ国内に侵入することが可能となる。
「いいか。ここからは、崩れた壁の健在を足場にしなければならなくなるが、音を極力立てるな」
「音もそうだが、ノネッテ国の兵士の監視の目も気にしなきゃいけない」
「慎重に行こう」
監視を黙らせるための弓矢を構えた兵士を隊列の真ん中に配置し、自分たちは崩れた壁を上り始める。
先頭が散乱している石材に手を掛け足を掛け、少し力を入れてみて崩れないかを確認しながら、一歩ずつ先へと進んでいく。後続は、彼が辿った道をなぞって進む。
音を立てないように動きはゆっくりと、しかし可能な限りには早く移動する。
そうして崩れた壁の頂上まで、ノネッテ国の兵士に見咎められることもなく、進出することができた。
「監視の目は?」
「ここまではない。いや、壁上のどこにも居ないような……」
不可思議なことに、ノネッテ国の連中は砦の外壁に歩哨を立てていなかった。
「壁が半分崩れて防御力がなくなったから、守る気が失せているのか?」
「もしかしたら、無防備な姿を見せれば、帝国軍が攻めてくると思っているのではないか」
「そうして侵攻してきた帝国に非があると大義名分を得て、騎士国に救援を求めるわけか」
「仮にノネッテ国の本国が落とされようと、王子たちの領地がある。そこで踏ん張って時間稼ぎをすれば、騎士国が盤面をひっくり返してくれるって算段か」
憶測で喋る同志たちを、自分は手を上げて制する。
「なににせよ、監視がないなら、こちらの好都合。この隙に、スピスク様を救出しにノネッテ国内に入る」
崩れた壁の頂上で、自分は砦の内容を確認する。
「ノネッテの兵士が寝泊まりする宿舎はあれど、周囲を警戒する姿や、建物の向こうに壁はない。ノネッテ国内まで一気に走り抜けられる」
「では、ここからは物音を気にせず、全力疾走ということで?」
「走る足を止めず、出くわした兵士は殺して進む。一気に王城まで行くぞ」
自分たちは頷き合い、そして崩れた壁を滑り降り始めた。
自分たちは視線を通り抜けるべき方へと向け、足が接地した瞬間、武器を手に構えながら全力で走り出す。
自分たちが滑り落ちた際に散乱していた石材が崩れ出したのだろう、ガラガラと音が段々と大きく鳴り始めている。
すわ、兵士たちが起き出してくるぞと警戒するが、予想に反して自分たちの前に顔を出す兵士たちは現れなかった。
不可解に次ぐ不可解だが、構ってはいられない。
自分たちにとって、ノネッテ国内に入ること、そしてスピスク様を救出することが第一。それ以外は些末事だ。
自分たちはノネッテの砦の中を走りに走り、やがて最後の建屋を通り過ぎた。
その瞬間、自分に襲い掛かってくる人影――建屋の裏に隠れていた!?
「くおっ!?」
慌てて左手にある盾で防ぐ。もちろん魔導を発動させて。
通常なら、盾の前に発現する障壁の魔法によって、こちらの手に打たれた衝撃は伝わってこない。
しかし今回は違った。
襲撃者の剣が盾を叩く音が聞こえ、同時に自分の手には盾を痛打された痺れが走る。
それだけではない。盾が大きく傷つけられたことで、盾に施されていた模様が失われてしまい、障壁の魔法が掻き消えてもいる。
「曲者め!」
自分は右手にある剣を振るって反撃すると、襲撃者は軽々とした身のこなしで後方へと飛び退いた。
そして襲撃者は、こちらに向かっていってくる。
「曲者って、つい口に出たんだろうけどさ。それって、砦に入ってきたそっちの方じゃないかな?」
どこかで聞いた口調と声。
自分が目を細めて暗がりを睨むことで、襲撃者の姿を少しでも鮮明にしようとする。
この行動の甲斐はあり、暗がりの中にいる人物の顔が薄ぼんやりとではあるが判別することができるようになった。
「……やはり、ミリモス王子か」
十代半ばのノネッテ国の末弟王子は、右手に身幅が厚い剣を、左手に大きな菱形盾を手にして、一人で立っていた。
「一人で我らを相手に勝てると?」
「いまの一撃の手応えからすると、できなくはないかな。でも『脱走兵』が相手だから、冒険する気はないね」
ミリモス王子が剣を掲げると、自分たちの背後に物音。
すかさず同士が自分の背後を守るように展開してくれた。
「ノネッテ兵に後ろを囲まれています」
「前も、ミリモス王子の背後にある岩の陰から、兵士たちが現れている」
どうやら、すっかりと包囲されてしまったらしい。
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