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百七十五話 演習が終わって

 見事に砦の外壁が半壊したところで、帝国の軍事演習が終わった。

 その後で、俺は数人のノネッテ兵士を伴って砦の外に出た。

 向かったのは、もちろん帝国の陣営。指揮官であるキャレリアラ中尉と面会するためだ。


「いやあ、やっぱり帝国の武力は凄いですね」


 俺が笑顔で語りかけると、キャレリアラ中尉は当てが外れたような顔をしていた。


「ミリモス王子は騎士国の騎士と訓練をしていると聞く。だからか、『あの程度』では驚きが少なかったようですな」


 帝国の武力の高さは、さっきの軍事演習以上あると言外に語ってきたのは、こちらへの牽制だろうか。

 俺が発言の意図を図りかねている間に、キャレリアラ中尉の視線が俺の周囲に居るノネッテ兵に向く。そこで満足そうな顔に変わった。


「しかし、帝国が帝国たるゆえんを、兵士の方々は理解されたようだ」


 言われて、俺は連れてきたノネッテ兵の表情を見る。すると誰も彼もが、顔色が優れていない様子。

 恐らく、先ほどの軍事演習を見たことで、帝国兵たちに恐れを抱いているんだろう。

 ノネッテ兵が帝国を恐れるように仕向けたのは、俺の思惑の通りだけど、ちょっと怖がり過ぎだと思う。

 ここはちょっと、ノネッテ兵たちの考えを修正する必要があるな。

 俺は自分の唇を舌で湿らせると、キャレリアラ中尉へ語りかける。


「ええ、うちの兵士たちも理解したでしょう。帝国の『魔導具はとても素晴らしい』とね」


 俺が、帝国の武力を支えるものは魔導具だと語ると、ノネッテ兵はハッと気づいた様子になる。

 そう。帝国の武力で警戒するべきは、魔導具だ。

 帝国兵の素の力量で比較するなら、ノネッテ兵たちでも負けてはいない。

 言い換えると、ノネッテ兵が帝国の武器を手にしたら、互角以上の戦いができるということだ。

 そんな俺の思惑を、キャレリアラ中尉は見抜いて釘を刺しにくる。


「魔導具は、確かに帝国の戦力の柱でしょう。ですが、兵士は過酷な訓練を課されてもいる。それを見抜けない、ミリモス王子ではないのでは?」

「進軍の際の立派な隊列を見れば、ちゃんと理解できていますよ。でも、隊列が見事な敵軍を倒す方法は、兵法にたくさんありますからね」


 俺が遠回しに『魔導具の差を埋めれば作戦次第で勝てる』と語ると、キャレリアラ中尉も言い返してくる。


「戦争の勝敗は数で決まるもの。帝国が有する兵力の前には、多少の兵法など恐れるに足りぬのでは?」


 俺とキャレリアラ中尉は、演じて好戦的な表情で語っていたが、途中でお互いに素の笑顔に切り替えた。


「ともあれ、帝国とノネッテ国の共同軍事演習は終わりました。キャレリアラ中尉の面目も、これで失われずに済みましたよね」

「ミリモス王子の機転に感謝を。こちらにも成果はありましたからな」

「ノネッテ国の砦の強度を図ることと、ノネッテ兵に帝国の恐怖を植え付けることですか?」

「ははっ、お見通しですな。まあ一部の帝国兵には、また別の成果を欲している者がいますが」


 キャレリアラ中尉の言葉を受けて、俺は改めて彼の周囲に居る護衛に目を向ける。

 それで気付いたが、サルカジモの妻のスピスクを救助したいと息巻いていた人たちではなくなっていた。


「彼らが、なにか企んでいると?」


 どうしてキャレリアラ中尉がそんな注意をしてくるのかと疑問に思っていると、当の本人が説明してくれた。


「彼らが今後貴国に何かをしても、帝国は関与していないと表明しておきたい」

「彼らがこちらに危害を加えてきたら、脱走兵や盗賊として扱って、こちらが処断してもいいわけですね」

「そうだ。そも、そちらに嫁がせた貴族令嬢を連れ出すなど、やってはいけないことなのだからな」

「そうなんですか?」


 嫁いだとはいえ自国の民が窮状に居ると知れば、普通は助けに向かうものじゃないだろうか。

 そんな俺の考えは間違いだったようで、キャレリアラ中尉の説明が続いた。


「こちらが貴族令嬢を嫁がせる代わりに、貴国からは王女を二人帝国に留学させてもらっている。いわば、人質交換をした形だ」

「なるほど。片方が勝手に人質を奪い返せば、その関係性が崩れてしまう。帝国としては、それは好ましくないと」

「人質を奪い返すためになら武力で他国に侵入しても良いと、帝国が表明するわけにはいかぬ。特に貴国――いや、ミリモス王子を相手ではな」

「なぜ僕を名指しに――って、騎士国との絡みからですね」


 仮に人質奪還ができる大義名分を得て、俺が騎士国に人質である姉のガンテとカリノを帝国から救出したいと援助を求めて叶ったとする。

 そうなった場合、騎士国の騎士ないしは兵士はガンテとカリノを救出するために帝国内に攻め入り、救出行動として帝国の街々を蹂躙することができるようになってしまう。

 『正しさ』を標榜している騎士国なら、それほど無残な真似はしないと思うけど、それでも帝国民に騎士国への厭戦気分を抱かせるには十分な出来事になるだろう。

 なので帝国としては、要らぬ騒動を抱えるような真似はしたくないんだろう。


 そう考えると、フンセロイアの敵対派閥が作ったノネッテ国に対する今回の企みは、騎士国が出張ってくる境界をギリギリまで攻めた形だな。

 ノネッテ国内で帝国軍とノネッテ兵の諍いを起こして戦争状態に入らせることで、仮にノネッテ国を落とせなかったとしても、人質のスピスクを『戦利品』として帝国に連れも戻すことは可能だったわけだしね。


「話は分かりました。そちらの『脱走兵』に気を付けるとします」

「こちらも出さぬよう網は張るが、すり抜けられる可能性が高い。脱走兵は出るものと考えて欲しい」


 キャレリアラ中尉の言葉に、俺は引っかかった。どうしてか、件の脱走兵が出ても構わないと思っているように聞こえたのだ。

 でも冷静にキャレリアラ中尉の立場で考えると、それは当たり前だった。

 彼は俺に『帝国から脱走兵が出る』ことを忠告し『帝国と脱走兵の行動は無関係』であると告げて、予防線を張っている。

 つまり、脱走兵たちがスピスクを奪還できようと出来まいと、帝国やキャレリアラ中尉に責任問題は発生しないことになっている。

 仮にスピスクを持って行かれて、そのことをノネッテ国が抗議したとしても、帝国は『注意してと忠告しましたよね?』といけしゃあしゃあと責任逃れするに違いない。

 そして仕返しとしてノネッテ国が騎士国と共同してガンテとカリノという人質を奪還しようとすると、こちらが帝国側に『ここに攻めますよ』と忠告を出さなければいけないことになる。そうしないと、同じ方法とはみなされないのだから。そして、そんな攻める場所を告知した襲撃なんて、帝国の防備にはじき返されることは目に見えている。上手くいきっこない。


 まったく、上手いこと話を進められてしまったなと、俺は交渉の仕方を自分が失敗したと実感した。

 まあ、まだ実害は出ていないので、十分に挽回は可能だけどね。


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