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百七十二話 帝国の軍隊がきた

 俺が砦に到着してから五日後、帝国の軍勢がやってきた。

 軍勢――と大げさに表現してみたものの、相手側の人数はぱっと見で百人ほど。普通の国なら小勢と評される数だ。

 とはいえ、砦にいるノネッテ国の正規兵は五十人しかなく、相手は一部隊で小国を落とせるという帝国の兵たちなので、彼我の戦力差を考えたら相手側を軍勢と評しても間違いではないはずだ。


 帝国軍は砦に到着すると、その扉が堅く閉じられていることに気付いたらしく、少し距離を空けて立ち止まる。

 そして、代表者らしい立派な鎧と兜に飾りがついた四十歳ぐらいの男性が、年若い護衛数名を伴って進み出てきた。


「こちらは、帝国軍メンダシウム地域統治部隊が第三隊、隊長のキャレリアラ中尉! 貴国の要望に従い、共同軍事演習のためにまかり越した! 砦の扉を開けられよ!」


 良く通る大声での呼びかけを受けて、俺は用意していた二人――ガットとカネィを矢面に立たせることにした。


「ちょ、マジで俺らがやるのか!?」

「ここは、ミリモスの出番じゃないか!?」


 この場に至ってグズグズ言う二人に、俺は何度目になるか分からない説明を行う。


「二人は元帥の側近でしょ。この砦の責任者として適格なんだよ。逆に俺は、別地域の領主。砦の責任者としては不適格なんだよ」

「理屈じゃそうかもしれねえけど」

「実質、お前が責任者じゃねえかよ」

「いいから。予定したところまで進めてくれれば、あとは俺が引き継ぐから」


 俺はガットとカネィの背中を押して、外壁の上へと上らせた。

 眼下に帝国軍の姿が見えて、ガットとカネィはようやく腹を決めたようで、多少声を震わせながら口上を述べていく。


「帝国軍のお歴々、ご足労をおかけした。こちらはこの砦の責任者であるガット、そしてカネィというものだ」

「我らはサルカジモ元帥様の側近。そう覚えての対応をお願いしたい」


 俺とセンティスが書いた台本通りの口上を受け、帝国軍のキャレリアラ中尉も言葉を返す。


「我らは、貴国の元帥の要望書に従い、こうして参上仕った。なにゆえに、砦の扉を閉めたままであるのか! 即刻、我らを通すよう要望する!」


 ここでガットとカネィは、至極残念という態度を取る。間近で見ている俺には演技だと丸わかりだけど、帝国軍は遠目だから分からないだろう。


「現在、元帥様は王家反逆の疑いで、職務停止中にある」

「それゆえに、命令書の類も一時的に効力を失っている状況だ」


 二人の説明に、キャレリアラ中尉が激昂する。


「我ら誉ある帝国軍に無駄足を踏ませた挙句、即刻帰れと仰られる気か!」


 ガットとカネィはメモ用紙ほどの小さな紙に書いた、台本の概容に目を落としながら、対応する言葉を紡いでいく。


「帝国軍のお怒りはごもっとも。こちらとて、帝国の怒りを無為に買うような真似はしたくはない」

「そこで貴君。サルカジモ元帥様が帝国へと送ったという要望書は、この場にお持ちか?」

「もちろん携えてあるとも! この通り!」


 キャレリアラ中尉が懐から出したのは、丸まった獣皮紙。巻き紐には割れた封蝋が残っている。

 ガットとカネィはそれを見て、台本の台詞を先に進めていく。


「であるならば、その命令書が正規のものかを確認し、真であるならば貴軍を取りでの内に入れるとしよう」

「ただし、偽りの物であると判明した場合、決してこの中に入れるわけにはいかない」

「なんと! 我らが謀っているとでも言いたいのか!」


 ざわりと帝国軍がどよめき、敵意が満ちていく。

 ガットとカネィは顔色を青くして、こちらに顔を向けてくる。


「大丈夫だから。ほら、先に進んで」


 俺が安請け合いすると、二人は少し顔色を戻しながら、少し震えた声で台本通りの台詞を吐いていく。


「は、はは。その要望書が正しいものであるのならば、なにを怒ることがあろうか」

「そ、そうとも。怒るということは、やましいことがあるということ。さては、その手にある紙は偽物で――」

「そこまで言うのであれば、確かめてみるがよかろう! さあ、さあ!」


 キャレリアラ中尉の怒声に、ガットとカネィは泣きそうな顔をこちらに向ける。

 俺は肩をすくめながら、前へと歩き出す。そして外壁の上へとでると、欄干からジャンプで身を投げた。重力落下でバタバタと衣服の音が鳴る中、俺は神聖術を発動させ、やがて着地。どしんっと重々しい音を立てた後で、何事もなかったかのように、キャレリアラ中尉に近寄っていく。


「要望書。拝見してもよろしいでしょうか」


 俺の王子口調での問いかけに、キャレリアラ中尉の目がすぼまった。


「その年若さと、騎士国の兵がごときの身動き。さては貴公が、ノネッテ国が末の王子、ミリモス王子であるな?」

「ご慧眼、感服いたします。そうです、僕がミリモス・ノネッテです」


 王子口調のままで返すと、キャレリアラ中尉の態度がより警戒するものへと変わっていた。


「貴公は、ロッチャ地域の領主であろう。なにゆえに、この場所に居られる?」

「帝国の企みによる我が国の危機を感じ取ったまでのこと。驚かれるほどのことではないのでは?」


 俺が自身の手を突き出し、要望書の提出を求める。

 ここで要望書が偽物とバレたら拙いので、キャレリアラ中尉は拒否するかと思ったのだけど、あっさりと手渡してきた。


「貴公は騎士国の姫を嫁に取ったお方だ。このような場面で、偽りを述べはすまい」


 そう信用されても、別に俺は品行方正な人物じゃないから、困るんだけどなぁ。

 それに、キャレリアラ中尉の態度を見て、半ば確信したことがある。

 どうやらキャレリアラ中尉自身は、この要望書が帝国上層部の権力争いの下で作成された偽物だと知らないらしい。 

 何も知らされていない中間管理職へ悲哀を感じつつ、俺は要望書を検めることにした。


 獣皮紙に残っている封蝋は、ノネッテ国の元帥のもの。

 開いて中を見れば、書かれている文字と文章のクセはサルカジモのものに大変に似ているし、末尾に記されているサインにあるクセ字はサルカジモの特徴を表している。

 書き直した跡はなく、改ざんされた形跡もない。


 なるほど、これほど完璧な模倣をされると、並みの人物じゃ見抜くことは困難だろう。

 それこそ、ノネッテ国の元帥という職を体験で知っている人物じゃないと、騙される可能性が高い。

 だが元帥として働いていた俺には、この要望書が偽物であることが丸わかりだった。


「申し訳ありませんが、この書状は偽物ですね」

「なんと、異なことを!」


 驚くキャレリアラ中尉を手で制しながら、俺は書状についてサルカジモが書いたものではない証拠を一点ずつ指摘していく。


「この封蝋の印は、間違いなく我が国の元帥が使うものです。それは間違いありません」

「そうであろう、であるなら――」

「ですが、この文章のクセがいただけない」

「サルカジモ王子のものではないと、仰られたいか」

「いいえ。この文章のクセはサルカジモ兄上のものですよ。間違いなく」

「ならば、なぜ!」

「文章にクセがあること自体が問題なのですよ」


 軍の身内で回したり国内だけに流すものならいざ知らず、他国――それも帝国に向けて発する書状は、折り目正しい文章で書かなければいけないもの。当然に校正があって然るべき。その校正の段階で、執筆者の文章のクセは消されなければならない。

 それにも関わらず、この書状では丸残りである。


「つまりは、正式に発行された書状ではないことを意味しているのです」

「ではなにか。これが我が帝国が作成した偽物だと、そう仰られる気か!」

「可能性の一つとしては。もう一つの可能性として、サルカジモ兄上が秘密裏に帝国に書状を送ったことも考えられます。ですがその場合、王家に内緒で行ったこととなるため、どちらにせよ書状の効力は怪しくなりますね」


 俺の笑顔での答弁を受け、キャレリアラ中尉は顔に怒りを滲ませる。


「我らは貴国と軍事演習を行うようにと命令を受け、この場にいるのだ。その命を果たせぬまま、おめおめと帰れるものか!」

「なんと言われようと、砦から先に入らせるわけにはいきませ――ん?」


 どう説得しようかと頭を回そうとして、キャレリアラ中尉の近くにいる護衛が不審な動きをしていることに気付いた。同時に、魔法の呪文が聞こえた。


「火花は火種に。火種は炎へ。温かき火よ、現れろ。パル・ニス」


 俺は咄嗟に神聖術を纏った警戒態勢を取ったが、呪文の全容を聞いて安堵する。物に火をつけるための、弱い魔法だと察知したからだ。

 そして呪文を唱えた帝国軍の護衛の手から、火のついた捩られた紙が落とされる。その紙はあっという間に真っ黒こげになり、ボロボロに崩れてしまった。

 その彼の行動を見て、キャレリアラ中尉は激怒する。


「いま、なにをしたか!」


 キャレリアラ中尉が怒声を放ちながら胸倉を掴み上げると、不審な行動を取った護衛が息苦しそうに弁明を始める。


「ノネッテ国の、内側に、入れない場合、燃やせと、命令されていたのです」

「入れていた場合はどうすると言われた!」

「中尉殿に、お渡しする、ようにと。次の、命令、だと」

「誰に渡されたか!」

「それは、言えま、せん……」


 尋問されている護衛の顔色が土気色になり、泡を吹きそうになっている。

 これはいけないと、俺は間に入ってキャレリアラ中尉の手を放させた。


「兵士は命令に逆らえないもの。キャレリアラ中尉が咎めるべきは、彼ではなく命令を出したものであるべきです」

「……その通り。兵は手足。責任を負うべきは、上官であるべきですな」


 キャレリアラ中尉はじっと目を瞑り、そして見開く。


「後方へ確認を取らせていただく。現状を伝え、命令の撤廃があるやなしかを問わねばなりませんのでな」

「どうぞご随意に。でも、戦争になるのは避けて欲しいところです」

「こちらとて、大義名分のない侵攻をする気はありはしませんとも。騎士国の目がどこぞにあるでしょうからな」


 キャレリアラ中尉は帝国式の敬礼をしてから、護衛と共に軍へと引き返す。

 俺も砦の前に立ち続けるのもなんなんで、砦の中に引き返すことにした。神聖術で強化した身体能力で、砦の壁を駆け上って帰還するとしよう。


なぜ中尉が企みを知らなかった理由は、彼がどの地域にいる部隊の隊長で、その地域が国だった頃に誰が立てた作戦で落とされたかを考えてみてください。


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