百六十七話 秋中の客人
秋と言えば運動の秋!
というわけじゃないだろうけど、ファミリスとの訓練は以前より厳しさを増していた。
「魔法の剣から鋼鉄の剣に変えたのですから、より一層、神聖術の腕前を上げる必要があるでしょう」
「とか言って、数回に一回、本気の攻撃をしてくるのは止めてくれ!」
ファミリスが横に振ってきた剣を、俺は自分の剣で受け止める。
全力で神聖術を使用しているのだけど、バットで打たれた野球ボールのように、俺の体が横に吹っ飛ばされる。
「それはミリモス王子が所有する研究部が作った剣です。なら、折ってしまっても代わりは作れるのでしょう」
「剣を折る前提の訓練は、どうかと思うんだけど!」
俺は立ち上がりながら、受け身のままじゃ翻弄されるだけと判断し、自分から攻撃を仕掛けに行く。
「とやああああ!」
神聖術で強化した筋力を使い、連続攻撃。
攻撃は最大の防御。これだけの手数で攻め続ければ、ファミリスだって防御で手一杯のはずだ。
そんな俺の目論見は、ファミリスが籠手で俺の剣を弾き飛ばしたことで、外れることになった。
「一撃一撃が軽い連続攻撃など、脅威には感じませんよ」
「ぐぼっ――」
腹を蹴られて、今度はサッカーボールのように、俺は吹っ飛ばされた。
「げほっ、げほっ。息が、詰まって」
いい位置に蹴りが入ってしまったのか、咳が止まらない。
俺は苦しみ中止を身振りで要請するが、ファミリスの訓練は止まらない。
「ミリモス王子は危機の中でこそ成長する性質のようですからね。ここは心を鬼にしてでも、苦境に叩き起こす場面と判断します」
「げほっ、嘘、つけ。げほげほ。そんなに、嬉しそうな顔、して」
接近してくるファミリスを警戒しながら、俺は意思の力で少しでも咳を治めようとする。
そんな涙ぐましい努力を粉砕するように、ファミリスから剣戟がやってくる。
俺は吹っ飛ばされることを許容し、むしろ自分から吹っ飛ぶようにジャンプしながら、その剣劇を受けた。
「呼吸が整うまでは、逃げの一手ですか。良い判断ですが、それはこちらの猛攻を耐え凌げる実力があればこそ成立するものですよ」
ファミリスが苦言を呈しながら、こちらに攻撃をしてくる。
それも、先ほどの俺の行動をやり返すかのような、連続攻撃だった。
「くのっ」
次々とやってくる攻撃を受けるたびに、俺の剣を持つ腕は上下左右に大きく振り回されることになるが、どうにか鋼鉄の剣での防御ができている。
しかし、こうして受け止められていることからわかるように、ファミリスは全力では攻撃していない。
さきほど『軽い連続攻撃は驚異ではない』と語ったことに反する行動だけど、その意味を俺は正しく把握していた。
「俺が、ごほっ、出せる力で、攻撃しているってことだね」
「ご明察。ミリモス王子の実力でも、これぐらいの芸当は出来るはずですよ」
つまりファミリスは、正しい連続攻撃の仕方を、身をもって俺に体験させてくれているのだ。
そう理解してファミリスの攻撃を分析すれば、俺がどういう風に連続攻撃すればいいのか、ちゃんと理解できる。
でも、一歩間違えれば命の危険がある教え方は、正直どうかと思う。
俺がファミリスとの訓練を続けている練兵場に、伝令が走り入ってきた。
「ミリモス王子! 大変なお客様がやってこられています!」
俺はファミリスの剣を受け止めながら、伝令に短く問いかける。
「予定はないよ! 誰!?」
「帝国から、エゼクティボ・フンセロイア殿が」
意外な人物の名前に、俺だけでなくファミリスの動きも止まった。
「フンセロイア殿が……本当に何しに来たんだろう?」
「またぞろ、帝国の悪だくみでは?」
ファミリスの嫌悪を隠さない言葉に、俺は苦笑いしながら伝令に命令する。
「こんな汗みどろの格好で、帝国の一等執政官に面会するわけにはいかない。執務室で待っていてもらって」
「はっ! 茶と菓子の用意もやるよう命じておきます!」
「よろしくね」
俺の言葉を受けて、伝令が去っていく。
「というわけだから、今日の訓練はここまでね」
「異存はありません。あの男との会談、私とパルベラ姫様が同席しても?」
「いままで何度も同席しているんだから、向こうも今更って思っているんじゃないかな」
「では、同席させていただきます」
一礼して立ち去るファミリスの姿は、汗一つないもの。
一方で俺は、汗だらけの土汚れだらけ。
いつかはファミリスの顔に土をつけてやるぞと心に決めて、身綺麗にするために自室へと引き上げることにしたのだった。