百六十六話 秋になり
大陸の情勢が色々と変化がある様子の中、ロッチャ地域は平穏のまま。
一万人の兵士を各地に分散配置して治安維持をしていることで、豪族たちは大人しくなり、民たちは平穏に過ごせている。
砂漠からの白砂と森林地帯の堆肥を併用した肥料によって、畑の麦は豊かに実っている。
鉄鉱石の取引は据え置きだけど、鉄器やガラス細工の帝国での売れ行きは好調なので、帝国にしている借金の元本をガッツリ減らせる目算が立っている。
そして魔法の研究部にも、とある成果が現れていた。
「まだ、その鉄の骨格の開発してたんだ」
練兵場にいる俺の目の前には、以前に研究部で見た、鉄のフレームのみで出来た外骨格が置かれていた。
ぱっと見は前と変わらず、人間の体型より一回り大きい、最初期のパワードスーツのよう。
何が違うのかと詳しく観察すると、関節部の構造が複雑化していて、両腕に当たる部分に多少の装甲が備わっていた。
「前より動きやすくなったってことかな?」
「流石はミリモス王子。お目が高い」
この外骨格の開発主任を自称する鍛冶師が、説明を始めた。
「この『拡張式魔導鎧』は、人が乗り込んで使用しますが、駆動は人力です」
「魔法で運動させると、魔力消費が馬鹿にならないんだったよね」
「そうなのです。だからこそ、少しの人力で楽々に動かせるような工夫を施す必要があったのです」
「それが、あの関節部ってことだね」
「摩擦を極力排した設計にし、滑らかに操作することを可能にしています。そして、脚の関節部にはバネを使用し、移動の補助力としています」
説明を受けながら外骨格を見てみれば、なるほどと頷ける。
「でも、脚にバネを仕掛けたってことだけどさ。脚を曲げるときに、操縦者に負荷がかからない?」
「曲げる負担を許容することで、脚を伸ばす際の力強さを得ると考えて欲しいところです」
そのトレードオフが機能するかは、実際に試してくれればわかるか。
「じゃあ、軌道実験開始だね」
「はい――おい、準備をしろ!」
主任が声をかけると、鍛冶師の中で一番骨格が逞しい人物が、外骨格の内側に乗り込んだ。周りの人も手伝って、操縦者の足と腕をベルトで留めて、体と外骨格を連結していく。
準備が整ったようで、操縦者が片手を上げる。外骨格も連動して、同じ手が上がった。
「言うだけあって、関節の動きは滑らかだね」
俺が感心していると、操縦者が歩き始めた。
少し重そうに片足を上げ、そしてズシリと前へ下ろす。一歩踏み出すことで得た初速を生かし、二歩目がすぐに行われ、また重い足音がした。
腕を上げたときとは比べ物にならないほどに、歩き方は不格好だった。
「でも、脚に仕込んだバネの力が歩く支えになっているね。一歩目よりも二歩目が、二歩目よりも三歩目の移動が早くなっている」
「脚を上げる際の負担より、歩く補助の有用さの方が勝っていると分かるでしょう」
主任の誇らしげな声。
しかし俺は首を傾げた。
「でもさ、ああして鉄の骨組みを作る必要が、どうしてあるんだ?」
関節部の仕組みや脚部のバネ補助には感心したけど、それを既存の鎧に応用するだけで、ロッチャ軍の特徴である重装甲歩兵の戦闘力と機動力は向上するはず。
魔導鎧の試作品だからといって、フレームを残す必要はないんじゃないだろうか。
そんな俺の疑問に、主任は『分かっていないな』といった表情を浮かべた。
「ミリモス王子。魔導の武器には、然るべき模様が必須であることは御存じですよね」
「魔導剣に木製の鳥と、魔導具は色々と使ってきたから、その点は知っているよ。それがどうしたの?」
「では、全身鎧の作り方は知っておられますか?」
「詳しくは知らないけど、大まかには」
鉄の板を用意し、ハンマーで叩いて成型し、成型した板を組み合わせて人の形にあった鎧にしていく。
そう概容を思い出して、フレームが要る理由に納得した。
「魔法の模様をつけた板を用意しても、叩いて成型することで潰れちゃうわけか」
「いえいえ、そこは曲げ方を考慮して模様をつければいいだけです。しかし、鎧は人に合わせてつくるものなので、人の体型を図り、鉄の曲げ方を考え、それに見合った模様が出るように鉄を作り、実際に作業する、という風に作業工程が複雑になってしまうのです」
技術的には難しくないけど、実作業として考えたら膨大な手間暇がかかるってことか。
「それなら、ある程度の範囲の体格に合うような、余裕ある作りにすればいいんじゃない?」
「体に合わない鎧は、装着者に負担となるのですよ。その負担分を考えると、骨組みに乗り込む形でも大差がないのですよ」
そういうものなのかなと、俺は全身鎧なんてきたことのないので、心から理解することは難しい。
「とりあえず、魔導の鎧の生産性を考えたら、鉄の骨格含みの方がやりやすいってことでいい?」
「骨格に魔力の通り道となる模様をつけてあるのですが――ひとまず、その認識で良いでしょう」
視線を外骨格に戻すと、十歩目以降からは、普通に歩くのと大差がない速さで移動で来ていた。
ここからは、走る段階に移行するようだ。
「意外といったら失礼だけど、良い感じで走れているね」
「自分の体を動かすのとは勝手が違うので、多少のコツが必要ですが」
「見た感触は良さそうだね。あとは、あの骨格に装甲を着ければ、ひとまず完成かな?」
「重量の軽減と、乗り込みやすさを考えまして、装甲は全面のみを予定しています」
「それじゃあ後ろから攻撃されたら――って、部隊で運用するんだから、背後の守りは通常の重装歩兵に担わせればいいか」
外骨格部隊が正面衝突で敵を蹴散らし、歩兵が後詰めをする。
乱戦時は外骨格部隊が大きく広く敵を相手取り、歩兵は回り込もうとしてくる敵のみを狙う。
そう役割分担を行えば、なかなかに協力な武器となりえるんじゃないかって気になってくる。
「それで、あの魔導鎧には、どんな魔法を組み込む予定にしているんだい?」
「現時点で、一つ組み込んでありますよ――おい、点けろ」
「はい!」
操縦者は返事の後で立ち止まると、腕にある持ち手を握り込みながら、両腕を前へと突き出す。
すると、半透明の板のようなものが、外骨格の前に瞬時に現れた。
「あれは、障壁の魔法だね」
「外骨格に盾を装備させるのは、人力駆動の関係で重量的に難しいので、その代わりです」
「障壁の魔法は防御に適しているし、魔法自体に重さはないもんね。良い選択だと思うよ。魔力を注ぐ場所はあの持ち手で、障壁の模様があるのは、腕にある装甲ってことでいいのかな?」
「取っ手に押し込みボタンがありまして、ボタンを指で押し込むと、魔力の収得部位が掌に当たるようになっているのですよ」
主任がが先ほど、フレームにある魔力の通り道になる模様がある言っていたことを思い出す。
「ということは、張り付ける装甲に、別の魔法の模様をつければ、違う魔法が展開できるってことだよね?」
「理論的には、障壁を展開しながら、火の魔法を放ちつつ、倍速の魔法で素早く敵に突進する、ということも可能ですね」
「ははっ。そんなに魔法を使ったら、一気に魔力が枯渇しそうだけどね」
「でもそんな戦いができたらって、浪漫があるでしょう?」
「そりゃあね。出来たらすごいよね」
もしそう出来たら、普通の軍隊相手なら敵なしだろう。
もしかしたら、帝国と互角に戦えるようになるかもしれない。
騎士国相手だと、機動力に翻弄される可能性が高いので、ちょっと難しいかもしれないけどね。
「開発を続行しておいて。そして、できれば早いうちにちゃんとした形にして、数を揃えておきたい」
「戦争をする予定でも?」
「いまのところないけど、大陸の情勢が不安定だって聞くからさ」
転ばぬ先の杖じゃないけど、準備はしておいて損はない。
「ここで問題になるのは、帝国への技術流出だけど」
「対策は万全――と言いたいところですが、帝国と騎士国の間者はどこにでも居ると言いますからね」
「仕方がない。情報を隠す方向じゃなくて、虚報を流す方向にしよう」
ロッチャの魔導鎧は、コンセプトは面白いけど、実現性は低い。所詮は俺の趣味事だった。
そう情報を流しておけば、多少なりは帝国の目を欺くことができるだろう。