百六十四話 夏になりました
同人原稿の締め切り日が迫っていた関係で、昨日更新お休みして申し訳ありませんでした。
なるべく三日に一回更新を継続していきますので、
これからも、よろしくお願いいたします。
平和な日常が続いたまま、夏の真ん中になった。
夏の日差しに農作物はすくすく育ち、収穫と新たな種蒔きの時間が近づいている。
俺とパルベラの誕生日がきて、また一つ年を取り、俺が十五歳でパルベラが十六歳になった。
十六歳の女性といえば、前世の日本でも結婚が可能な年齢だったはず。
これは夜の夫婦生活が解禁かと期待したのだけど、ここでまたファミリスから待ったがかかった。
「もう一年。もう一年だけ、パルベラ姫の身体的成長が終わったか、様子を見ましょう」
必死なファミリスの物言いに、パルベラは困り顔だ。
「ミリモスくんとの子供を早く作っておくことに、越したことはないと思うのだけど?」
「甘いですよ姫様! 出産は命を落としかねない、女性の一大事業です! 慎重に慎重を重ねても、足りないぐらいなのですから!」
ファミリスの発言には一応の道理がある。
前世とは違い、この世界の出産は基本的に自宅出産だ。
産婆が出産を手伝ってくれるとはいえ、医者じゃないから母体が危険な時にメスを使って帝王切開なんて真似は絶対に行われない。というか下手に手術をしようものなら、この世界の衛生環境じゃ、感染症で死ぬ。
だから、女性の健康状態が健全なときに子供を作らせたいと願うのは、ファミリスだけじゃなく人の親なら思うものだと、ホネスが教えてくれた。
「ホネスの家って子沢山だったよね。出産って、それほど大変なの?」
「そりゃもうですよ。井戸水を布でこして、その水を鍋で沸かすんです。そのお湯を妊婦や赤ん坊を洗うために使ったり、赤ん坊の包む布を煮て消毒したり。妊婦がいきみ過ぎて失神したら、頬を叩いて起こして、それで起きないようならおしっこを煮詰めたという液体を嗅がせたりするんです」
「……聞くだけでも、一大事だな」
「まさに命がけなんですよ。あ、母はいま産婆もやっているので、センパイの赤ちゃんを産むとき呼びますね」
「たくさん子供を産んだ人が、次の産婆になるってことなのかな? ――って、俺との子供を!?」
「でもその前に、結婚式をしなきゃですよね。結婚前に子供を作るなんて、はしたないですし」
あっけらかんと言い放ったホネスの言葉に、俺が度肝を抜かれていると、パルベラが会話に入ってきた。
「そうでした。ホネスとの結婚式もしないといけません。ミリモスくん、準備しませんと」
「いやまあ、ホネスとの結婚式はするつもりでいるけど、ちょっと時期が悪いんだよなぁ……」
俺が執務机から取り出したのは、ノネッテ本国から来た複数の手紙。
「サルカジモ兄上が帝国で結婚して、お嫁さんを連れ帰ってきたようでね。その対応に大わらわらしいんだ」
「帝国貴族の子女と顔合わせをするだけだったのでは?」
俺はパルベラの言葉に頷く。
「顔見せだけのはずが、サルカジモ兄上と会って意気投合して、そのまま結婚に雪崩れ込んじゃったらしい。予定外のことで、アヴコロ公爵は頭を抱えたそうだよ。たくさん持ってきてくれた持参金は、宰相の立場としては嬉しいらしいけどね」
「ミリモスくんの兄が、帝国の貴族の娘とはいえ、結婚したことは喜ばしいことです。でも、それとホネスとの結婚ができない理由に、何の因果があるのでしょう?」
「実は、サルカジモ兄上がお嫁さんにゾッコンらしくてね。他の男を近づけさせないように、色々とやっているらしいんだ。特に俺は、本国に帰ってくるなって、わざわざ手紙まで書いてきたよ」
「新婚の夫の気持ちとしては分かりますが、どうしてミリモスくんに限定して、そんなことを言ってきたのでしょう?」
「俺が戦争で勝ち領土を広げたっていう話を聞いて、俺の口から当時のことを喋って欲しがっているんだってさ。帝国では、戦争での活躍話を聞くことが貴族の楽しみなんだって」
「つまりサルカジモさんは嫉妬して、ミリモスくんが近くに来てほしくないと思っているわけですね」
「それほどにサルカジモ兄上が惚れているってことは、二人の夫婦関係としては良い状態なんだろうけどね」
そしてサルカジモは元帥という、軍事の最高権力者だ。
その存在の要請を無視して、俺がノネッテ本国に向かえば、要らない混乱を招くという予想はすぐに立つ。お目付け役のアレクテムがいるとしてもね。
「だからホネスとの結婚式を、いますぐに本国で行うことは難しいってわけ」
「では、ロッチャ地域で、ホネスとミリモスくんの御家族を招いて行えばいいのではありませんか?」
「ところが、サルカジモ兄上が勝手に帝国で結婚式をしちゃったもんだから、民からお祝いができなかったって不満の声があったらしいんだ。民にとっては、数少ない楽しい祭りの場を奪われたちゃった形だから」
アヴコロ公爵からの手紙の中にに、俺とホネスが結婚するときは本国で、って要望が来ているんだよね。
この説明に、パルベラが少し怒った調子に変わる。
「王族が民を慰撫することは大切ですが、本来結婚とは当事者の男女の問題です。ミリモスくんはホネスの気持ちをこそ、重要視するべきです」
「それは重々分かっているよ。だからホネスに質問するよ」
「え、あ、はい。なんでしょう」
ホネスのつっかえながらの返事に、俺は彼女が自分は関係ない話だと聞き流していたんだろうなと察知した。
「俺といますぐ結婚したいなら、ロッチャ地域で家族を呼んで行うことになる。でも少し待てば、ノネッテ本国で他の民と祝える。どっちがいい?」
「え、えーっと……じゃあ、待って本国でやる方がいいかなって」
ホネスの選択に、パルベラが驚いた顔をする。
「ホネスは、ミリモスくんとの結婚を心待ちにしていたではありませんか、なのに!」
「いやでも、結婚式は村中で祝うものだから、ロッチャ地域に家族だけを呼び寄せてっていうのは、やっぱり寂しいもん」
「ホネスがロッチャの文化を尊重する気持ちはわかりますが、自分の気持ちに蓋をする必要はありませんよ」
「うーん、なんて言ったらいいかな。センパイはわたしと結婚してくれる気でいるんだから、焦って結婚したりせずに、村中の皆とお祝いできる日を待ってもいいかなって」
「全くホネスは、良い子なんですから」
パルベラは仕方がないと肩をすくめると、俺に真剣な目を向けてきた。
「ミリモスくん。こんなにいじらしいホネスを、幸せにしないのは悪いことですからね」
「そりゃ、結婚するからには幸せにするよ――って、妻から言われる言葉じゃないし、妻に言う言葉じゃないんじゃないかな、コレ?」
俺が自分の常識に自信が持てなくなっているよこで、パルベラは『言質はとった』とばかりに満足そうな表情をしていたのだった。