閑話 帝国の策略
僕、フッテーロ・ノネッテは困っていた。
フェロニャ地域の領主になったことが、じゃない。
領地の運営は、弟のミリモスが占領した初期に色々と調整をしてくれたことと、ロッチャ地域から派遣してもらったズボレンク将軍の武勇のお陰で、大分調子がいい。
ズボレンク将軍は先の戦争で――特に旧プルニャ国で獅子奮迅の活躍をしたらしく、あちら側の領地を治める貴族連中に睨みを利かせてくれている。それこそ旧フェロコニー国の領地に住む貴族にも、ミリモスに次いで恐ろしい人物という評判が立つほど。
僕も外交上で他国の貴族と会話をすることは多かったけど、ズボレンク将軍は元はロッチャの貴族ないしは豪族の出だそうで、貴族がいないノネッテ国で育った僕より、貴族連中の扱いが上手い。
今日も、僕の執務室に、貴族のことに関する報告書を片手にやってきてくれた。
「旧バイブーン国に隣接する領地の領主が、帝国と密通してましたぜ。こうして証拠を握ったんで、潰していいですかね?」
ズボレンク将軍からの報告書に目を通し――これは見逃すことはできないと判断した。
「ミリモスが喧嘩したって聞いたときから、帝国からの離反工作はあると思ったけど、早速きたね」
僕が溜息を吐きながら討伐の許可を出すと、ズボレンク将軍は嬉しそうに口の端を上げた。
「この領地は、貴族が多すぎなんですよ。だから帝国に付け入る隙を与えちまう。こちらに有利な人間だけ残して、残りはスパッとやっちまった方が良いんじゃないですかね?」
「そうして自分にとって都合の良いように武断することは、僕が不得意な部分だよ。弁舌を持って接すれば、こちらの味方につける糸口は見つけられると信じているからね」
外交でのやり取りは、弁舌が全て。武力をチラつかせることはあっても、それはあくまで手札として使うもの。交渉が決裂したからと、安易に軍を送り込むなんて真似は下策だ。特に、ミリモスが活躍を始める前のノネッテ国のような、貧弱国は特にね。
「それに、ミリモスが初期の統治政策で貴族を残したことは、深い意味があってのことだと思うんだ。事実、国が滅びて領地となったにもかかわらず、混乱はとても少ないしね」
そう。僕が外交で耳にした国が滅んだ状況とは、全く違っている。
帝国が小国を飲み込んだときは、その小国に住んでいた住民は二等市民という身分に落とされ、蓄財を大いに制限される。奴隷の所持も認められず、全て没収されてしまい、荘園や農地の経営に失敗し、土地を手放す人も出るらしい。
小国同士の戦争だと、より悲惨だ。負けた国の民を奴隷として他国に売り払い、消費した戦費の穴埋めと国の発展のための資金にすることが当たり前だという。
そのため負けた国の民は、自分の国が滅びたと知ったら、自分の身は自分で守るのだと抵抗をする。その抵抗活動の旗頭になるのが、土地を代理で治めていた豪族であり貴族だ。
しかしミリモスはそんな慣例に反して、占領した土地の豪族や貴族の身の安全と財産に土地を安堵した。
だからだろう。占領地の貴族と民たちは、自分たちが脅かされないと知ると、無為に抵抗する真似は止めた。下手に藪を突いてミリモスという竜を怒らせるよりも、友好的に接した方が得だと悟って。
そんなフェロニャ地域の既存の貴族を滅し、既得権益を開放する機会は、ミリモスが一時の領主という立場から引くときにあった。
去る領主が大鉈を振るって改革を行い、来る新たな領主が穏やかな善政を敷くことで、残った民と貴族の関心を新領主に傾けさせることができる方法があったんだ。
しかしミリモスは、そんな真似はしなかった。
きっと大鉈の改革を行うよりも、フェロニャ地域の貴族たちを残しておいた方が、価値があると考えての判断のはずだ。
僕がそんな考えを告げると、ズボレンク将軍は小難しい顔をしていた。
「あの王子が、そんなことを考えるタマですかね。ああいえ、これは悪口じゃねえんですよ、あしからず」
「将軍は、ミリモスと相性が悪いんだったっけ?」
「そりゃあね。ノネッテの山では寒空の中で水をぶっかけられ、先の戦争では一部隊を率いて国を攻めろと命令される。そして勝手に将軍に任じてきたかと思えば、フェロニャ地域へ出向ときた。あの王子には、散々に振り回されっぱなしだ」
ズボレンク将軍の愚痴に、僕は苦笑いすることしかできない。将軍がこの地に来る理由の一端は、僕にもあるんだしね。
ここは、話をミリモスのことから切り離し、帝国のことに変えることにしよう。
「帝国の離反工作は、どういう意図があってのことだと思う?」
「さて。俺は兵士あがりの人間だ。政治なんてものはさっぱりでね」
「政治に関する考察は僕がするから、将軍という立場で、どう考えるか聞かせてよ」
「そうですねえ。まあ、考えられるのは、この地域に混乱の種を撒くってことか、さもなきゃラバンラ国への侵攻の前準備じゃねえですかね」
僕になかった見地を耳にして、ちょっと驚いた。
「帝国がラバンラ国を今年中に落とすと、ズボレンク将軍は考えているんだね?」
「そうしなきゃ、ノネッテ国の包囲網は完結しないんでね。もし仮に、こっちがラバンラ国を先に落としたら、帝国は包囲網の再構築を図らなきゃならなくなるわけですし」
「生憎、あの国を攻め落とすには、フェロニャ地域の治安は安定していないし、戦力も不足しているよ」
「それは帝国も重々承知しているでしょうがね。不確定要素は一つでも減らそうとしてるんでしょうよ」
「貴族に離反工作をかけ、こちらが見逃せば不和の種に、こちらが対応すれば戦力の疲弊に繋がるわけだね。まったく、帝国が行う策には無駄がないね」
「魔法の国ってことは、理術と知性の国ってことでもありますからね。陰謀術数はお手の物ってことなんでしょうよ」
「ということは、帝国がラバンラ国を占領するまで、こうした嫌がらせは続くわけだね」
「それはどうでしょうかね。それこそ、領主様の外交手腕が試される場面じゃねえですかね?」
帝国と折衝しろってことだろうか。
兄弟姉妹の中で、僕が一番外交に強いという自負はあるけど、それが帝国に通じるほどかは分からない。
でも、やらないより、やってみた方がいいだろう。
これで下手を打って帝国が攻め入る口実を与えないようすることは、気を付けないといけないけどね。
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俺、サルカジモ・ノネッテは帝国の領土にやってきた。
ノネッテ国の元帥の役目はどうしたって?
それは心配ない。アレクテムの爺の許可は貰っている。
なにせ今回の旅路は、俺が帝国貴族の娘と結婚するためのものだからだ。
俺は馬車を下りる。この馬車は、帝国領に入ったところで待っていた、帝国側からの気遣いだ。ノネッテ国にあるどの馬車よりも、乗り心地が良かったことは言うまでもない。
そして俺と共に、二人の人物――ガットとカネィが下りてくる。
「サルカジモ王子。ここが帝国ですか。ひゃー、都会ですねえ」
「でも、馬車には十日も乗ってなかったよな。ってことは、帝国の中心部ってわけじゃないんじゃね?」
「すると、ここは地方都市ってやつか。それはそれで、すげーよな」
「そうだよ。地方でコレじゃ、帝国の首都はどんな景色なんだろうな」
この二人は、一国の王子が小姓も連れずに旅をするのは相手側に舐められると思って連れてきたが、言動の品のなさから失敗だったかもしれない。
まあいい。こいつらは俺の添え物だ。
俺がちゃんとしていれば、それでいいはずだ。
「おい、行くぞ」
「「はい、サルカジモ王子」」
俺はガットとカネィを後ろに連れて、馬車が止まった前の屋敷に向かう。
流石は帝国貴族の屋敷。大きな庭園が広がり、建物も荘厳で立派な造りをしている。
俺たちの訪問は伝わっていたのだろう、衛士や使用人はこちらを見てくるが、止める素振りはない。
調子よく歩みを続けていくと、俺たちが到着する直前で屋敷の大扉が開かれた。
「ようこそ、サルカジモ殿。我が家の屋敷へ。歓迎いたしますぞ」
扉の向こうにいたのは、立派な口ひげを蓄えた、四十がらみの男。金糸で袖や裾に模様をつけた服を着て、人が良さそうな笑みを浮かべている。
その後ろに、一人の女性。
化粧をしているので年齢がハッキリとは分からないが、俺よりも年下に見える。おそらく、十代半ばから後半だろう。人見知りをする生格なのか、結い上げた金髪の頭頂部が見えるぐらいの俯き加減でいる。
俺がその女性をじっと観察していたからか、四十の男が紹介をしてきた。
「この娘が、サルカジモ殿の嫁となる、スピスクです。ほら、ご挨拶を」
「は、初めまして、サルカジモ様。スピスク・ノメラツペイクです。よろしくお願いします!」
少しオドオドとした態度で、慌てて礼をしてくる姿に、俺は心の中で鼻で笑った。
帝国貴族と聞いて身構えていたが、扱いやすそうな女じゃないか。
それに、挨拶をしたときに顔がはっきりと見えたが、とても可愛らしい顔立ちをしている。体つきも十代の娘とは思えないほど――それこそ礼服越しにもわかるほどに、胸と尻は豊かで腰元は細く引き締まっている。
これは、ミリモスの嫁であるパルベラ姫より、良い当たりを引いたんじゃなかろうか。
「俺の名はサルカジモ・ノネッテ。よろしく頼むよ、スピスク」
俺の方が立場が上と教えるように語気を強めて言うと、スピスクは恐縮するように身を縮める。
帝国がチョレックス王に帝国貴族の娘を王子の嫁に迎えろと言ってきたのは、ノネッテ国の王子を操り人形にするためだっただろう。しかし、こんな娘を嫁にしたところで、俺を操れたりなどできるものか。
いや、この行幸を利用すれば、俺がノネッテ国で覇権を握るどころか、帝国での立場を作ることもできるかもしれない。
これは風向きが変わってきたな。
「さあ、この屋敷で歓待してくれるんだろう。案内してくれ」
「それはもう。ささ、どうぞこちらへ。スピスク、会話の相手をして差し上げなさい」
「は、はい。お任せください」
屋敷に入ると、綺麗な容姿の使用人がズラっと並び、こちらに一斉に頭を下げる。
俺は王になったような気になり、気分良く屋敷の中に足を踏みいれる。
そうして調子にのっていたからか、後ろにいるガットとカネィが交わし合う呟きは、俺の耳に入ることはなかった。
「ここ、嫌な感じしないか?」
「ああ。兵士の訓練で、罠だらけのところに連れて行かれた時を思い出す」
「サルカジモ王子の嫁さんもさ、見た目通りじゃないっていうかさ」
「怪我したフリで敵を罠に誘い込む囮って感じがするよな」






