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百六十話 ファミリスとの訓練

 順風満帆に日常が過ぎていく中、一つだけ順調とは言えないことがあった。

 それは、ファミリスとの訓練だ。


「くそぅー!」


 俺は全身に神聖術を施しながら、ファミリスへと斬りかかる。

 日々練習を欠かさなかったこともあって、神聖術の出力は向上し、いまの俺なら片手で大人を吹き飛ばせるだけの威力を出せるようになっている。

 それにも関わらず、ファミリスを相手にすると、虫を払われるような手つきで、攻撃を押しのけられてしまう。


「まだだ!」


 左手の神聖術を消し、魔力を引き出す。


「火花は火種に。火種は炎へ。温かき火よ、現れろ。パル・ニス」


 薪に火をつける程度の弱い炎しか出せない魔法。

 だけど、それぐらいの火であろうと目前に生み出されたら、人間なら本能的に誰しも顔を背けてしまうもの。

 これでファミリスに顔を横向かせて、その隙に攻撃を行おうという考えだ。

 しかし、ファミリスは意外な方法で、俺の予想を超えてきた。


「その程度の火で怯むと思われているのなら、神聖騎士国の騎士を甘く見過ぎです」


 ファミリスは呟きながら、火を出した状態の俺の掌へ、素顔の状態のヘッドバッドを放ってきた。


「なッ!?」


 食らった頭突きで左腕を弾かれて、俺は態勢を崩してしまう。

 眼前のファミリスは、火に頭を突っ込ませたというのに、前髪にすら焦げ目一つない状態でいる。しかも、こちらを殴ろうとしている態勢にはいってもいた。


「はぁあ!」

「ぐべっ――」


 ファミリスの拳が俺の頬に命中した。手加減はされているのだろうけど、神聖術を纏った拳での一撃だ。俺はあっけなく後ろへと吹っ飛ばされてしまう。


「こ、このぉ……」


 俺が殴られて痛む頬に手を当てながら立ち上がると、ファミリスから溜息が聞こえてきた。


「どうしてミリモス王子は、小手先の技術に頼ろうとするのです。これは訓練なのですよ?」

「訓練だからこそ、色々な戦法を試してみるべきじゃないかな」

「戦法とは膨大な基礎があってこそ、生きるものですよ。赤ん坊が多少の策を弄しようと、基礎体格に勝る大人には絶対に勝てないようにです」


 暗に、俺とファミリスの実力差は、赤ちゃんと大人ほどもあると言われたようなんだけど。

 面白くなくて腹を立てていると、ファミリスは困ったような顔をする。


「互いの実力差が理解できていないとなると、これは一度、ミリモス王子に体感してもらわないと駄目なようですね」

「体感って、なにをだよ」

「神聖騎士国の騎士が持つ、本気の実力というものをです」


 ファミリスが言葉を吐いた次の瞬間、その雰囲気が一変した。

 いままでも、訓練の間は猛獣を前にしたような威圧感があったけど、いまのファミリスはその比じゃない。

 煮えたぎる源泉を覗き込まされているような、超高層タワーの頂上から真下を見たときのような、足下から震えが来るぐらいの生命の危機を抱くほどの、絶望にも似た重圧感だった。

 そんな状態のファミリスが、こちらに一歩近づいてきた。

 それだけで俺の体が「逃げろ!」と叫ぶように、全身に鳥肌が出てしまう。


「安心しなさい、一撃だけです。しかし、本気で防ぎなさい」


 相反するようなことを言ってきたけど、直感的に、全力で防御しないと死ぬと分かった。

 俺は消していた左腕の神聖術を再起動させると、十数秒で力を使い果たす気の全力の神聖術で全身を覆った。

 それと同時に、ファミリスが剣を大きく振り上げ、呟く。


「その程度だと、大怪我をしますよ?」


 警告のような、事実を言っているような、不思議な口調だった。

 俺が『これが全力だ!』と抗議する前に、ファミリスがさらに一歩踏み出して――いや、俺は踏み出したと認識できなかった。

 気付いたときには、ファミリスが眼前に大写しになっていたのだ。


「はああ!」


 ファミリスの気合の掛け声が耳に入った瞬間から、俺の主観はスローモーションに移行した。

 大上段に振り上げられたファミリスの剣が、天上から落ちてくるギロチンの刃のような絶望感を伴いながら、俺の脳天へと振り下ろされてくる。

 受けなければと、俺は必死に腕を動かそうとするけど、もどかしいほどにノロノロとしか動いてくれない。

 どうにかしようと足掻くと、限界まで振り絞っていると思っていた神聖術の出力を、ほんの少しだけ上げることが出来た。それに伴い、腕の動きもほんの少しだけ早くなった。

 これならファミリスの剣を防御することが出来ると直感。

 感覚は正しく、ファミリスの剣が俺の髪の先端を切ったぐらいの場所で、俺が振り上げた剣をぶつけることが出来た。

 同時に、崖の上から落ちてきた巨岩を剣で受け止めたような圧力を、俺は両手に感じた。


「ぐあああああああああああああああああああ!」


 俺は叫びながら、ファミリスの剣の威力を渾身の力で耐える。

 余りの衝撃で全身の骨と肉が軋み、バラバラになりそうだ。受け止めた剣からは、神聖術の力で覆っているはずなのに、金属が軋むような嫌な音がする。

 ここで少しでも気を緩めたら、ファミリスの剣で圧殺されてしまう。

 歯を食いしばり、目をギュッと閉じながら、ファミリスの剣からの圧力が消え去るまで、耐える、耐える、耐える。

 そうして必死に我慢していると、知らないうちに腕に感じていた圧力がなくなっていた。

 恐る恐る目を開けると、剣を鞘に納めながら微笑むファミリスが見えた。


「ミリモス王子の体感といては一瞬の出来事だったでしょうが、神聖騎士国の騎士の本気を感じてみた感想はどうでしょう?」


 一瞬という言葉に、いまの体験を回想して疑問に思った。

 しかし時間としては、ファミリスが言うように、一瞬だったはずだ。

 なにせ、ファミリスが剣を振り下ろし、それを俺が受け止めただけの出来事なのだから。

 けど、俺はその瞬間的な場面のせいで、げっそりするほどの精神と肉体の疲労に襲われていた。

 感想を返す言葉にすら、力を入れられないほどだ。


「ひどく、つかれた」

「では、今日の訓練はここまでにしましょう。騎士の本気の一撃を食らって、立った状態で耐えられた人は稀有ですし」


 なんだか後半に、酷い事実を言われた気がした。


「ころす気か」

「まさか。パルベラ姫の夫であるミリモス王子なら、この程度のことは耐えられると、そう信じていただけのことです」


 調子のいいことを言ってと半目を向けていると、突然変な音が聞こえてきた。

 割り箸を割ったような、薄いガラスが割れたような、軽くも耳に残る音だった。


「えっ?」


 音がした方向――俺の手元を見ると、ノネッテ国で元帥になってからずっと愛用していた、帝国製の魔導剣が真っ二つに折れていた。

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[一言] 体感といては 体感としては
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