百五十九話 土地に影響ある者たち
平和だからこそ、書類仕事に追われる日々が続く。
俺が常に中央都に居ることもあって、ロッチャ地域の豪族の関係者が面会を求めてきたりする。
連中の要望は、誰もが得てして同じで、自分の影響力のある土地に優遇措置をくれというものだった。
優遇してくれる見返りとして、俺に提案してくるものも同じ。
自分の子女を、俺の嫁やら愛人やらとして贈ろうというものだった。
それに対して、俺が彼らへ返答する内容も決まっていた。
「俺が損するばかりで、利点が一つもないんだが?」
特定の豪族を優遇することは、領地運営や政策に影を落とす行為でしかない。
そんな無理を押し通す見返りに貰えるのが、気心も知らない女性だけ。しかもその女性は、豪族の言いなりで動く操り人形だろうから、毒婦だと確定していい人物だろう。
領地運営の障害を作る上に、毒婦を身近に囲わせられるなんて、罰ゲームでも御免被りたい内容じゃないか。
「身内を送り込んで政治的発言を得ようとするんじゃなくて、もっとロッチャ地域が発展する提案をしてくれ」
そう俺が苦情を言うと、話を持ってきた豪族の反応は二つに分かれる。
一つは――
「我が娘の何が不満か! ミリモス王子は見る目がない!」
と激昂して立ち去る者。
まあ、自分の身内が俺に『価値なし』と判断されたことに対し、怒る気持ちはわかる。
けど、領主相手に、こうも反抗的な態度をあからさまに取る連中は、信用が置けない。そして、第一案を潰されただけで、次の案を持ってきていないあたり、あまり政治的な手腕にも期待できない。
だから俺は、軍の警戒者リストに追加する処置を選ぶ。
反乱の芽は、芽の内に摘み取っておくべきだしね。
それで、もう一つの反応は――
「別の提案というと――ミリモス王子は、農業関係に興味があると耳にしましたが、その分野でお手伝いできるやもしれません」
――俺の興味を引きそうな別の提案をしてくる者だ。
第一案に拘泥せずに、俺に対して行った情報収集から、すぐに次の案を出してくる。
俺が畑の肥料の実験をしていると知れば、豪族の影響力が及ぶ土地を使ってくれないかと提案してきた。
農業のことじゃなく、鍛冶や鉱山技術を引き合いにした提案をしてくる者もいる。
こういう抜け目ない豪族は、影響力を持つ土地を持つだけ、俺の領地運営の邪魔にもなりかねないほどに有能だ。
まあ、俺は外様の人間だし、王子教育がされてないポンコツ王子だ。そんな俺の領地運営の手腕なんて、たかが知れているので、土地の代表とも言える豪族に任せられるなら任せてしまいたい部分がある。
なので、有能な豪族は大歓迎だったりする。
上手く土地の運営権を委譲できれば、俺の仕事も減るしね。
ともかく、有能かつ俺への提案に見るべきものがあった豪族のみ、多少の優遇をすることに決めた。
優遇するといっても、豪族がくれるメリットに対して、過不足ない程度の対価という意味でのこと。特別な依怙贔屓というわけじゃない。
それでも、この政策を不満に思った無能な豪族が反乱を企てたら、即座に鎮圧して、隣接する有能な豪族に領地を分けてしまおうかな。
押しかけてくる豪族を相手する空き時間で、俺はアテンツァとジヴェルデに面会しにいく。
アテンツァに数日に一度は顔を出せと言われていたのもそうだけど、二人に会いに行くとお茶とお菓子が出るので、オヤツが食べられる休憩場所として利用するためだ。
ここ最近の話題は、アンビトース地域について。
アテンツァもジヴェルデもアンビトース王家に連なる者なので、俺が手に入らない情報を握っていたりする。
「知ってまして、ミリモス王子。砂漠の通商路が軌道に乗りつつありますのよ」
「へぇ、その話は初耳ですね。詳しく教えてくれませんか、ジヴェルデ嬢」
そう水を向けると、ジヴェルデは自慢げに情報を語り始める。
「我が王家のシンパからの情報ですけれど――」
ジヴェルデがこうも『有能さ』をアピールするのは、彼女がアンビトース王家から出された人質だからだろう。
情報などの形で、ジヴェルデの口から『自分たちはアンビトース地域に与える影響力が残っている』と俺に伝えることで、アンビトース王家の権威復調を狙っているのかもしれない。
正直、俺はロッチャ地域の領主なので、アンビトース地域の影響力をアピールするなら、アンビトース地域の領主のヴィシカにやった方が良いと思うんだけどなぁ。
「――というわけですの。分かりまして?」
「砂漠の通商路を使った試行が順調に終わって利益も得た。だから本格的に始める前に随行員を増やして、利益を増やそうと考えているってことはね」
考え事をしながらでも聞いていた内容を復唱すると、ジヴェルデは勝ち誇った様子で言ってくる。
「近い将来、アンビトース地域は交易で、ロッチャ地域より豊かになるはずですわ。そのとき、アンビトース地域を手中で治めていればと、後悔しても遅くってよ」
「しないよ、そんな後悔は。俺はいまでも、ロッチャ地域の安定で手一杯なんだから」
余計な苦労を背負いこみたくないという本音を隠しての言葉だったけど、それがジヴェルデにはお気に召さなかったらしい。
「ミリモス王子の、ヘタレ!」
ジヴェルデはいきなりの捨て台詞を吐くと、ベッドルームに行ってしまった。
ときおり、俺と話しているとこういう状況が現れるのだけど、いつもながら原因が分からない。
そこで俺が眉を寄せながら目を向ける先は、アテンツァ。
アテンツァは、いつものように溜息を吐きながら、先ほどのジヴェルデの行動が起こった原因を教えてくれた。
「ミリモス王子の先ほどの発言――『しないよ、そんな後悔』と軽く言ったことは、アンビトース地域に価値を見出していないと受け取られかねないものでした」
「そんな心算はなかったけど?」
「重々承知しております。ですが、あの子にとってアンビトース地域は生まれ故郷で、誇りある土地なのです。そんな場所を、手の中になくても構わないと言われたら、怒るのは無理ないと理解できますでしょう」
「理解は出来るね。実感は乏しいけど」
前世の日本人の記憶があるからか、俺の愛国心は薄い。
ノネッテ国が存亡の危機になったらと仮定して考えてみても、俺としては家族のことや民のことが心配にはなるけど、国が滅びないように頑張ろうっていう気持ちはどうしても起きない。
なにせ、俺は国を四つほど滅ぼして領土化しているけど、国が滅ぼうと住まう民が死滅するわけじゃないと知っている。
前世で習った言葉を流用するなら、国が滅びても山河は残るのだから、国という形態が消え失せても構わないと思ってしまうのだ。
こういう考えなあたり、俺が王様として相応しくないのは間違いないだろうな。
「お茶とお菓子、ご馳走様。ジヴェルデの機嫌を損ねたお詫びの品を、あとで届けさせるから」
迷惑かもしれないけどと断りを入れると、アテンツァに首を横に振られた。
「ミリモス王子の贈り物。ジヴェルデは受け取るたびに、嬉しそうにしていますよ」
「俺に対する態度を見ると、そうは思えないんだけどなぁ」
「素直になれないお年頃なのですよ。特に、憎からず思っている相手には」
「はははっ、まさか」
俺が半笑いで否定すると、アテンツァは溜息交じりに「そういうところですよ、ミリモス王子」と、咎める口調をしたのだった。