百五十八話 軍へのテコ入れ
研究部と農業関係にテコ入れを終えたので、次は軍務関係だ。
そこで俺は、ドゥルバ将軍を呼び出した。
「お呼びと聞きましたが?」
呼んですぐに執務室にやってきたドゥルバ将軍に、俺は切り出す。
「軍の様子はどう?」
「現在は各地に分散し、そこでの治安維持を務めています。ときおり、自分が供を連れて巡察し、綱紀の引き締めを行ってもおります」
「ちょっと前に、ロッチャ地域が帝国と事を構えそうっていう噂が流れたでしょ。離脱者はでなかった?」
「百名前後、出ました。しかし、ロッチャが国であった頃より、帝国には煮え湯を飲まされ続けきた恨みを持つ者は多い。本当に帝国と戦争になろうと、これ以上の離脱者はでないでしょう」
「ははっ。あれは噂なだけで、本当に帝国と戦ったりしないって」
俺はドゥルバ将軍が帝国と戦うと思って良そうだと感じ、その考えを一笑する。
その後で、別の話題を切り出すことにした。
「ロッチャの軍に、ドゥルバ将軍しか『将軍』がいないけど、問題になっていない?」
「ミリモス王子。新将軍に任じたズボレンクを、フェロニャ地域に出向させたのは、貴方では?」
「仕方がないじゃないか。フッテーロ兄上に、軍務に明るい将軍が欲しいって、強請られちゃったんだから。それにロッチャ地域の屋台骨の一つである、ドゥルバ将軍を遣いに出すわけにはいかないしね」
「過大なる評価、身に余る誉に存じます」
慇懃な態度で礼を言ってきたドゥルバ将軍に、おべんちゃらじゃないんだけどな、って俺はちょっと苦笑する。
「ともあれ、軍を指揮する人が一人だけなのは問題だよね。特にその一人が、度々各地に出歩いているってなると、中央都の守りが疎かになるかもしれないしね」
「ははっ、ご冗談を。この中央都で騒動が起こった場合、ミリモス王子が指揮を執れば良いだけでは?」
「これ以上、俺に仕事をさせないでくれよ。執務の量に根負けして、平和な時を迎えたことを良いこと二、文官系の人材を育てようとしているんだから」
事実、いつまでも領主が書類仕事に忙殺されている状況はよろしくない。
なので、文官の人材を集めて教育し、権限を与えて、俺の仕事が減るようにしようと仕組みを作っている最中だったりする。
そうして人材教育という観点を得たことで、そういえば軍務の方も人材教育が必要だったと思い至り、こうしてドゥルバ将軍を呼び出したことに繋がるわけだ。
「というわけで、有事の際でも俺が楽ができるように、誰かに新しい将軍を任じたいんだ。いい人いないかな?」
「さてさて、ズボレンク並みに部隊運用に明るいものとなると、なかなかに思い当たらないものですな」
「現時点じゃなくていいよ。伸びしろに期待できる人はいない?」
「そういうことなら、何名か心当たりがありますな」
「じゃあ、その人たちを将軍候補として、鍛えてあげてよ。ドゥルバ将軍の眼鏡に叶うまで成長したら、そのときに将軍として任じるからさ」
「了解です。ミリモス王子の期待に応えられるよう、厳しく育て上げるとしましょう」
ドゥルバ将軍が請け負ってくれたことで、これで指揮官の質が上がるだろうと、俺は安堵する。
「そうそう。近い時期に農地開拓が始まるんだけど、兵士たちに溜め池を作ってもらうことになるから、周知させておいて」
「それは良い。溜め池を作る際に、将軍候補に兵を指揮させて資質を計るとしましょう」
「どう作るかは任せるよ」
ドゥルバ将軍の楽しさを感じていそうな表情を見て、兵士と将軍候補の人たちへ、心の中で哀悼を捧げておくことにした。
「こちらからの用件は以上だけど、軍から俺に要望はある?」
「糧秣は十分にあり、装備も十全。各地の豪族に反抗の予兆はなく、争いの気配もない――特にありませんな」
「本当に?」
「欲を言えば、嗜好品の類を多く回してくださるとありがたい、というところですな」
「それは、酒とか煙草とかのこと?」
「酒は大いに嬉しいです。しかし煙草より、我らは甘い物の方を好みます。森林地帯からの輸入品である、果実酒や干し果物などが良いですな」
意外な返答に、俺は首を傾げる。
「ノネッテの兵は煙草を吸う人もいたけど、ロッチャの兵は煙草嫌いなのか?」
「ロッチャの民は、鍛冶や鉱山の仕事に従事することが多く、その鍛冶でも鉱山でも煙は害があるものとされておりますからな」
鍛冶仕事で煙が上がることは、有害金属の蒸発や質の悪い炭の不完全燃焼が主な原因になる。
鉱山で煙が起こったら、煙自体に有害性がなくとも、火に巻かれたり窒息の危険がでてくる。
どちらでも、煙は命の危険を示すシグナルだ。
だからロッチャの民は煙自体に忌避感があり、煙草なんて煙を吸う行為をしたがらないんだろう。
逆に、甘い物は体を動かす活力源だ。
鍛冶や鉱山での仕事は肉体労働だから、肉体は常に良いエネルギーを摂取しようと欲している。
その関係で、ロッチャの民は甘い物が好きになったんだろう。
酒は甘い物を水に漬けて発酵させて作るもの。元が甘い物だから、好きに繋がっているのかもしれないな。
「わかった。嗜好品を多く融通するようにするよ。それぐらいの収入は、あるからね」
「嗜好品が手軽に楽しめるようになれば、兵士の指揮が高まります」
「楽しむのはいいけど、風紀を乱さないようにね」
「そこは承知しておりますよ。罰則で嗜好品を取り上げると掟を出せば、兵たちは下手な真似を起こしませんよ」
兵士たちことは、ドゥルバ将軍に任せよう。
「呼び出した要件は以上だよ。わざわざ、ありがとう」
「いえ。この地の領主は、ミリモス王子でありますので」
ドゥルバ将軍は敬礼をビシッと決めると、キビキビとした仕草で執務室を出ていったのだった。