百五十七話 続・内政中
内政っていうものは、一つ手を付けると、色々とやりたくなってしまうもの。
腐葉土などの肥料で収穫量の増大を狙っているのだけど、もう少し農業に手を加えたくなった。
「というわけで、色々と話を聞かせてもらうから」
「え、あ、はい。あの、なんで呼ばれたのでしょう?」
執務室に呼ばれた農業担当の役人が、目を白黒させながら立っている。
痩せ型の高身長で気弱そうという、なんとなく役人っぽい見た目をしている彼に、俺は微笑みかける。
「ロッチャ地域の農業について、報告書に上がってくること以上のことを質問したいと思ったんだ。そこで、農業関係に明るい人を、ここに連れてきてもらったってわけ」
「は、はぁ」
説明しても、事情を呑み込めていない様子だな。
理解できるまで待っていても仕方がないので、話を進めさせてもらうとしよう。
「それで、ロッチャ地域の作物や農業形態って、どうなっているの?」
そう質問すると、役人の顔から困惑の表情が消えて、代わりに理知的な顔立ちへと変わった。
「我らの土地で作られているものは、主に二毛作の麦と、冬季に植える畑の土の力を回復させる茨蔓です。麦の生育が悪いように感じた畑は、他の野菜に作物を変えて回復させるようにしています」
「野菜は副生産品ってこと?」
「麦の生育に適していない場所では、無理に麦を作ろうとせずに、野菜を作っています。麦に比べると、重量当たりの単価が安くなりがちで、野菜しか作れない村は貧しいことが多いです。もっとも、ロッチャの治安が回復し、政も正しくなったことで、徐々に寒村の暮らしぶりも向上しつつあると聞きます」
口ぶりからすると、俺が統治するようになって以降に、飢饉になったりはしていないようだ。
「何度かあった戦争で、糧秣を買い上げたのだけど、それに対する不満は聞いていない?」
「不満はないかと。上が貯蔵物資を奪っていくのはいつものことと、村人たちは思っています。むしろ、ミリモス王子は買い上げを行ったり、次の収穫まで耐えるだけの食料や種もみを残してくれたりしましたので、その分だけ有難がられているかと」
額面通りに受け取るわけにはいかないけど、村人の不満は少ないとは覚えておこう。
「農業に関して、問題や、やって欲しいことこととかある?」
「土壌改善は、こちらが提案するまでもなく、ミリモス王子が手掛けてくだりました。あとは――溜め池、でしょうか」
「溜め池って、数が足りていないってこと?」
「いまの畑の規模なら、十分に足りています。ですが、平和となり経済も良い状態の今後、ロッチャの人口は緩やかに伸びていくでしょう。いまの内から、農耕地の拡張を考えておいて欲しいのです」
「農地の拡張って、木々を伐採して根を掘り起こしたり、埋まっている岩や石を取り除いたりするでしょ。なのに、真っ先に願うのが、溜め池なのはどうして?」
「ロッチャは鍛冶に長じてきた関係で、木々の数自体が少ないです。村や町に近い場所にあった切株や根も、燃料として掘りつくされています。地面に埋まった岩や石の多くも、建材や炉の材料に使われた関係で、大して残っていません」
役人の口振りは、常識を語るような感じだった。
俺は所詮は外様の人間だからな。ロッチャ地域が辿ってきた歴史を調べはしたけど、民草の生活に近い場所までは調べようはなくて知らなかった。
「つまり、ロッチャ地域の荒野に見える土地は、耕せば畑に転用できると?」
「肥料のすき込みと、水源の確保が必要でしょうが、仰られた通りです」
文字通り、眠っている土地を掘り起こし、畑に変えて食料を作ることができるらしい。
食料が増えれば、その分だけ食い扶持を支えることに繋がり、ひいては人口の増加と兵員の加増を狙える。
これはやらない理由がないな。
「溜め池を作る案、了承しよう。ただし、一度に何個もは作れない。効果的な場所を策定し、溜め池を作る土地の優先順位をつけて欲しい」
「ミリモス王子に提案しようと、草案はまとめてあります。後日、清書してお持ちいたします」
「頼んだ。それで、他に要望はある?」
「ありますが、ミリモス王子が主導する肥料の出来によって変わりますので、直ちにというものはありません」
役人の返答に満足して、ハッと思い立ったことがあった。
「政策はこれでいいとして、農具に関してはどう? 今どんな農具を使っている?」
「鋼鉄製の鍬や鎌です。他は、野菜を収穫する際にハサミで実を採ったりはするようですね」
「帝国では、どんな農具があるか知っている?」
「帝国でも、同じだと思いますが?」
なるほど。帝国は『軍事』に魔導具開発を振り分けているけど、『農業』への開発はまだだったか。
むしろ帝国が大国だからこそ、数多の属国や領地から大量の農作物を得られることで、農業機器の機械化――いやさ、魔導具化を必要としないと見るべきだな。
研究部は魔導鎧の開発に力を入れているようだけど、農業用の魔導具を作れないか打診をしておこう。
この世界の人は、少なくとも魔力は持っているんだ。農業用魔導具を開発できれば、農作業の効率が飛躍的に上がること請け合いだろう。
「呼び出して悪かったね。色々と聞けて助かったよ。溜め池の件は、軍と話をつけておくから、優先順位の策定を早くお願いね」
「わかりました。すぐに取り掛かります」
役人は一礼して執務室を去っていく。
俺は執務の書類仕事を再開しつつ、農業用の魔導具による農業革命に思いを馳せ、思わずニヤけてしまう。
そんな俺の姿を、隣の机で作業をしているホネスが『センパイの悪い癖が始まった』とばかりに見ていたことに、書類を粗方片付けるまで気付かなかったのだった。
いままで疎かにしていた分、まだまだ内政が続きます