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百五十六話 内政中

 砂漠の件からは、平和な日常が続いている。

 平和なまま、冬が空けて春になった。

 その間、帝国へ借金の元本を少し減らすぐらいの返済をしたわけだけど、そのときにも何の波乱も起きなかった。

 俺はフンセロイアの提案を蹴ったので、何らかの行動を起こしてくると思っていたのに、肩透かしを食らった気分だったな。



 さて、春になったからには、ロッチャ地域各地で畑へ種蒔きが始まる。

 いまのノネッテ国は森林地帯に属国と領地を持っている。その森林地帯から腐葉土を輸入して、一部の土地の畑に使用してみることにした。

 そして砂漠地帯で手に入る『白い砂』は、畑の肥料にも使えるらしいので、こちらも腐葉土とは別の場所で導入実験を始めることにした。

 上手くいけば、ロッチャ地域で採れる作物の量が増える。

 食べ物が多く手に入るようになるということは、余剰分を家畜に回して数を増やせるということ。

 食べ物の量と種類が増えるということは、民の健康と労働力の向上が期待できる。

 そして民が元気に働けるということは、領地の活性化と発展に繋がる。

 そう。農業改革が上手くいけば、それだけでロッチャ地域の国力が上がるわけだ。

 まあ、今年は実験段階だから、言うほどの効果が出るわけはないだろうけどね。



 農業改革は進めていくが、ロッチャ地域の強みは鍛冶技術だ。

 こちらも伸ばしていかないといけない。

 幸い、俺が抱える魔法の研究部が、帝国の魔導具を模倣するために、色々と鉄と鋼の混合比率を試したり、鉄の折り曲げ鍛錬法を改良したり、混合する比率と種類を変えた青銅の特徴把握や、新金属や新素材の所見レポートを作ってくれている。

 レポートの中で、市井に流しても問題のない技術を選別して、鍛冶師の組合に教えることにした。

 鍛冶師たちの技術に新しい風をもたらしたお礼として、俺は逆に鍛冶師の秘伝のような技術をいくつか手に入れることができた。

 秘伝といっても、民間伝承のように効果が眉唾なものだったり、手間がかかりすぎて廃れてしまった技術だったりと、真に秘伝とは言い難いものだったけどね。

 でも、そういった怪しげや古い技術は、研究部の人たちに大いにウケた。


「効果が不確かといっても、長い間伝えられてきたからには、何らかの理由がそこに隠れているはず!」

「失伝しかけているといっても、理由は手間の部分だけ。手間を省略できる方法を見つければいいだけのこと!」


 あの無骨甲冑――魔導鎧や魔導武器の研究を続けながらも、鍛冶師たちから手に入れた技術の精査を行うことにしたようだ。

 この件が、研究部の発展に寄与することを祈ろう。



 私生活の面でも、順調だ。

 パルベラと新婚生活を送りつつ、ホネスとは恋人関係を続けている。

 ここだけ読むと、俺が二股をかけるクズのようだけど、そうではないと声を大にして弁明したい。

 ちゃんと二人を大事にする気でいるし、ホネスとも将来結婚することを約束している。

 って、こう言い訳するあたり、俺自身が一夫多妻制という価値観に慣れていないんだなって実感してしまうな。


「どうかしたんですか、ミリモスくん?」

「なにかいい物でも見つけましたか、センパイ?」


 パルベラとホネスにそう問いかけられて、いま俺はロッチャ地域の中央都の街中で、三人でデートの真っ最中だったことを思い出す。


「ちょっと、冬から今までのことを思い出していてね」

「働き者なのは正しい性質ですが、折角の街歩きなのに、仕事のことを考えるなんてダメです」

「そうですよ、センパイ。両手に華の状態なのに、なんでそっちに考えが振れちゃうんですか」


 パルベラとホネスは怒った振りをしながら、二人仲良い様子で指先で俺を突いてくる。


「ごめんって。ここからは、ちゃんとするから」


 二人の指から体を捻って逃げながら弁明すると、突き攻撃が止んだ。


「その約束に免じて、許してあげましょう」

「わたしは、あとで食べさせ合いをしてくれると約束を上乗せしてくれるなら、許しちゃいます」

「いいですね、ホネス。わたくしも、そう約束してくれたら、いま以上に喜んじゃいますよ」


 二人に詰め寄られて、俺は約束を承諾するしか道はなかった。

 パルベラとホネスは、俺と食べさせ合いをするための食べ物を探して、少し先を進んでいく。

 俺は後を追いかけながら、後ろに顔を向ける。そこにはファミリスの姿があった。


「それで、ファミリスはずっとついてくるんだよね?」

「当り前です。私はパルベラ姫様の護衛なのですから!」

「……本当のところは?」

「姫様のあの輝かんばかりの笑顔を、ミリモス王子に独り占めされるのは、我慢なりません!」


 ファミリスは、本当にパルベラのことになると、見境がなくなるよな。

 これが親愛からの行動というのだから、ファミリスが持つ愛の重さが伺える。

 仮に、ファミリスが恋愛感情を向ける相手が出来た場合、彼女がどんな恐ろしい行動を起こすのか予想すらできない。

 まあ、俺はパルベラを娶ったことで、ファミリスから若干嫌われている感じがあるので、要らぬ心配って奴だろうけどね。


「ミリモスくん、遅いですよー」

「センパイ、早く早く!」

「いま行くから」


 パルベラとホネスに呼ばれて、俺は追いつくべく足早に駆け出したのだった。

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