十四話 砦防衛・前編
アレクテムに怒られた関係で、先の夜襲を最後に、俺はこの砦から出ることができなくなってしまった。
仕方がないので、砦の中で訓練し、木製の鳥で敵陣地の偵察をして、暇をつぶすことにする。
上空から覗き見てみるが、メンダシウム国の兵士たちの動きはない。
帝国製の杖を、俺が放火したので、だいぶなくなっているはず。
それなのに、撤退の準備をするわけでも、杖なしで砦に突っ込んでわけでもなく、不気味に沈黙を保っている。
俺の予想では、帝国の指示なら日を置かずに突っ込んできて、そうじゃないなら撤退すると思っていたんだけどなぁ。
メンダシウム国側が動かないまま、三日が経ったころに、ようやく事態が動いた。
「おっ、進軍し始めたよ」
陣地の建築物はそのままにして、渓谷の山道を進み始めた。
俺はアレクテムや主要の熟練兵を会議室に呼び、水晶からでてくる景色を壁に映しながら、話し合いをすることにした。
「さて。こうして敵軍が、この砦に迫っているわけだ。いつもは、どうやって撃退するんだ?」
初陣ということもあって勝手がわからないので質問すると、アレクテムが答えてくれた。
「いくつかの場所に、事前に罠を作ってありましてな。それを手動で発動させて、兵力を削るのですぞ」
「渓谷の道は一本道だし、メンダシウム国の兵士たちは山の斜面を上ってこれないから、有効な手だな」
「では、やってよろしいですな?」
「任せるよ」
俺が許可を出すと、熟練兵の一人が席を立ち、会議室の外へ出ていった。
彼の部隊が、作ってある罠を使いに向かうのだろうな。
「さて、罠の件はこれでいいとしてだ。俺たちはもう少し、連中の隊列をよく観察してみようか」
「ミリモス様は、慎重ですな」
「帝国製の杖を失っても、この砦を突破する方法を用意しているかもしれないでしょ。それに三日進軍を止めていたのは、杖を修復してたからかもしれないし」
「連中に、そんな頭があるとは考えにくいですぞ?」
「作戦とは一つがダメになってもいいように、二つ三つ別の策を用意しておくものだ、みたいなことをアレクテムが言ったんじゃないか。ないと決めつけるのは危険だよね」
「おっと、これは一本取られてしまいましたな」
はははっと、アレクテムだけでなく兵士たちからも笑い声が起こった。
笑う場面だったかなと、俺は首を傾げながら、水晶が映す光景を注視する。
メンダシウム国の兵士たちは、渓谷に作られたアップダウンがある曲がりくねった道を、ぞろぞろと進んでいる。
道幅は狭くて、人が二人どうにかすれ違えるぐらい。そのため、隊列がかなり伸びてしまっている。
俺は木製の鳥を魔法で操作して、隊列の先頭から最後尾までなぞる軌道を取らせた。武装の様子を詳しく見たいので、いつもよりも低空で飛行をさせている。
そうして見ることができた、メンダシウム国の兵士たちの装備はというと――
「こいつら。本当に砦に攻め入ろうとしているのか? 大物は通路が狭いから持ってこれないとしても、扉を打ち破る破城槌もないし、外壁を上るために使う梯子すら持ってないんだけど」
俺が元帥になってから読んだ本には、それらを使って砦を攻め落とす戦法が数多くあったのにと疑問に思ってしまう。
しかし、ここでは俺の感覚の方が間違っているようだった。
「ミリモス様がお読みになられてたのは、魔法技術が熟成されてないころの戦法ですな。現代の砦の戦では、魔法がバンバンと飛ばして、外壁や敵を打ち崩すものなのですぞ」
アレクテムの説明に、なるほどと頷く。
「あー、魔法か。でも俺は、砦の外壁を崩せるほど強力な魔法なんて、帝国製の杖を使う以外には知らないぞ?」
「一発一発の威力は弱くとも、多数の魔法使いが何日もかけて大量に行えば、分厚い壁をも打ち崩せるものですぞ」
「雨垂れが石を穿つような話だな。悠長というか、なんというか」
「ミリモス様が言うように、時間がかかる攻略法ですが、安全性は高いですぞ。我が国は人数が少ないので、攻撃用の魔法が使える人材も少ないですので、使えぬ戦法でもありますがな」
「別にいいんじゃない。防衛戦だし、魔法が届く距離なら、弓矢で狙えるでしょ?」
「向こうもそれぐらいのことを気付く頭はありますからな。矢を防ぐ盾で、魔法使いたちを守るのですぞ」
言われてみれば、この戦法は意外とありだった。
「それじゃあ、こちらはどうやって守るんだ。外壁はいつかは崩れてしまうんでしょ?」
「魔法使いたちも、一日中魔法を撃てるわけではありませんからな。連中が打ち疲れて休んでいる間に、こちらは資材と魔法を用いて外壁を修復するのです」
「外壁を直す魔法なんて、あるんだ」
「乾くと岩石並に硬くなる特殊な粘土をひび割れに注入し、魔法で速乾させるのです。こうすると、外壁が崩れる心配がなくなりますからな」
「修復というより、応急処置じゃないか。メンダシウム国が攻めてくる度に、その方法で直していたのなら、もう外壁の防御力が残っていないんじゃないの?」
「はっはっは。心配いりませんぞ。平時の砦勤めの兵たちの任務は、外壁の本格的な修復と更なる強化。前の戦いで割れた部分など、すでにどこにも存在しておりませんからな!」
高笑いするアレクテムとは裏腹に、砦に勤務して長そうな熟練兵が苦笑いを浮かべる。
「砦を通る人を検問する人員以外は、外壁修理しかやることがないだけなんですけどね」
彼の『検問』という言葉で思い出した。
「アレクテム。俺たちが帝国から帰ってくるときに使ったあの道。あそこからメンダシウム国の兵士が入ってくることはない?」
「ありませんな。魔物が住む森の中を、メンダシウムの弱兵が大人数で通るなど、餌になりに行くようなものですからな」
「手練れが少人数で来た場合は?」
「ミリモス様。ノネッテ国は山間の小さな国で外国との交流も乏しいため、民たちの多くは顔見知りの間柄ですぞ。そんな社会の中に見知らぬ顔が現われでもしたら、あっという間に王城まで情報が行くのです。ですので、ノネッテ国内に敵兵がこっそりと入り込むのは不可能ですぞ」
「なるほどね。小さい国には、小さい国なりの良さがあるわけだ」
ともあれ、俺たちは砦にくるメンダシウム国の兵たちに注力すればいいだけなわけだな。
「上空から見るに、帝国製の杖を持っている人はいなさそうだし、楽な戦いで終わりそうだな」
「ところが、そうでもありませんぞ」
アレクテムが注意喚起のように言ってくる。
「連中、弱いくせに諦めは悪いのです。過去の戦いにおいて、ズルズルと戦闘が続き、雪が降り始めるまで戦い続ける羽目になったことがあるのですぞ」
「雪が降るまでって――」
いま秋に入った頃で山の冬入りは早いから、大体一ヶ月から二ヶ月か。
「そんな日数、ダラダラと戦ってはいられないよ」
「そう言われましてもな。こればっかりは、相手が決める事柄ですし」
面倒な相手が敵国だなと、俺はついついため息をついてしまうのだった。
メンダシウム国の兵士たちは、三日かけて山道をゆっくりと進んでやってきた。
この間で、ノネッテ国の兵士たちが罠を発動させ、山から岩を転がしたり、幅を偽装した道を崩して滑落させたりと、あくどいことをやって数を少しでも減らそうとしていた。
そんな妨害工作にも負けずに、メンダシウム国の兵士たちは砦から四半日のところにある狭い広場――なんでも過去のメンダシウム国の兵士たちが人力で山を削って作った野営場所で、行商や旅人も使う休憩場所なのだそうだ――に、ぎゅうぎゅう詰めに野営陣地を作った。
そして日が明けた朝に、砦に向かって進軍を始めた。
その光景を木製の鳥で見ていた俺は、少し首を傾げた。
「進軍してくる兵士を二つに分けて、片方を陣地に温存しているね」
読んだ兵法書では、戦力の分割投入は愚策と書かれていたので、不思議に思ってしまう。
しかしアレクテムは、その理由を知っていた。
「砦を一斉に攻められる人数は、このぐらいが最大ですぞ。あまりに大人数を送り込むと、山道で詰まって前へも後ろへも動けなくなりますからな」
「なんだか過去に見たことを言っているような口調だね?」
「はっはっは。ワシが新兵の頃、メンダシウム国が人数任せに砦を壊そうとしてきましてな。砦の前にある道が全て敵兵で埋め尽くされ、さらには戦後は死体が積もって層になっておりました。当時の上官は「砦の外壁を自国兵の死体を積み上げて乗り越えようとするとは、なんと恐ろしい」と、冗談を言っておりましたぞ」
うっかり光景を想像してしまい、俺は身震いしてしまう。
「いやいや。それ怖いから。狂気という意味で怖いから」
「そうですかの? あのときは、その一回の戦いで決着がついたので、楽だった印象の方が強いですぞ」
道に死体が積み上がるほどの状況が楽だったって、どんな感想だよ。
「ともあれ、敵兵が近づいてきているから、警戒は厳重にね」
「わかっております。それで、帝国製の杖はございましたかな?」
「鳥の目で見ているけど、それらしい物は見当たらない。けど、隠し持っている可能性は否定できないね」
「切り札を後に取っておくと、相手の不意を打つことができますからな。もっとも、初手で切り札を使った方が、効果が高いことの方が多いのですがの」
気楽に言い放つアレクテムのことが、戦争が始まりそうな不安感もあってか、段々と頼もしく思えてきた。
「帝国製の杖が残っているのか、別の手段があるのかも含めて、警戒しておいてと兵たちに伝えておいてよ」
「周知徹底させておきますぞ」
アレクテムが部屋を出ていって一人になったところで、俺は木製の鳥が見ている光景を水晶を覗いてみる。
やっぱり帝国製の杖の存在は見えない。
そのことに嫌な予感を覚えつつも、戦いが長くなることを見越して、一度木製の鳥を戻すことにしたのだった。
明日から、一日一話更新に変更しまーす