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閑話 一方そのころ――ロッチャ本国

 僕――フッテーロ・ノネッテは、フェロニャ地域の領主に任じられた。


「彼の地は、帝国領と属国のハータウト国に挟まれた、いわば飛び地。その難しい場所の統治を任せられるのは、我が後継であり外交に明るいフッテーロにしかできぬ。励むように」

「王命、承りました」


 父のチョレックス王のもとを辞してから、僕はさっそく出立の用意を始める。

 もともと僕は外交で色々な場所に行くことが多かったので、この手の作業は手慣れたもの。

 そして慣れた作業なので、僕がフェロニャ地域の領主になった理由について、考察する余裕があった。



 チョレックス王が僕に語った理由は、真実に違いない。

 でも、それだけじゃないはずだ。

 フェロニャ地域は、二つの国を一つに合わせたこともあって、かなり広大な土地を有している。その広さは、ロッチャ地域とアンビトース地域を足した面積に、やや足りないぐらい。

 その二つの土地の領主は、僕の弟のミリモスとヴィシカ。

 そして僕と二人との違いは、次期ノネッテ国王か否かという点だ。

 つまりチョレックス王は僕に、弟二人より土地を治める力があると――次期王に相応しい力量があると、証明しろと言っているのだ。



 そこまで思い至って、そして荷造りがひと段落したところで、僕は苦笑いしてしまう。


「新たな領地が手に入ったのは、全てミリモスの手腕のお陰なのになぁ」


 ミリモスにお膳立てされた土地を治めてみせたところで、僕がミリモスより優れているという証明にはならないのに。

 荷造りで溜まった疲れを深い息として吐き出しながら、僕はミリモスのことを彼が生まれたときから回想する。



 弱小国ゆえにお金がないことと、優秀な長姉ソレリーナと兄が三人いることもあって、ミリモスは生まれたときから王族としての務めを期待されていなかった。

 王子として必要な教育は行わないと決定され、市井の民のように育つことを望まれた。

 当時は、姉のソレリーナが才気を見せ始めていて、周囲からも次期女王にと望む声が高かったから、ミリモスが王に成れる確率はゼロに等しい感じだったしね。

 そんなミリモスの処遇について、僕は『仕方がない』としか思えなかった。

 だってソレリーナは優秀過ぎて、宰相であるアヴコロ公爵としか話が合わないほどだった。その他人との話の合わなささを見て、僕は自分の生きる道を見つけ、外交の道に歩み始めたのだけど、それはいいか。

 そんな異様な才気の人物に、生まれたばかりのミリモスが太刀打ちできるだなんて、欠片も思えなかったんだから。

 けど、そんな僕の考えが間違いだったと、ミリモスが物心つき始めてから悟った。

 ミリモスも、ソレリーナと負けないぐらい、才気走った子供だったからだ。

 ミリモスは自分が王子教育を受けられないと知ると、落胆した様子もなく色々な人に話を聞いて回り始め、そして勝手に色々なことを学び出す。

 さらには魔法の存在を知ると、兄弟姉妹が魔法の講義を受ける際に、こっそりと部屋に忍び込んで盗み聞きを始め、そして魔法を楽々と習得してしまった。

 それ以降は、ミリモスはチョレックス王に願い出て、魔法の手引書を手に入れ、それを基に独学で魔法を修めていく。

 そしてすぐに、ノネッテ国にいる魔法兵と同じぐらいの腕前になってしまう。

 ソレリーナの恋心からの出奔騒動があったとはいいっても、その頃になって、ようやくチョレックス王とアヴコロ公爵がミリモスの異常さに気付いた。そして、ミリモスの魔法の腕前を恐れた。

 王子としての教育を受けていないということは、ミリモスの倫理観は市井の民と同程度とみなされた。そして市井の民は、身に余る武力を持てば暴走するものと信じられていた。

 要するに、ミリモスが魔法を乱用して、ノネッテ国に災厄を振りまかないかを心配したわけだった。

 そこでチョレックス王は、ミリモスを兵士として鍛えることで、力ある者は民を守るものだという倫理観へ矯正しようとした。

 その試みは上手くいったようだったけど、逆に厄介の種も呼び込んだ。

 ミリモスは自力で、神聖術を会得したんだ。神聖術は、騎士国の騎士と兵士しか覚えられないはずにも拘らず。



 その後のミリモスは、元帥になった後、あれよあれよという間ロッチャ国を滅ぼして領主となり、戦争で勝ち取った領地を兄に惜しげもなく分け与える存在になっていた。


「ミリモスは、売られた喧嘩を買って、負けるのが嫌だから勝って、勝者の権利として領地を獲っただけで、領土が欲しかったわけじゃないとか、訳の分からないことを言っていたけど」


 僕が分からないのは、きっとミリモスとの教育のされ方の差なんだろうな。

 兄弟なのに、理解できない部分があるということに寂しさを感じるけど、ソレリーナのことを思えばあきらめもつく。


「王族として教育を受けていたはずなのに、どうやったら恋したからって勝手に他国に嫁に行くなんて倫理観に育つんだろうか」


 ソレリーナと比べれば、ミリモスはその武威に目を瞑れば、まだ常識的な範囲だろう。

 領地のことだって、新しい土地を治める際の面倒を嫌ったと解釈すれば、納得できるし。


「その面倒を、僕が背負いこまないといけないんだけどね」


 思わず声を出して愚痴り、そしていけないと首を振る。

 領主とは、いわば領地における王だ。

 そして王は、民から税を受け取る代わりに、民のために苦労を背負いこむ役目を負う存在。

 面倒だなんだと考えることは、王の道に反することだ。

 そして、領地を治めることができると期待してくれている、チョレックス王の考えにも反することだ。


「よしっ。新天地で、心機一転。僕の力を大いに振るうことにしよう!」


 そう宣言しながら、僕は心の中で密かに、ミリモスには負けていられないと、付け加えていた。





 ◇  ◇  ◇



 俺ことサルカジモ・ノネッテは、今日も今日とて、元帥としての仕事と教育をアレクテムから受けていた。


「どうしたのですかな! この程度でへばっていたら、戦場では生き残れませんぞ!」

「うっせーよ、アレクテム! 俺はへばってねえ!」


 午前の政務が終われば、延々と体力作り。昼食を挟んで、戦術の座学に、午後の政務。夕食をとれば、あとは疲れ果てて眠るだけ。それが毎日続く。

 ミリモスの馬鹿は喜んでやっていたそうだが、こんなクソのような毎日のどこに楽しみを見つけろってんだ。

 そんな鬱屈した思いから、俺は今まで真面目に取り組んでは来なかった。

 しかし、あの日――帝国一等執政官のフンセロイアから手紙をもらって以降、俺は真面目に仕事と教育をこなすようにしていた。

 そう手紙で指示を受けているということもあるが、明るい将来の展望を思えば、自然とやる気が出てきたからだ。

 そしてやる気を出せば、アレクテムからの評価も変わってくる。


「よろしいですぞ、サルカジモ様。元帥としての風格が出てまいりましたな」

「ふんっ。お世辞はいい」


 と口に出すが、褒められ慣れてないため、内心ではとても嬉しい。

 そして褒められれば、さらに力が出てくるもので、今日の体力作りはいつもより楽に終えることが出来た気がした。

 弾む息を整えていると、アレクテムが笑顔で近づいてきた。


「サルカジモ様も、帝国から奥方を娶られると決まり、張り切っておるようですな」

「ああ、結婚が待ち遠しい。これでフッテーロ兄に、一歩先んじれる」


 つい口を滑らしてしまった言葉に、アレクテムの目つきが俺を疑うものに変わった。

 俺は慌てて、言い訳する。


「べ、別に他意はないぞ。単純に、フッテーロ兄がやってないことを、俺がやれるってことが嬉しいだけでな」


 自分ながら酷い言い訳だと思ったが、アレクテムには通じたようだった。


「そうですな。フッテーロ様は外交での瑕にならぬようにと、婚約者や恋人を作らずにいましたからな。結婚はまだまだ遠いやもしれませんな」

「そうだろうそうだろう。そして俺の結婚相手は帝国の貴族の娘。小国の王子が望んだところで、易々と手に入る相手ではないしな!」

「……サルカジモ様。相手方を物のように言うような真似は」

「分かっている、独身時代の失言と受け取れよ。結婚してからは、丁寧に扱う気ではいるんだからな」


 アレクテムは仕方がないとばかりに肩をすくめ、午前の業務の終わりを告げて、引き上げていった。

 俺はその後ろ姿を見送りながら、ついほくそ笑んでしまう。

 件の貴族の娘が、俺とフンセロイアとを繋ぎ、俺に幸運を運んでくれる存在だ。そんな相手を、雑に扱う真似なんてするはずがないだろうに。

 しかし俺はすぐに表情を整え、素知らぬ顔で昼食へと向かう。

 兵士用の食堂に入ると、すぐにガットとカネィが近寄ってきた。


「サルカジモ様。最近、大人しくないですか?」

「どうしたんですか、サルカジモ様?」


 学の足りない顔で、まとわりついてくる二人。

 ミリモスに反感を持っているところを買っていたが、帝国の誘いの内容を考えると、このまま二人を側に置いていていいものか悩みどころだな。

 しかし、いまの軍内で明確に味方だと言えるのは、この二人しかいない。手放すには、時期尚早か。

 俺はガットとカネィの耳に口を寄せて、呟く。


「お前らも真面目に訓練をやっておけ。それが帝国の指示だ」


 二人がギョッとするのを見て、さらに言葉を付け加える。


「分かっていると思うが、他人にバラすよ。バレたら、この国の王子であり帝国貴族の娘と結婚が決まっている俺は兎も角、利用価値が低いお前らは、帝国の密偵に殺されるだろうからな」


 釘を刺すと、二人は青い顔で頷き返してきた。

 ここまで脅しておけば、流石のこいつらと言えど、そうそう口に出したりはしないだろう。

 俺は安心し、昼食をとることにした。

 元帥としての生活で唯一喜べる点である、兵士食堂の豆のごった煮は、相変わらずの美味さだった。


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[気になる点] 閑話 一方そのころ――ロッチャ本国 いつの間にかノネッテからロッチャに国名が変わったらしい。
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