閑話 一方そのころ――ロッチャ地域
わたしこと、ホネスは今日も、ロッチャ地域の領主の秘書をしてます。
毎日毎日書類仕事ばかりだけど、意外と性に合っているみたいで、特に苦はなかったりするんだよねー。
「村で暮らしていたときは、こんな仕事をするとは思ってなかったけどなー」
わたしの生まれは、ノネッテ国のとある農村。小さな畑を耕し、作物で税を納める、そんなよくある農家の娘だった。
他の家もそうなように、わたしの家も子沢山だったので、作物が良く取れるはずの夏でも、お腹いっぱいにご飯を食べられることは少なかったなぁ。
兵士になれば毎日お腹いっぱいにご飯が食べられると知って、親の反対を押しのけて、兵士になった。
他の国じゃ女性では兵士になれないって噂も聞くけど、ノネッテ国は元が反乱者が作った国なので女性も兵力という考え方があるから、痩せっぽちだったわたしでも兵士になることができた。
お陰で、訓練はキツかったけど、食べるに困ることはなくなったんだ。
「そういえば、兵士にならなかったら、センパイとも出会えなかったんだよね」
ノネッテ国の末の王子様であるミリモス王子。
出会った最初は、同い年の先輩兵士と誤解していて、まさか王子様で元帥様とは思ってもみなかった。
だから『センパイ』と気安く呼んじゃうようになったんだけど、王子様と発覚した後でも、ミリモス王子が「気安い方が楽」って許してくれてんだよね。
そうして仲良くしてくれて、同期のガットとカネィがセンパイに反抗的だったこともあって、ロッチャ地域の領主になったセンパイのお供に任命された。
そこからセンパイとの付き合いが深くなって、今では――その、恋人ってことになっちゃっている。
「パルベラさん、強引なんだもんなー」
なんて責任をパルベラさんに押し付けつつも、現状に不満はなかったりする。
センパイは、戦いになると大人を負かすほどに強いし、日頃は書類仕事で冗談を言いながらも気にかけてくれるぐらい優しい性格をしている。
ちょっと無茶振りしてくることもあるけど、それがわたしを頼ってくれているって気がして嬉しかったりする。
「惚れた弱みってやつだよねー」
って自分の声が耳に入って、ハッと我に返った。
執務室に一人でいるからか、つい独り言をしちゃっている。
いけない、いけない。
気を取り直して書類仕事に力を入れていると、執務室に入ってくる人が現れた。
やってきたのは役人の女性。書類を持ってきてくれたみたい。
「ありがとうございます」
書類を受け取りながら、わたしは女性の顔を見て、首を傾げる。
「ここ最近、貴方が書類を持ってくることが、多くないです?」
書類運搬係なんだろうかって疑問は、当の本人に否定されてしまった。
「ホネス秘書は、ミリモス王子の恋人だと、みんな知っています」
「はい。それがどうしたんです?」
「ですから、書類を持ってくる人が男性職員だと、執務室にホネス秘書と二人っきりになるわけじゃないですか」
男性と二人きりは危険だと、わたしの身を案じている――というより、センパイが帰ってきたときに怒られることを心配しているように思った。
センパイ、普段優しいけど怒ると非常に怖いから、そう心配しちゃっても仕方がないかな。
わたしは苦笑いしながら、仕事の話に戻ることにした。
「この書類の中で、急ぎのものはある?」
「特にありません。領主のサインが必要な案件もありません」
女性職員は用事は済んだとばかりに、一礼すると執務室を去っていった。
そんな事務的な態度を受けて、わたしはちょっと考える。
「うーん。役人の人とは打ち解けていると思っていたんだけど……」
仲良くしてくれる人がいる一方で、さっきの女性職員の人のように仕事という態度を崩さない人もいる。
人付き合いの難しさを考えつつ、わたしは渡された書類にざっと目を通す。
その中で気になった報告が、一点だけあった。
「魔法の研究部に成果がありっと。センパイが喜びそうですね」
喜ぶセンパイの姿を想像して、つい笑ってしまう。
「早く帰ってこないかなー」
なんてことを呟きつつ、書類仕事に戻るわたしなのだった。






