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百五十四話 砂ミミズ肉と交渉と

 俺とパルベラとファミリス、そしてアンビトースの騎乗兵たちは、ゲルのようなテントの中で歓待を受けることとなった。

 テントの中では、全員が小さい木箱のような椅子に座っての車座になるわけだけど、俺たちはお客様席――いわゆる上座に近い場所に座ることになった。

 先ほど仕留めて持ってきた巨大な砂ミミズが解体された、その肉を使用した料理がやってきた。

 焼かれた赤身の肉に、半透明な薄緑のゼリーのような植物が入った、汁気のある大皿料理。肉自体は、ミミズの肉とあらかじめ知らなければ、牛肉と勘違いしそうな見た目をしている。植物の方は砂漠に生えるものと考えると、恐らくサボテンのような植物だろうな。そして砂漠で植物は貴重だからだろうか、肉の量が多くなっている。あとは、砂漠の通商路を経由して香辛料も手に入りやすいのか、スパイシーな匂いがしているな。

 中々に美味しそうだなとは思いつつも、砂ミミズの肉なんてゲテモノ、お姫様なパルベラは平気かな。

 そう心配になって見やると、意外なことに興味深そうな目を料理に向けている。

 そのことに驚いていると、俺の視線の意味に気付いた様子で、パルベラに微笑み返された。


「食べ物に貴賤はありませんよ。あるのは、美味しいかどうかなのです」

「そこは、毒のことも心配しようよ」

「神聖術を使えば、少量の毒は効かなくなります。そしてある種の毒は、料理を美味しくする調味料だったりするんですよ?」


 毒キノコの中には、その美味しさから、中毒患者を出すようなものがあると、前世のニュースで聞いたことはあるけどさ。

 ともあれ、騎士国の食事事情は色々と図太いらしい。

 そんな会話をしている間に、俺たちの前に料理を取り分けた皿と、石のように固いパンがいくつかやってきた。


「さあ、お客人。食すがよいぞ」


 最年長の砂漠の戦士の音頭を受けて、俺たちは食事を始めることにした。

 俺はさっそく、大きく切られた砂ミミズの肉を食べてみることにした。


「んむっ! 砂ミミズ、美味いな!」


 砂ミミズの肉の味は、牛のモモ肉にエビかカニの肉の風味を足したような、独特なもの。しかし風味は完璧に調和していて、嫌味なところは一切ない。

 そして肉の味を、料理に加えられたスパイスが引き立てている。なんのスパイスかまでは分からないけど、カレー粉の材料に入っているような気がする感じの香辛料だ。

 香辛料で舌がピリついたところで、サボテンらしき植物を食べる。独特な青臭さと水気が舌に残った味を洗い流し、次の一口を新鮮に感じ直すことができるようにしてくれた。

 その美味しさに、思わずパクパクと食べ進めていると、最年長の砂漠の戦士の大笑いがやってきた。


「はっはっはー! やはり、ミリモス王子は豪胆者ぞ。その妻と騎士国の者も、客分の礼と言うものを知っているようよな。どちらも水の民にしておくには、もったいないぞ!」


 変な賞賛のされ方だなと疑問に思い、俺は料理から目を上げて、周囲を見回す。

 俺とパルベラ、そしてファミリスが料理の美味しさに舌つづみを打っている。そんな中、アンビトースの騎乗兵たちは料理に手を付けようとしていなかった。

 

「どうしたんだ。美味いから食べてみなよ」

「……ミリモス王子。この肉の元の姿を知っていて、良く食べられますね」

「砂ミミズだから食べられないってこと? 俺としては、元がどうであっても、こうして肉になっちゃえば、食べ物にしか見えないけど?」


 疑問を告げた騎乗兵は、俺の言葉と、可憐な見た目のパルベラが料理を食べている姿に、意を決した様子で料理を口にした。その他の騎乗兵たちも、気乗りしない表情で料理を食べ始める。

 一度食べれば美味しさに夢中になるだろう、っていう俺の予想とは裏腹に、騎乗兵たちの顔は気乗りしないもののままだった。

 そのことを俺が残念に思っていると、最年長の砂漠の戦士が会話の向きを変える声を発し始めた。


「スポザート国のアナローギ。お主も相伴に預かるといいぞ」

「ええ、はい。有り難く頂戴いたします」


 俺の義兄であるドゥエレファが座る位置は、俺たちがいる場所とは反対側の、テントの出入口に近い場所。つまりは、下座だった。

 そして配膳された料理は、端肉らしき形が歪な肉と煮崩れてしまったサボテンに、乾燥しすぎて割れてしまっているパン。

 明らかに砂漠の民に歓迎されていないことが、ありありと伺える内容だ。

 少し可哀想だなとは思いつつも、俺の興味はどうしてドゥエレファが、俺たちに先んじてこの集落にいたのかということに移っていた。


「さて、ドゥエレファ殿。俺の戦勝の祝いに駆けつけたにしては、ここへの到着が早すぎるようだけど?」


 どんな用事でやってきたのかと言外に問いかけると、ドゥエレファはニコニコと笑顔で返答してきた。


「ミリモス王子が砂漠の民と戦うと知った時点で、ミリモス王子が勝利すると確信し、この集落を目指してやって参りました」

「お一人で、ですか?」

「いえいえ。この集落から少し離れた場所で、同行者は待機していてくれています」

「待機しているというより、砂漠の民に追い出されたんでしょ?」

「ええ、まあ、はい。手土産の量は良くとも質が悪いと言われ、大部分が追い返されまして」

「へえ。でも手土産なんて、俺たちだって持っていなかったけど?」


 疑問に思って最年長の砂漠の戦士に顔を向けると、必要ないと首を横に振ってきた。


「ミリモス王子は、我らに勝った強者ぞ。砂漠の民は、強者には敬意を払う。突如来ようと、いつでも客分として遇するぞ」

「スポザート国は戦いに敗けた弱者だから、集落を訪問する際には手土産が必須ってわけですね」


 そういう風習なのだろうと理解しつつも、砂漠の民に手土産を渡すのって難しいんじゃないかとも考えた。

 なにせ砂漠の民は、武器一つをオーダーメイドするときに数多くの注文をつけてくるような、こだわり気質がある。

 手土産だって、相手が気に入るものを厳選しないことには、受け取ってすらくれないだろう。


「ドゥエレファ殿が一人でいる理由はわかりました。それで?」

「それでとは、なんでしょう?」

「俺が勝つと予想して、ここに来たってことは、俺に話があるってことでしょ。特に、砂漠の通商路に関する話がね」

「いやはや、お見通しですか」


 お見通しもなにも、お互いの状況を考えたら、そう考えるのが自明の理ってやつだろうに。


「スポザート国は通商路に一枚噛みたいから、俺に口添えをしてくれってことだよね」

「ええ、はい。ミリモス王子の言葉であれば、砂漠の民もヴィシカ王子も、イヤとは言いませんでしょうから」

「砂漠の民は付き合いが短いから何とも言えないけど、ヴィシカ兄上が簡単に了承するとは思えないよ?」

「いえいえ。ヴィシカ王子から直接――『ミリモスの良いように』と返答を頂いておりますので」


 いつ貰ったんだよと疑問に思いつつ、ヴィシカならそう言っても変ではないとも思った。


「口添えすることは構わないけど、スポザート国は何をしてくれるつもりなのかを、先に教えてくれないかな。まさか、何も差し出さずに利益だけ寄こせなんて、言わないよね?」

「もちろん、こちらはお願いする立場ですから、厄介な部分を引き受ける気でいますとも」


 ドゥエレファが語ることによると、商隊の編成と運営、通商路で結ばれた国との折衝など、実働の部分の多くを請け負って良いという。

 どうやら、アンビトース地域の側は何もしないに等しく、それでいて通商路の利益の大半がやってくるという話らしい。

 そのあまりにもうま過ぎる話に、逆に俺は鼻白んでしまう。


「作業量を考えると、こちらの取り分が多すぎる気がするんですが?」

「いえいえ。ミリモス王子とアンビトース地域の兵の武勇がなければ、通商路の話は実現しませんでした。その武勇を借りるお代と考えていただければと」


 だから武勇のレンタル代として、通商路の利益の半分を渡しても惜しくはないと。

 一聞すると真っ当な主張だけど、俺はつい疑ってしまう。

 実働を取り仕切るということは、砂漠の通商路のノウハウを全て握るにも等しいということ。

 そうなると先々の未来で、スポザート国が蓄積したノウハウと通商路の実権を盾に、アンビトース地域に渡す利益を減じようと画策してくる可能性が生まれてしまう。

 ここは目先の利益に目をくらませずに、未来の騒動の種を潰しておく場面だろう。

 そしてドゥエレファに、ひいてはスポザート国に翻意を促すには、便利な言葉を俺は持っていた。


「この話。ソレリーナ姉上は御存じなのかな? 姉上の気性を考えると、この提案を認めるとは思えないんだけど?」


 ソレリーナは、スポザート国の役人に嫁いだとはいえ、彼の国でシンパを持つ敏腕執政者として活躍している。

 だから自国を発展させるために、色々な手を講じることに躊躇いはない。でも同時に、王者のプライドを持っている女性でもあった。

 そんなソレリーナの行動規範を考えると、自国の発展を一番に考えつつも、他国と共存共栄する方策を選ぶはずだ。

 だからこそ今の通商路の話のように、最初は一方的にスポザート国が損をして、最後にはアンビトース地域に損をさせるという方法は、ソレリーナなら取らないはずだった。

 そんな疑問点を突くと、ドゥエレファは苦笑を顔に浮かべる。


「この案は、国王が作成したものです。この案を聞いたソレリーナが予想したように、これほどの美味しい話にも関わらず、ミリモス王子は話に乗りませんでしたね」

「提供する労働力と受け取る報酬の均衡がとれていない話に飛びつくほど、俺は考えなしじゃないよ。仮に、案を作成したスポザート国王に悪意がなかったとしてもね」


 タダより怖いものはない、というのは前世でよく聞いた標語だしね。


「通商路に関する修正案を提案するよ。アンビトース地域からは、砂漠の民に勝ったという武勇と共に、通商路の実務に携わる者も出す」

「だから、取り分をさらに多くしろということですね」


 ドゥエレファが継いだ言葉に、俺は頷きで返答する。


「いやはや、これは困りました。国に戻って、上役と相談しないことには……」

「それは構わないけど、この機会を逃したら、窓口は俺からヴィシカ兄上に変更だから。いまの俺はアンビトース地域軍の指揮官だけど、指揮官の役目が終わったらロッチャ地域の領主に戻るんだから」

「ヴィシカ王子とは交渉が難しいから、この機会を作ったのですけどね」

「ヴィシカ兄上は、それぐらい言われるような難物じゃないと思うけど?」

「口数が少ない上に、表情の変化が乏しいので、考えていることが伺えずに交渉役泣かせなのですよ」


 なるほど。交渉事におけるヴィシカは、『沈黙は金』のタイプらしい。

 だから、俺のように口で交渉するタイプの方が交渉し易いから、こうして砂漠の民の集落で待ち伏せしたわけか。


「じゃあ、ここで交渉を纏めますか?」

「……いいえ。やはり一度国に戻り、ヴィシカ王子との協議を選ぶことにします」

「ここで話し合った内容を、俺はヴィシカ兄上に伝えますよ?」

「構いません。むしろ、ミリモス王子の考えが介在する分、いつもより交渉が捗るという期待もありますので」


 ドゥエレファは辛気臭い顔で溜息を一つ吐くと、砂漠の民に供された料理を詰め込むようにして食べ終え、一礼してテントから去っていった。恐らく、集落の外にいるという同行者と合流し、スポザート国に帰るんだろうな。

 さてさて、厄介な交渉が片付いたと気を楽にする。


「料理も途中だったな。味わって食べようっと」


 俺は砂ミミズの肉を食べ、その唯一無二の味に舌鼓を打ちなおしたのだった。


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