百五十三話 戦い終わって
戦いに勝ったことで、アンビトース地域が砂漠の通商路の利権を握ることがきまった。
俺も、指揮官に任命してくれたヴィシカの面目を潰さずに済んだし、賭けの対象になっていたパルベラをあちらに渡さずに済んで、一安心だ。
アンビトースの騎乗兵たちだって、勝利と通商路の利権を手にして、大喜びしている。
「最後の罠すら見抜くなんて、流石はミリモス王子だ!」
「ダテに『小国落としのミリモス』じゃない!」
なんか、新しい変な仇名をつけられていた。
今のうちに訂正して、仇名を広めないようにしなければ。
そう考えて騎乗兵の一人に声をかけようとしたところで、別方向から俺を呼ぶ声がやってきた。
「ミリモス王子。武勇を上回れたうえ、我らの全ての策を見破られては、完敗と認めるしかないぞ」
やってきたのは、砂漠に隠れていた指揮官こと、最年長の砂漠の戦士だった。
顔が砂のついた豊かな髭で覆われている所為で表情は分かりにくいのだけど、俺に賛辞を送ってくれているようだった。
「最後のハメ手は、うっかりしたら負けてましたよ」
「ふむっ。卑怯となじるでなく、戦法として評価するかよ」
最年長の砂漠の戦士は俺の返答が面白かったかのように、髭越しにもわかるほど、口元を笑みの形にした。そして質問してくる。
「では、どうして『うっかり』しなかったか、お教え願えるかよ?」
「いくつか理由はありますけど、一番大きいのは、審判の目を誤魔化せてなかったことですかね」
「隠れてからずっと誰かに見れれている気がしていたが、我ら砂漠の民の隠れ身を使っても、騎士国の騎士の目は誤魔化せぬということかよ」
「騎士国は騎士国で、並大抵じゃない隠れ身の方法がありますから、鍛えられているんでしょうね」
騎士国の黒騎士が使う、隠れ身の神聖術。気配を周囲の石木と同程度まで希薄にすることで、視認されても意識されないという技。
それに比べたら、砂色の布を被って目を誤魔化すだけの砂漠の戦士の隠れ方は、気配がちゃんとある分だけ優しいんだろうな。
そう思い至って、俺は少し面白くなくなった。
ファミリスが最年長の砂漠の戦士を気配で確認できていたのなら、俺も同じことが出来ても不思議じゃない。そして、気配察知ができていれば、今回の戦いはもっと楽に決着がつけられたはずだ。
これは、ファミリスに気配の探り方を教えてもらうよう、お願いしなければならないな。
「訓練強度が上がるから、本当は嫌だけど」
「? どうかしたかよ?」
「もっと自分を鍛えた方がいいんだろうなと、そう思っただけです」
不思議そうにしている砂漠の戦士に、返答を誤魔化してから、取り決めを念押しすることにした。
「じゃあ、俺たちの勝ちなので、砂漠の通商路の利権は握らせてもらいますよ」
「うむ。異論はない。通商路の仕切り、アンビトースに任せるぞ。それだけでなく、お主にやる気をださせるよう、こちらが無礼にもお主の妻を懸けさせた分の謝罪として、一つ要求を出してくれてよいぞ」
パルベラの件は、やる気を出させるための方便という部分を聞いて、俺は最年長の砂漠の戦士へ半目を向ける。
「砂漠の民は家族思い。だから、家族をなじられたら激昂して本気で戦うようになるから、そうしたと?」
「うむっ。水の多い最北部はともかく、それ以南の砂漠では、武勇なくして旅はできぬ。だからこそ、通商路を取り仕切ろうという者の力量を把握する必要があったため、苦肉の策というやつぞ」
「妻を賭けの対象にされたからには、それに相応しい払い戻しをしてくれると?」
「うむっ。我が孫娘の一人を差し出すことも、やぶさかではないぞ」
既にパルベラという妻がいるし、秘書兼恋人のホネスが二番目の妻に内定している。
正直、新しい妻をもらっても持て余す予感しかない。
なので俺は最年長の砂漠の戦士の申し出は、彼が家族を差し出すぐらいに、なんでも要求を聞くという意思表示だと受け取ることにした。
「じゃあ、貴方の集落にお邪魔させていただけませんか?」
「我が部族を見てみたいと。どうしてかよ?」
「真の砂漠の民の暮らしがどういうものか、ちょっと興味がありまして」
水がない砂漠でどうやって暮らしているのか、本当に興味がある。
それに、砂漠の民の集落の一つに繋がりを持てれば、他の砂漠の民の集落に繋がりが続くかもしれない。そうなったら、砂漠の民が秘匿している魔法を、俺が学び取る機会が得られる可能性が上がる。
そして秘匿魔法は帝国が持っていない魔法だ。その魔法を発展させれば、対帝国の切り札と化ける可能性が十分に期待できる。
そんな思惑含みでの提案は、最年長の砂漠の戦士に受け入れられた。
「よいぞ。真なる強者として、お主らを我が集落に迎え入れるぞ」
最年長の砂漠の戦士は、他の砂漠の戦士たちに今までの内容を伝えると、さっそく俺たちを先導して砂漠をカミューホーホーで移動し始めたのだった。
砂漠の移動は滞りなく進んだ。
途中、砂の中から大木のような胴の太さを持つ砂ミミズの魔物が現れてヒヤッとさせられたが、砂漠の戦士たちは手慣れた調子で仕留めてしまった。
「はっはっはー。このような大物が、歴戦の戦士たちが集う目の前に現れるとはよ。ミリモス王子はツキがあるようぞ。これで宴会に、さらなる華が添えられるぞ!」
「もしかして、その砂ミミズを食べるのですか?」
「おう、肉汁と水分たっぷりで美味しいぞ」
悪気なく言ってくる砂漠の戦士に、俺は申し出を受けるべきか悩む。
でも、ちゃんとした食べ物のようだし、砂漠の中では御馳走って言いたげだし、ここは受け入れるべきだろうな。
俺は顔が引きつらないように気を付けながら、ニッコリと笑みを作った。
「楽しみにしてます」
「はっはっはー。スポザート国の連中と違い、ミリモス王子はこちらの文化に理解をしてくれる。それだけでも、知己を得られたことに感謝ぞ」
仕留めた砂ミミズを縄で引っ張りつつ、旅路は続く。
やがて、砂の丘に隠れるようにして立っている、砂色の布で作られたテントの群れが見えてきた。
よくよく見ると、テントというより、前世のモンゴル特集で見たゲルに近い形をしているな。
「ミリモス王子。あれが我が集落ぞ。大きいであるよな」
自慢げに語る砂漠の戦士に、俺は首を傾げるそうになったのを寸前で止めた。
テントの大きさと数から人数を類推するに、百を超えるか超えないかというぐらいだろう。どれだけ多く見積もっても、ロッチャ地域にある村に住む人数と比べても、圧倒的に少ないのは間違いない。
そんな集落を指して『大きい』といった意味は、砂漠にある集落の中では最大級なのだと理解したからだ。
俺は何と返事をすればいいか迷いながら、誤魔化し笑顔で場を流そうとする。
そのとき、進む先にある集落は初めて訪れるはずなのに、見知った顔がいることに気付いた。
向こう側も俺の姿を見つけたようで、砂を踏みつけるようにして、こちらに近寄ってきた。
「ようやくのお越し、お待ちしてましたよ、ミリモス王子」
人好きのする笑顔を讃えながら両腕を広げて歓迎の意を閉めて居ていたのは、長姉ソレリーナの夫であり、スポザート国の役人でもある、ドゥエレファ・アナローギだった。






