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百五十二話 砂漠の戦い・決着

 俺が逃げ、砂漠の戦士たちが追い、アンビトースの騎乗兵たちが救援にくる。

 その中で、俺には砂漠の戦士たちからの魔法が次々と飛んで来て、砂漠の戦士たちはアンビトースの騎乗兵を足止めするべく人員を割き、アンビトースの騎乗兵は俺の近くに行こうと足止めにくる砂漠の戦士を打ち倒していく。

 俺を追う砂漠の戦士たちが足止めのために一人減り二人減り、足止めを退けたアンビトースの騎乗兵たちが援護に来る数が一人増え二人増えてくる。

 俺と乗騎のカミューホーホーは、俺が使っている人馬一体の神聖術の効果で、飛来してくる魔法に対する抵抗が上がっているため、無傷で逃げ続ける。

 そうした展開が固定された戦場が続き、やがて俺を追っている砂漠の戦士たちの数が十人未満になり、アンビトースの騎乗兵のほぼ全員が援護に駆けつけようとしてくれる状況になった。


「ここまで来れば逆転は難しい。一気に決めちゃおうか」


 俺は剣を掲げて合図しながら、カミューホーホーを反転させて、自分から砂漠の戦士たちへ特攻をしかけることにした。

 逃げ続けていた俺が、一気に反転攻勢に出たことで、砂漠の戦士たちは面食らっているようだった。

 しかし流石は砂漠の魔物を日夜相手にする戦士たちだ。混乱は、一時的なものだった。


「獲物が向こうからやってくるのは好都合ぞい!」

「奴ばらを倒せば、それでオイらの勝ちぞな!」


 俺と彼らとの衝突まで魔法の詠唱が終わらないと見切ったのか、砂漠の戦士たちは魔法の詠唱を止めると、独特な雄叫びを上げながら武器を掲げて詰め寄ってきた。

 

「うるるるるるるるー!」

「るるららららららー!」


 俺は見る。砂漠の戦士たちの武器の構え方、そして彼らが操るカミューホーホーの動きを。

 そして察知する。俺に一撃を入れるのではなく、俺が乗るカミューホーホーを傷つけたり体当たりすることで転倒させようとしていると。


「それなら!」


 俺は手綱を引きながら、鐙でカミューホーホーの腹を軽く蹴って合図。同時に、人馬一体の神聖術の出力を上げた。


「キュケーケケー!」


 指示を受けたカミューホーホーは一鳴きすると、軽く身を屈ませてから、二つの足で力強く地面を蹴り、上空へと飛び上がった。

 人馬一体の神聖術の効果で増した脚力による跳躍は、砂漠の戦士たちの頭の上を悠々と飛び越すほどの大跳躍となった。

 ダチョウに似た翼を広げて空中でバランスをとる姿は、下を通過しながら間抜け面を晒す砂漠の戦士たちには、どう映っただろうか。

 そんな益体もないことを考察しながら、滑空の後に着地。即座に反転して、砂漠の戦士たちを後方から追撃する。


「カミューホーホーが空を飛んだぞな!」

「くそぅ。水の民のカミューホーホーに、そんな特技があるとは!」


 砂漠の戦士たちは意味を失った突撃の足を緩めて、緩やかに弧を描く軌道で反転しようとしている。

 騎馬兵の弱点は、後方と側面。それはカミューホーホーに乗るときも同じ。

 こちらに横腹を晒すように逃げる砂漠の戦士は、突撃を敢行している俺から見れば、容易い獲物も同然だった。


「行くよ!」

「キュケー!」


 乗騎のカミューホーホーに命じて、砂漠の戦士たちへ突っ込ませた。

 体当たりで一人を吹き飛ばし、剣の側面で顔を叩いて一人をカミューホーホーから落下させる。

 隊列を突き抜けた俺に対し、今度は砂漠の戦士たちが追撃の体勢に入る。


「逃げられぬよう囲むぞい!」

「今度は頭の上も注意するぞな!」

 

 砂漠の戦士たちの警戒っぷりから、さっきのように頭上を跳び越えるのは難しいかもしれない。


「だけど、その手を使う必要がもうないんだけどね」


 俺はカミューホーホーの軌道を変え、右斜めへ向かって走らさせる。

 後方の砂漠の戦士たちも、俺を追ってついてきた。

 そんな俺たちの進行方向に、人だかりが見えてくる。

 砂漠の戦士たちの足止めを跳ねのけて援護に来てくれた、アンビトースの騎乗兵たちが三十人集合してくれていた。


「ミリモス王子を助けるぞ!」

「相手の数は、五人ほど! 打ち取るのは容易い!」


 うわあっと咆哮を上げながら、アンビトースの騎乗兵が突っ込んでくる。ご丁寧に、俺が通れるように真ん中の空間を空けてくれている。

 好意に感謝しながら、俺はその空間に飛び込み、そのままアンビトースの騎乗兵たちとすれ違った。

 その直後、後方から武器と武器が勝ちあう音が始まる。

 少しカミューホーホーの足を緩めながら確認すると、数に勝るアンビトースの騎乗兵が十未満の砂漠の戦士たちを圧倒する、殲滅戦の様相となっていた。



 俺を追ってきていた砂漠の戦士たちは倒された。

 双方、多少の怪我は負っているものの、命に係わる怪我がある人はいなさそうだ。

 そのことに安堵しながら周囲を見回す。

 広範囲に散らばっている戦場では、大方の砂漠の戦士たちはカミューホーホーから落ちていて、アンビトースの騎乗兵も何人かが撃破されているようだった。


「でも、生き残っている砂漠の戦士の数は少ないから、勝ったも同然かな」


 この独り言は、気を抜いたから出たわけではなく、事実確認のため。

 事実、砂漠の戦士の側で建材なのは、足止めとして広い戦場に一人ずつ散らばった数人だけ。その数だって、現在進行形で減り続けている。

 ここから起死回生の一手を打つとしたら、騎士国の神聖術や帝国の魔導具のような、圧倒的な切り札が必要だ。

 でも、そんな切り札を持っているのなら、ここまで劣勢になる前に使っているはずだよな。

 あり得ないとは思いつつも、警戒だけは続けながら、待つこと三分ほど。

 とうとう俺の目で見ることができる、砂漠の戦士の最後の一人が、カミューホーホーから突き落とされた。


「これで、アンビトース地域が砂漠の通商路を主導することができますね」


 アンビトースの騎乗兵の一人が明るく言った言葉に、俺は疑問を覚えた。


「いや、そう判断するのはまだ早いんじゃないかな。だってこの戦いは、指揮官が打ち取られるまで続くんだよ」

「それはその通りですが、もう砂漠の民でカミューホーホーに乗っている者はいません。指揮官だって打ち取られていると、考えていいのでは?」

「普通に考えればその通りなんだけどさ。ここで勝ったと安心すると、罠にハマる気がしてならないんだよなぁ」


 俺がついそう考えてしまうのには、訳がある。

 この戦いの審判役を買って出てくれたファミリスが、全高が高いネロテオラに乗りながら、戦場の様子を見続けているのだ。

 その態度は、まるでまだ戦いが終わっていないと語っているようだった。


「いつものファミリスなら、戦いが終わったら即座に、どちらが勝ちかを宣言しているはずなんだよ」

「そういえば……」


 いまだに勝者通告がないことに、俺の周囲にいるアンビトースの騎乗兵たちも訝しみ始めた。

 しかし他の騎乗兵――足止めを受けて遠くにいる人たちは、戦いに勝ったと確信している顔つきで、トロトロとこちらに近寄ろうとしている。中には、カミューホーホーから降りて、地面に腰を下ろして休む人もいた。

 そして俺は見逃さなかった。ファミリスの顔の向きが、地面に下りた騎乗兵に一瞬だけ向いたことを。


「なるほど。カミューホーホーから地面に下りたら、撃破判定になるんだった」

「? それは、ご存知では?」

「逆に言えば、カミューホーホーの上にいれば、撃破判定にはならないってことでもあるよね」


 騎乗兵は、俺の言いたいことが分からない様子だ。

 それならと、俺が見抜いた砂漠の戦士たちの悪賢い戦法を、彼に語って聞かせることにした。


「あの最年長の砂漠の戦士が影武者と入れ替わったのは、こちらを罠にハメて戦いを有利に運ぼうとしたためだった。けど、もう一つの思惑があったんだ。指揮官が隠れることで、こちらが勝利条件を満たすことを遅らせるため」

「それは確かに。確認できる砂漠の戦士の最後の一人まで倒しても、いまだに我々は勝利を告げられていませんからね」

「そしていまだに指揮官が隠れているのは、俺たちの『頓死』――こちらが失策して発動する起死回生のハメ手が存在しているからだよ」

「その頓死とは?」

「考えてみて。ここで俺が、砂漠の戦士を全員倒したから勝ったと気を抜いて、カミューホーホーから降りたら、どうなる?」

「――あッ!?」

「分かったようだね。そう、カミューホーホーから地面に下りた者は撃破とみなされる。そして指揮官である俺が撃破判定を食らったら、その時点で相手側の勝利になるわけだ」


 勝利一歩手前で、自分の行動一つで勝敗がひっくり返る。

 まさに、頓死だな。


「じゃ、じゃあ。砂漠の戦士の指揮官は、どこかに隠れて、そのときをじっと待っていると?」

「そう考えれば、ファミリスが勝利通告をしてこないことに理屈がつくんだよ」

「ですが、こんな開けた砂漠で隠れられる場所なんて、そうありませんよ」


 開けているといっても、小さな砂丘ぐらいならある。その裏に隠れれば、こちらからは見ることができないだろう。

 しかし、このハメ手を成立させるために、その程度の優しい隠れ方はしていないはずだ。

 ではどこに隠れているかだけど、そのヒントは既に入手している。


「俺たちがこの戦場に着たとき、砂漠の戦士たちはまだ来ていないと誤解したよね。それはどうして?」

「それは、連中が砂色の布を被って地面に潜んでいたからで――ああッ!?」


 会話相手を務めてくれていた騎乗兵も、相手の隠れ場所――というより隠れ方が分かったようだ。

 恐らく敵指揮官は、カミューホーホーに乗ったまま砂色の布を被り、砂漠と一体化するようにして隠れているはずだ。


「問題は、この広い戦場のどこに隠れているか、なんだよなぁ」


 打ち取った砂漠の戦士に聞いたところで、素直に喋ってくれるとは思えない。

 ファミリスなら位置を把握してそうだけど、戦いの公平さを保つために教えてくれるはずもない。

 さてどうしようかと悩んでいると、騎乗兵が『なんてことはない』と言った風に告げてきた。


「我々が一列になって戦場の端から端まで歩けば、カミューホーホーが踏みつけて見つけることができるでしょう」

「そんな時間がかかる方法は嫌だな」

「我らも嫌ですよ。だからまずは、そうならないための方法をやってみましょう」


 その方法が思いつかないんだけどと半目を向けると、騎乗兵は「見ててください」と自信ありげにする。

 なにをする気だろうかと見守っていると、騎乗兵は他の騎乗兵と内緒話をした後で、急に大声を上げ始めた。


「およよー! ミリモス王子が、地面に下りたぞよー!」

「勝ちよな! 我ら砂漠の民の、勝ちよなー!」

「水の民、間抜けー! 間抜けー!」


 多分、砂漠の民の口調を真似した偽報を大声でばら撒いて、隠れている砂漠の戦士の指揮官をおびき出そうとしているんだろうな。

 一見すると間抜けだけど、考えてみると悪い手ではないかもしれない。


 敵指揮官は布を被って隠れているため、その場から下手に動けない。そのため、戦場を自由に見回すことも難しい。

 だからこそ、戦場の情報を集める頼りは、自然と音だけになってしまう。

 では、音だけの情報で今の状況を考えてみるよう。

 戦いの音が止み、カミューホーホーが駆ける音も静まっていることから、戦いが終息したと分かる。

 そこに、砂漠の民らしき声が「ミリモス王子が地面に下りた」と「戦いに勝った」と告げてきた。

 こちらがハメ手を察知したと知らない指揮官は、ハメ手が成功したと勘違いしてしまう。

 そして決着がついたからには隠れ続ける必要はないと、姿を現す。


 こちらに都合の良い展開を想定しての考えなので、可能性としてはなくはないといった具合だろう。

 俺の隣で大声を上げる騎乗兵も、その表情から察するに、上手くいけば儲けものと考えている様子だ。

 失敗したところで、ローラー作戦を実行すればいいだけだしな。


「手間がかかるから、できれば出てきて欲しいんだけどなぁ」


 そんな俺の呟きが最後の一押しになったはずはないのだけど、戦場の一画にある地面が急に隆起した。

 騎乗兵たちと同時に顔を向けると、上に被っていた砂色の布を払って、カミューホーホーに乗った状態の最年長の砂漠の戦士が地面から出てきた。

 彼は勝ち誇った顔で周囲を見て、アンビトースの騎乗兵の多くが健在であること、俺がカミューホーホーに乗ったままでいることを理解したようで、すぐに諦めきった表情に変わった。

 そして誰も何も言わないうちに、自分からカミューホーホーから降りた。

 その瞬間、ファミリスが大声で勝者を告げた。


「決着です。勝者、ミリモス王子とアンビトースの騎乗兵!」

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― 新着の感想 ―
[一言] サッカーで中東連中の時間稼ぎ作戦といい、生きるのが厳しい土地だからこそこすっからいというか、人を騙してでもって精神が染みついてんだろうな。
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