百五十一話 砂漠の戦い・終盤へ
こちらが部隊を数騎ずつの小隊へ分けて散開させると、砂漠の戦士たちはすぐに反応した。
小隊一つに一人の戦士を向かわせ、その他の三十人ほどが俺に向かって突き進んでくる。
「さてさて。無茶させるけど、頑張ってくれよ」
「キュケーキュケ!」
俺は乗騎のカミューホーホーを軽く撫でながらお願いをすると、了解とばかりに返事がやってきた。
そのことが面白く感じて、戦場にいるにもかかわらず、ついつい笑ってしまった。
「ははっ。散開した仲間たちが、敵指揮官を見つけるまでだから、長丁場を覚悟しててよ」
「キュケキュケケ!」
分かっていると言いたげな返事に、俺は頼もしさを感じた。
そんな緊張感のないことをやっていたからだろうか、砂漠の戦士たちの姿はすぐ後ろまで迫っていた。
そして距離がこれだけ近いと、すでに魔法の射程距離だ。
「塵は砂に。砂は砂煙へ。旅人の目を隠す戯曲。ダンツァ・サヴィア」
砂漠の戦士の一人が魔法を放ってきた。軽く振り返って確認すると、砂塵を起こす魔法だった。
砂でこちらの目を潰す気だな。目に砂が入れば、目の異物感に気を取られるぶんだけ、戦闘の対処が疎かになるから、良い手ではあるな。
しかし、実際の砂塵ではなく、魔法の砂塵だ。
そして魔法なら、神聖術で防ぐことが出来る。
俺は乗騎のカミューホーホーに声をかけた。
「やるよ――人馬一体の神聖術!」
俺は自分自身に神聖術を発動させると、体の細胞から湧き上がる温かい力のようなものを、カミューホーホーへ注いでいく。そしてカミューホーホーの内臓まで、その力が浸透した瞬間、カミューホーホーに神聖術が発現して脚力が倍増した。
カミューホーホーに行うのは初めてだったけど、馬と同じ方法で成功してよかった。
そう安堵するのも束の間、俺とカミューホーホーは魔法の砂塵に飲み込まれる。
展開した神聖術のお陰で、砂粒が体や頬に当たる感触が少しあるだけで、砂による目つぶしは食らわずに済んだ。
そのままカミューホーホーを駆け続けさせ、砂塵から脱出。
後ろに気配を感じて振り返ると、砂塵を迂回するようにして、砂漠の戦士五人が全速力を出して俺に追いすがってきている。いや、彼らの驚いたような顔を見るに、どうやら俺が砂塵にまかれている間に進行先へ回り込み、前後で挟み撃ちにするつもりだったようだな。
ところが、俺が人馬一体の神聖術を発動し、カミューホーホーの脚力を倍増させたことで、意図せず彼らの目論見を破たんさせてしまったらしい。
「ふむっ。五人か……」
人馬一体の神聖術を使っている今なら、五人ぐらい蹴散らすことはできなくはないだろう。
けど、この戦いの勝敗は、指揮官が打ち取られたら決まる。そして、撃破判定はカミューホーホーから落ちてでも受けてしまう。
馬ほどには乗り慣れてないカミューホーホーで無茶をして、うっかり落ちてしまっては台無しだよな。
「なら――」
俺は片手の神聖術を解いてから、迫る五人の砂漠の戦士へその手を向ける。
「――火種が火に、火は炎に、炎を球形へ。烈火の殻を纏い、内に破裂の風を孕み、飛べよ火球。エウスタウ・スペレリカ!」
神聖術と魔法の同時使用。俺は日々の執務の合間にやってきた密かな練習の果てに、ついにできるようになった。
とはいえ、欠点はなくはない。
神聖術を解いた片手は通常の膂力に戻ってしまうし、魔力だって片手分の物しか使えないので魔法の威力が落ちてしまう。
つまりは、この状態で使用する魔法は、牽制やこけおどし程度にしかならないってこと。
だけど、いまこの戦場――相手の殺傷を極力戒めている場では、逆に魔法の低威力化が有利に働く。
俺が今使った火球の魔法は、本来なら石の外壁にヒビを入れるぐらいの威力がある。それを人に向かって使用したら、致命傷を与えかねない。
しかし俺がいま放った火球は、砂漠の戦士の一人に直撃したにもかかわらず、カミューホーホーの上から落とすぐらいの威力しかない。まあ、ちょっと服はコゲてはいるようだけど、命に支障がない程度に弱体化している。
つまり、俺は自分が使えるどんな魔法も、神聖術と魔法の同時使用状態で使うのなら、遠慮なくバンバン撃てるということだ。
「ぐあああああ!」
俺の魔法を食らって、叫びながら砂漠へ落ちる砂漠の戦士。
ゴロゴロと転がる彼を、後続の四人が乗るカミューホーホーたちが大股で跳び越え、さらに俺を追ってくる。さらにその後ろに二十五人の砂漠の戦士たちが、魔法の砂塵を突き抜けて現れ、彼らもまた俺を追ってくる。
さて、次はどんな魔法で、彼らをカミューホーホーの上から落とそうか。
そんなことを考えていたところで、周囲の変化を俺は察知した。
その変化とは、俺の状況を悪くするものではなく、むしろ良くする類のものだった。
「ミリモス王子を救出するぞ!」
「砂漠の戦士たちを打ち倒せ!」
アンビトースの騎乗兵の小隊が二つ、俺を追ってくる砂漠の戦士たちへ突撃を試みている。
足止め役の砂漠の戦士を早々に打ち破って、俺の援護に駆けつけてくれたようだ。
さらに周囲を見ると、足止めされている小隊のいくつかから一人の騎乗兵が抜け出し、抜け出した騎乗兵たちで新たな小隊を作り、こちらに駆けつけようとしてくれる者たちもいる。
時間が経つほど、こちらが有利になる状況に、俺は思わずほくそ笑んでしまう。
しかし砂漠の戦士たちが、黙って状況を受け入れるはずはなかった。
「食い止めにいくぞな!」
「オレもぞ!」
俺を追う砂漠の戦士たちから五人が抜け出し、突撃してくるアンビトースの騎乗兵に足止めを行う。
これで、俺を追ってくる砂漠の戦士たちの人数は、さらに少なくなった。
そして時間を置けば置くほど、アンビトースの騎乗兵が足止めを打ち破って、俺の援護にやってくることだろう。
「ってことは、俺は適当に魔法を撃ちながら、戦闘を引き延ばしするだけでいいな」
この戦いはアンビトース地域のための戦いだ。ロッチャ地域の領主である俺だけの活躍で勝つよりも、アンビトースの騎乗兵を活躍させて勝利するべきだろう。
そんなことを考えながら、背後にいる砂漠の戦士たちへ向けて、魔法の準備に入るのだった。