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百五十話 砂漠の戦い・戦術選択

 戦闘開始して、砂漠の戦士たちは影武者という罠をしかけてきた。

 いきなりの搦め手に虚を突かれた形になってしまったことで、こちらの味方にまだ動揺が見られる。

 ここで俺は、あえて新たな目標を設定することで、味方の混乱を抑えて士気を戻そうと試みることにした。


「敵は広く散開している。こちらがまとまって当たれば、各個撃破していくことができる! まずは、進行方向の左にいる一人を狙うよ!」

「「はっ!」」


 俺の号令を受けて、騎乗兵たちは訓練で培った動きを発揮した。

 カミューホーホーを含めた味方全体が、まるで一つの生き物のように動き、狙った砂漠の戦士の一人へと突き進む。


「―――を火に―――火の群れ。フオコ・マンドラ」


 砂漠の風に乗ってやってきた、魔法の呪文が耳に入る。味方の息遣いやカミューホーホーの足音で、聞こえる声は断片的だ。

 それでも、どんな魔法が来るかは、呪文の系統で理解ができる。


「小さな火の群れが、またやってくる! 備えるんだ!」


 俺の声に周囲の騎乗兵が反応し、盾を用いた防御形態へ移行する。もちろん、突進する足は止めないままに。

 こちらの準備が終わってから数秒後、標的にした砂漠の戦士から、マッチの火のような小さい火が十個一まとまりでやってきた。

 小さい火の群れは、周囲の騎乗兵の盾や革鎧、そしてカミューホーホーの体毛に当たり、バチバチと小さな破裂音を立てながら残らず消えてしまう。

 そんな小さい抵抗を受けつつも、俺たちは突撃を続け、やがて砂漠の戦士へとたどり着く。


「先頭! 突き落せ!」

「仰せの通りに!」


 命令に反応した先頭を走る騎乗兵が、槍の石突きで砂漠の戦士を強く突いてカミューホーホーの背から地面へと落とす。

 これで二人目の敵が、戦力外となった。


「さあ、次々に倒していくよ!」


 好調な滑り出しに俺が調子よく号令を発した瞬間、後方に位置する騎乗兵から警告が飛んできた。


「攻撃用の魔法が飛来! 砦を破壊するための魔法に見えます!」


 慌てた様子の声に俺が後ろを振り向くと、一抱えほどの太さがある全長一メートルの茶色い石柱のようなものが、こちらに飛んできていた。それが三本も!


「カミューホーホーの足を止めるな! 右斜めへ軌道を変えれば、アレには当たらない!」


 俺の咄嗟の指示の通りに騎乗兵たちが一丸となって動くと、後方と左横の地面に飛来してきた石柱らしきものが着弾した。

 よくよく観察してみると、石柱に見えたそれは、固めた砂でできているようで、地面に当たった直後からサラサラと崩れ始めている。砂柱が飛来してきた方向を辿ると、砂漠の戦士が三人肩を寄せ合っている。あの人たちが、魔法を放った張本人だろう。


「それにしても、なんだあの魔法。ノネッテ本国に住んでいたとき、俺は色々と魔法を覚えたはずなのに、あの砂の柱の魔法は知らないんだけど」


 知らない魔法を使っている人がいる。それも相手は、魔法の最先端を行く帝国ではなく、言い方は悪いけど未開の砂の大地に住む民がだ。

 なんだか、ちょっと負けた気になっていると、俺の隣を走る騎乗兵から苦笑い含みの声がやってきた。


「砂漠の民が内々に秘匿しながら代々継承してきた、そんな魔法なのでしょう。ミリモス王子が知らなくても、仕方がないかと」


 仕方がないといえば仕方がないけど、知らない魔法を使ってくるとなると、相手の戦法が読めなくなっちゃんだよなぁ。

 ああでも。見方を変えると、彼らのような秘匿魔法を持っている部族が、大陸の中で人知れず暮らしている可能性があるってことでもあるな。そして秘匿魔法は、恐らく帝国も知らない魔法であるはず。

 もしかしたら、この秘匿された魔法こそが、帝国の牙城を崩す蟻の一穴になるのかもしれない。


「これで、負けられない理由が一つ増えたな」


 勝って、砂漠の戦士たちから秘匿魔法を教えてもらわなければいけないな。

 そんな決意を密かにしていると、周囲の仲間から次々に警告がやってきた。


「左前方! こちらを挑発するような砂漠の戦士の姿!」

「後方の敵三騎! こちらを追い立てるように、今度は威力の弱い魔法を連射してきています!」

「少し離れた位置に、敵が集結しつつあり! こちらの側面を突く目論見の可能性が大!」


 囮を前方に置き、後方の人員が追い立て、その他が一丸となって必殺の一撃を狙う。

 その戦法が何を意味するか理解して、俺は思わず舌打ちする。


「チッ。大物を狩るときと同じやり方じゃないか」


 ノネッテ本国で兵士として訓練した際、大型の野生動物を獲る実習のときにやった手だ。

 相手が草食獣の場合、後ろから追い立てて逃げ道を限定させ、その逃げる先に弓矢持ちを配置したり罠を置いておく。肉食獣なら、逃げ足の速い囮役を駆け回らせ、囲んで戦える位置まで誘導する。

 その両方のいいとこどりの戦い方を、砂漠の戦士たちは俺たちに向かってやっているのだ。


「つまり、連中は我々のことを、砂漠にいる巨大な魔物と想定して戦っているわけですね」


 俺の声を拾った隣の騎乗兵からの問いかけに、俺は頷く。


「砂漠の戦士たちの本業は、砂漠の魔物を狩ることだ。手慣れた戦法を流用することは、合理的な判断だよ。一塊になっているこちらは、砂上で蠢く巨大な砂虫のようだと考えられないこともないしね」


 五十騎という数はあっても、指揮官は一人。そして指揮官を仕留めれば、その時点で戦いは勝ちになる。

 だから五十騎の塊を魔物の砂虫と見立てるなら、差し詰め俺は急所の心臓といったところだろうな。


「では、どうします。このまま、同じ戦法を続けていたのでは」

「敵の術中にハマり続けることと同じってことは、分かっているんだけどね」


 対応する策はある。

 それは、数騎ずつに分かれての分散攻撃だ。

 分散して戦えば、敵側に戦法の変更を迫ることができるし、上手くやれば味方が三に対して広く展開する敵が一という有利な状況を戦場で作り出すこともできる。

 ただし問題は、こちら側の分散攻撃の練度と、敵側の対応力。


 練度に関しては、騎乗兵たちに行わせた訓練の中で似たことはやらせたことがある。

 元の分散攻撃の訓練目的は、夜襲などで敵の駐屯地を襲う際に、素早くかつ広範囲に敵に被害を与えるためだった。陣地内での突発戦闘も想定しながらの練習だったので、数騎ずつに分かれての連携も問題はないはずだ。


 敵側の対応力に関しては、これは予想することしかできない。

 こちらが分散攻撃を選択した際、砂漠の戦士たちはどう動くだろうか。

 こちらと同じく数騎ずつにまとまっての戦いを選ぶだろうか。いや、一かたまりで動くこちらに対し、初手に影武者を使い、次手に囮と追い立てを用いる狩人戦法を使っていることを考えると、戦術書にあるような『真っ当』な戦い方はしてこないはずだ。

 となると、戦い慣れてはいても素人臭い戦法――狩人っぽい選択をしてくると考えた方が自然だろうな。


「狩人なら、散って逃げる群れ全体を狙うより、確実に取れる獲物を集中して狙うことを選ぶはずだ」


 この戦場に転写して考えるなら、敵側が狙いたいと考える獲物は、打ち取れば勝利となる俺一人。

 なら、こちらが分散攻撃を選択したら、集団から露出した俺を砂漠の戦士たちは一丸となって狙ってくるはずだ。そこを逆襲できれば、こちらの勝ち目が濃くなるだろう。


「……最大で一対五十――いや四十八騎で、どれだけの時間、逃げ続けることができるかだな」


 俺は素早く戦法を纏めると、自分の周囲にいる騎乗兵たちに指示を伝える。彼らが、分散した際に各小隊を指揮する中核とするためだ。

 打ち取られれば終わりの俺自身が囮となるような戦法が受け入れられるか心配だったが、騎乗兵たちはすんなりと受け入れた。


「騎士国の騎士様に薫陶を受けたミリモス王子なら、砂漠の戦士たちが五十人相手でも逃げ切ることは楽勝でしょうよ」

「あまりにはしゃぎ過ぎて、カミューホーホーから落ちないかだけが心配ですけどね」


 アンビトースの騎乗兵たちも言うようになったなと思いつつ、俺は分散攻撃を発令することにした。


「その前に、目の前でチョロチョロと目障りだった、砂漠の戦士の囮役を倒す!」


 俺たちは一気にカミューホーホーの駆けるスピードを上げて距離を詰め、蛇行移動をしていた囮役をカミューホーホーの上から突き落とした。

 囮役の男が砂の地面を転がっている間に、俺たちは数騎ずつに分かれて分散を始める。

 俺が単騎で戦場を離れるように逃げ始めると、後方から連続するカミューホーホーの足音が迫ってくるように聞こえてきた。

 振り向けば、ある地点で集結していた砂漠の戦士たちが一丸となって、俺を目指して走り寄ってきている。

 どうやら、俺が集団戦法を続けていたら魔法の集中攻撃を、分散攻撃を選んだら素早く追撃できるよう、彼らは準備していたようだった。

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