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百四十八話 砂漠の戦士たち

 砂漠を何日か進み、ようやく砂漠の民との対決場所にやってきた。

 といっても、辺り一面が広大な砂の大地のため、どこも同じに見える俺には、ここが目的の場所であると認識できないのだけどね。


「俺たちの方が、先についたのかな?」


 砂漠での道案内を買って出てくれていたフヴェツクに問いかけると、首を横に振られてしまった。


「いいえ。彼らの方が先のようですよ」


 フヴェツクが示したのは、平坦な砂漠の大地の一画。

 単なる砂の山にしか見えないのだけど、と見つめていると、砂が何か所も盛り上がり始めた。

 砂の大地を泳ぐという魔物――砂ミミズかと身構えたが、砂を割って出てきたのは、砂色の布だ。そしてその布の内側からは、黒色のゆったりとした衣服を身に着けた髭モジャの男たちとカミューホーホーが現れた。


「砂の中に隠れていたのか」

「砂漠で魔物に見つからないように休むには、あれが最適なのだと聞きます」

「砂に埋もれて息苦しいと思うんだけどなぁ」

「砂の中でも呼吸が自然にできる、秘伝の魔法があるのだそうです」

「それ、本当のこと?」

「いえ。そう言われているだけで、真偽は確かでは……」


 フヴェツクと会話し合っている間に、砂漠の民たちはそれぞれにカミューホーホーに乗り、こちらに近づいてきた。

 距離が縮まったので、詳しく彼らの姿を確認することが出来るようになる。


 頭から豊かな髭がある首元までを赤布が垂れ隠し、ハチマキのような布で留めている。前世で言う、ターバンに近いかな。

 衣服は丁寧に織られた黒色で厚みがある布を用いている。太陽光を吸収する色味といい、その厚さといい、砂漠の冬の装いということだろうか。

 よくよく見ると、衣服は革鎧の形に膨らんでいる。俺たちのように服の外ではなく、服の内側に着るのが砂漠の民の流儀なんだろう。

 そして服の腰帯には凝った作りの短剣。手には肉切包丁を柄の先につけたのような槍を握っている。彼らの武器の何点かは、俺が見た記憶があるため、ロッチャ地域で制作されたものに違いない。

 さらに彼らが乗るカミューホーホーにある鞍や手綱には細かな刺繍が入っていて、ちょっと見た目が豪華だった。

 そんな凝った身なりの数々から、砂漠の民の戦士たちは、ある種の特権階級の者たちだと予想がついた。


 そう俺が観察している間に、砂漠の戦士たちは目前までやってきていた。

 彼らの中から一人――もっとも高齢そうな人物が、こちらに声を発してくる。


「そっちの指揮官は、誰かよ」


 少し訛りが入った口調が、口ひげに覆われて見えない口からやってきた。

 あれだけ髭があったら、喋ったり食べたりと、口を動かすたびに口の中に髭が入りそうな気がするんだけどなぁ。

 そんな益体もないことを考えながら俺が返事をする、その前にフヴェツクが声を返していた。


「我らが指揮官は、こちらにいるミリモス王子である!」


 フヴェツクが俺を示しながら言った瞬間に、砂漠の戦士たちから大笑いした。


「ぶははははっ! 口先ばっかの奴バラの次は、髭もろくにない子供が出てくるちょは。水の民は変ぞな!」

「見てみ、あの可愛らーし顔立ち。オナゴかと思うたさ!」

「いやさ、オナゴもおるぞな。あのカチコチ鎧と、布を被った子供がそうぞに!」


 彼らの言葉を受けて、俺は自分の顎をなでる。

 そういえば、十四歳を越したというのに、髭の処理にあまり困っていないし、腕毛やすね毛も薄いな。

 兄のフッテーロやサルカジモにヴィシカを回想しても、彼らもあまり毛深くない。

 どうやら血筋的に、体毛が薄いみたいだ。

 そんな変な納得をしていると、砂漠の戦士たちは笑うのを止め舌打ちを始めていた。


「チッ。これだけ笑われて、怒りもしにゃちゃとは」

「水の民は腰抜けぞな」

「戦いの勝ちは、見えたも同然ぞに」


 彼らの反応から、どこか文化的な齟齬を感じつつ、俺は喋りかける。


「それで、この戦いでこちらが勝ったら、商業路の権利を全て渡してくれるってことでいいんですよね?」


 砂漠の戦士たちからの返事は、声に侮蔑が混じったものだった。


「毛も生えそろわんガキが、粋がるじゃにゃーちゃ」

「ワテらに勝てると思うとるのが、気に食わんぞに」

「ささっと終わらせ、地元に帰るぞな」


 様々な言葉が発せられる中、最年長の砂漠の戦士が手を上げたところ、他の者たちが一斉に黙った。


「それは、そちらが勝てばぞ。こちらが勝てば、一切の干渉を止めてもらうぞ」


 それが条件と伺っていたので、俺は頷いて返答とした。

 これでお互いの条件確認が終わったと思ったところで、相手側からもう一つ条件が追加できた。


「さらに、そちらのオナゴをいただくぞ」


 示された先にいたのは、パルベラだった。

 それがどういう意味か、少し間を置いて理解した途端に、俺の口から言葉がするりと出てきた。


「あ゛? 誰を貰うだって?」


 発した自分が少し驚いてしまうほどに、ドスが効いた不機嫌な声色だった。

 最年長の砂漠の戦士は、俺を見ながらニヤリと笑い、さらに言葉を加えてくる。


「戦場にオナゴを連れてきたのは、負けた際の貢ぎ物であるはずぞ?」

「パルベラは俺の妻だ。渡すわけがないだろうが」

「ほー。条件を飲めぬと。であるなら、この戦いはせんでおこうぞ。それが、負けると考える、お前のためぞ」


 そんな挑発に乗って、パルベラを賭け金にするなんてこと、するわけがないだろうが。


「戦いを止めるっていうのなら、それでいいさ。もともと俺は、乗り気じゃなかったんだしな」


 俺が乗っているカミューホーホーを回頭させると、挑発の言葉がやってきた。


「尻尾を巻いて逃げようとするとは、やはり腰抜けぞ」

「そう思うなら思ってろ。どういわれようと、パルベラを賭けの対象にする気はない!」


 俺が不機嫌満開で本気で帰ろうとすると、フヴェツクに掴んで止められてしまった。


「ここで逃げては、掴みかけている砂漠の通商路を諦めることに!」

「知るか! 俺はロッチャ地域の領主だ! アンビトース地域のことはヴィシカ兄上の領分だろう!」


 お前も俺にパルベラを賭けろというのかと睨むと、フヴェツクは仰け反って手を離した。


「自らの身に置き換えると、彼らの主張は受け入れられないものですが……」

「そうだろう。あんな要求をしてくる奴らに関わっていられるか!」


 再度、俺が乗っているカミューホーホーを歩かせると、今度はネロテオラが前に立ちはだかった。


「ファミリス。君もか?」


 半目で問いかけると、ファミリスは『いえいえ』と首を横に振った。


「パルベラ姫様を供物の一つのように言ってきた連中など、万に切り刻んでも足りません」

「なら、どうして俺を止めるんだ?」

「それはもちろん、パルベラ姫様が求めたからです」


 ファミリスの後ろに座るパルベラへ目を向けると、嬉しそうな満面の笑顔があった。


「ミリモスくんが、わたくしの身を案じて、戦いを止めようとしていることは、とても嬉しく思っています」

「それなら、どうして?」

「もちろん。私が、ミリモスくんなら戦いに勝つと、そう信じているからです」


 話が繋がっていないような返答だったけど、言いたいことは分かった。


「俺が勝つんだから、自分の身を賭け金に乗せたところで、問題にすらならないってことだね」

「はい。ミリモスくんが勝つのですから、ここで帰っては、単純に商業路を失うだけの損になりますから」


 心の底から勝利を信じている様子のパルベラに、俺は困ってしまった。


「自分の妻を懸けるなんて、正しいとは思えないんだけど?」

「絶対に勝つ算段の下での決定なら、正しいといえますよ」

「戦いに絶対はないんだけど?」

「いいえ。ミリモスくんは絶対に勝ちます。だから大丈夫です」


 こうまで言われて、戦いで逃げたら、それはそれでパルベラの期待を裏切ることになっちゃうよな。

 俺はカミューホーホーを再回頭させて、最年長の砂漠の戦士に向き直った。彼の表情は、深い髭面の内側で笑っているように感じられた。


「お主、良い女を妻にしたぞ」

「言われなくても、知っているよ。そして、その良い女の仰せだからな。戦ってやるよ、お前らと」

「ふんっ。その女の選択が間違いでないと、その腕で証明すると良いぞ」


 言われなくても、パルベラの身を懸けることになってしまったからには、万が一にも負けるつもりはない。

 それこそ、俺一人で砂漠の戦士五十人を倒すつもりで、この戦いに挑む気なのだから。

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― 新着の感想 ―
相手が一方的に条件(パラベラ)の上乗せをしてきたんだから、それを受けるならミリモスも同等以上の条件の上乗せをするべきだろうに…でなければ対象(パラベラ)に失礼だと思うんだが、何故こう云う話になった時に…
姫を賭けの対象にしたら騎士王激怒すんじゃね?いいの?
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