十三話 砦で一休み
夜襲を終えて、砦に帰還した。
センティスを始めとした兵士たちとした約束通り、ちょっとした宴を開催したんだけど、疲れていたのかすぐにお開きになって、全員が寝床に入ってしまった。
そして俺はというと、怒るアレクテムに椅子の上に座らせられながら、説教の最中である。
「――聞いておるのですか、ミリモス様!」
「ちゃんとわかったって。勝算がある作戦でも、自分一人でやろうとせずに、誰かに相談しろってことでしょ」
「なんですかその言い方は! 反省が足りませんぞ!」
再び怒り出したアレクテムに、俺はどうすりゃいいんだと空を仰ぎたい気分になる。
結局、説教は体感で三十分ほど続いた。
アレクテムは怒り疲れた様子になりながら、俺が回収してきた杖を手に取る。
「それで、これは帝国の杖で間違いないのですな?」
「間違いないよ。ただ、一つだけ不思議な点があるんだ」
「それは、なんです?」
「この杖は、先日俺たちが回収してきた騎士国との戦いで死んだ兵士が持っていたものより、古いものみたいなんだよね」
朝日が上がったため明るくなった室内で見ると、杖の古さが良くわかる。
金属製の杖は、とても使い込まれている風合いをしていた。ところどころに魔法的な装飾があるわけだけど、劣化で欠けている部分があるほどだ。
「確かに振るそうですな。ですが、それがどうしたと?」
アレクテムが良く分かっていないようなので、俺が予想していたメンダシウム国の侵攻理由について語ることにした。
「俺はね。今回のメンダシウム国の侵攻は、帝国が裏で糸を引いていると思ってたんだよ。目的は、ノネッテ国の鉱山。騎士国との戦いで消費した資源を、なるべく早く回収するためにね」
「帝国が杖を供出することで、メンダシウム国が我が国を攻め滅ぼすことができれば、大規模な鉱山開発が可能ですな。そして帝国自身が侵攻するのではなく、我が国と長年敵対しているメンダシウム国にやらせることで、神聖騎士国が口を出してくることを阻止できる。なるほど、筋は通りますな」
アレクテムの見解に、俺は少し引っかかった。
「帝国がノネッテ国に接していないから、直に侵攻してくるわけにはいかないんじゃなくて、騎士国が口を出してくることを問題にしているって、どういう意味?」
「ミリモス様は知らぬのですな。神聖騎士国は国是として『正しき行いをする』のです。大義名分なく侵攻しようとする国あらば、どれだけ地理が離れようと出張ってきて、その国の兵を壊滅させるのですぞ」
「なにそれ、怖い」
どこぞの正義のヒーローじゃあるまいし、どうしてそんなことをするのだろうか。
というか、離れた国の戦争に介入するって、そんなこと実現できるのか?
「考えてみれば、あの国の騎士や兵士が一部隊ぐらいいれば、小国の軍なんて滅ぼせるね」
「その通りですな。神聖騎士国のその性質のお陰で、我が国周囲は小国がひしめきながらも、どうにか平穏が保たれておるのです」
「なるほどね。ってことは、メンダシウム国がノネッテ国に攻め入ろうとするには、ちゃんとした理由があるわけか」
ちゃんとした理由がないのなら、騎士国が口出ししてくるわけだしね。
その疑問について、アレクテムが答えてくれた。
「これは秘されている歴史ですが。ノネッテ国は、もともとメンダシウム国の一部だったのです。棄民――つまりはメンダシウム国が要らぬと判断した民を隔離する、山間部の土地としてですがの」
「そして捨てられた民が、待遇に怒りを覚えて蜂起。そして独立国を宣言、といった感じかな。となるとノネッテ王家は、反抗軍のリーダーってところかな?」
「それは違いますぞ。ノネッテ王家は、元はメンダシウム国を統治していた家でした。政事での争いに負けたことで、家名を奪われ、この地に流刑にされたのですぞ」
俺が生まれた家には、面倒くさい背景があったもんだな。
しかし、いまはどうでもいい情報だな。
「話を元に戻すよ。俺の予想の通りに、帝国が本格的に裏で糸を引いているのなら、この杖の古さは疑問がある。どうせなら新品を渡した方が、成功率は上がるものだろ?」
「装備を一新した際に出た在庫を回したという線も――っと。在庫を渡している時点で、期待されてませんな」
「そう。帝国が関与しているとしても、メンダシウム国がノネッテ国を攻め落としきれればいいなー、ぐらいの緩い感じだと思うんだよね。もしくは、帝国が戦費を賄うために中古品を属国に売っただけって線もある」
「どちらにせよ、メンダシウム国は中古ながら帝国製の武器を手にしたことで調子に乗り、今回の侵攻を計画したと?」
「真実がどこにあるかはわからないけど、帝国からメンダシウム国への支援は、もうないと考えていいんじゃないかな」
希望的観測も入っているけど、かなり的を得ているんじゃないかと感じる。
それはアレクテムも同じようだった。
「それでは、いつもの通りに迎撃してやるとしますかな。問題だった帝国の杖は、ミリモス様が焼き壊したそうですので、怖くなくなりましたからな」
「気を抜かないでくれよ。燃え残った杖があるかもしれない。砦の壁は崩されることを見越して、作戦を立てて欲しいな」
「はっはっは、心配ご無用ですぞ。作戦とは、一つ上手くいかなくても、二つ三つと別の策を講じて、穴ができてもすぐ塞げるようにしてあるものですからな」
アレクテムの頼もしい言葉に、俺は安心して肩の力を抜いた。
「さて。俺も仮眠しようかな。というか十二歳が徹夜するもんじゃないよね」
「奇襲部隊に志願したのは、ミリモス様本人だったと記憶しておるのですが」
「はい。俺が悪かったです」
素直に謝罪してから、俺は上官用の個室の中で、ぐっすりと眠ることにしたのだった。
一眠りして目を覚ましたら、腹が猛烈に減っていた。
太陽の位置で時間を確認すれば、昼食時。
食堂に向かってみれば、料理をしている真っ最中の、包丁がまな板を叩く音が聞こえてきた。
「少し早かったかな。食堂の中で待たせてもらおうか」
俺が食堂に入ると、食事を待ちきれない様子の兵が数人、並べられた机と椅子についていた。
その顔ぶれを見ていると、ここにいてはいけない顔を見つける。
近づき、いてはいけない人の一人の肩を叩く。
「やあ、ホネスとその同期の二人。新兵の君たちは王城での守衛任務があったはずだけど?」
朗らかな笑顔で声をかけると、三人ともギョッとした顔を向けてきた。
そして相手が俺だと気づくと、ホネスは安堵しながらも申し訳なさそうな顔になり、以前俺を殴ろうとした二人は半笑いの表情になる。
「命令では、王城の守りを任されてたんですけど――」
「センティスさんが、戦場の空気を知っておくことは良いことだって、こっそり連れてきてくれたんだからな!」
「上司の許可はとってあるって言ってたんだ。お前がどうこういってるんじゃねーよ」
三人の言葉に、周囲にいた兵士たちがギョッとした顔で、こちらを見てくる。
新兵が元帥に向かってタメ口叩いていることに驚いているのか、それとも新兵を砦に連れてくる許可を俺が出したのだと勘違いして非難しているのか。
どちらだか気になるが、話すべき相手は別にいる。
「そうなのか。じゃあセンティスに聞いてこよう。ちょうど食堂に顔を出して『ヤベェ』って表情で逃げようとしているから」
俺が食堂の出入口へ走り、逃げだそうとしていたセンティスの襟首――は手が届かないので、腰元へタックルして捕まえる。
「ねえ、センティス。どうしてあの三人が、砦の中にいるのかな~? 新兵を砦に入れる許可を出した上司って、誰のことかなあ?」
「ぐげっ。腹を、腕で、締め付けるな。口からよりも、寝起きで溜まっていた膀胱が、圧迫されて、ヤバイんだよ」
「質問に答えてくれたら、放してあげるよ。もしくは、食堂の前でお漏らしをしてくれたら、俺の留飲が下がるかもしれないなあ」
「止め、本当に。話す、話すから放してくれ」
「ダメだね。事情を先に話してから、腕を放してあげるよ」
切羽詰まったセンティスが語ったことによると、新兵三人を砦に連れてくるよう画策したのはセンティス本人だけ。許可を出した上司というのは、センティスに賭け事で借りがある人らしく、元帥である俺への報告がされてなかったのは、その上司が止めていたせいだそうだ。
「きっと、ミモ坊が出立した後で、執務机に、許可した書類をこっそりと置いているはずだ」
「なんともまあ、緩い職務規定だことだね。まあ、約束だから、解放してあげるよ」
俺が抱き着いていた腕を解くと、センティスは前かがみになりながら、トイレのある方向へ向かう。
その背中に、俺は声をかける。
「連れてきちゃったものはしょうがないけど、センティスがあの三人の面倒を見てよ。メンダシウム国の攻撃がある中で、変なところをウロチョロされても困るだけだから」
「わーってるよ! 心配せんでも、そこらへんはうまくやるって」
センティスが逃げるようにトイレに駆け込む姿を見送って、俺は食堂の中に戻る。
下手に運動したせいで、さらにお腹が減ってしまった。
センティスを追い払った俺を不思議そうに見ている新兵三人をよそに、食堂のカウンターに身を乗り出して、調理中の兵士に声をかける。
「どのぐらいで出来そう?」
「もう出来てますよ。ほら、出来立てホヤホヤですよ」
差し出されたのは、一つの丼ぶりのような木の器。
中には里芋のような芋を蒸したものが三つと、赤黒い煮汁に入った大量の豆と少量の肉だった。
「やっぱり芋と豆の料理かぁ……」
「やっぱり、ノネッテ国の軍隊飯といえば、この料理ですよね!」
俺と料理した兵士とでは、同じような響きの言葉でも、意味が全く正反対だ。
どうやらこの兵士は、この料理が大変好きらしい。故郷の味だからだろう。
俺は誤魔化し笑いをしつつ、彼に礼を言って器を受け取り、椅子に座って食事を始める。
豆をおかずに、芋を食べる。
どちらもモソモソした食感なので、食べてもあまり面白いものじゃない。
栄養補給と割り切って、俺は器一杯によそられた豆料理を、腹の中へと収めていったのだった。