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閑話 ノネッテ国の舵取り

 我――ノネッテ国の国王、チョレックスは謁見の間で困っていた。

 先ほどまで会っていた帝国の使者、一等執政官のフンセロイアからの要請が、困る理由。騎士国の姫と結婚したミリモスに、帝国が注意を向けたことで、我が国に色々と難癖をつけてきたのだ。

 考える時間が要ると理由をつけて、客間へと引き下がらせてはみたものの、返答を先延ばしにし続けるわけにはいかない。


「ミリモスめ。面倒をこちらに押し付けてきおって」


 たまらず零した愚痴に、宰相のアヴコロ公爵こと、我が弟であるサスディが苦笑いを浮かべる。


「ミリモスがフンセロイア殿に語ったとされることは、一領主として、自国の王への配慮があるものですよ」

「帝国と国としてどう付き合うか、その舵取りをする役目は、王がなすべき。それは分かっておる。だがなぁ……」

「ミリモスが帝国貴族の娘を嫁にすると約束していれば、今回の折衝はなかったはず。そうお考えですか?」


 我はそう思っていたのだが、サスディの口振りだと、そうではないらしい。


「違うのか?」

「当り前でしょう。貴族の娘は切っ掛けに過ぎません。その娘を楔として、色々と策謀を走らせるのが、帝国流の策謀術というものですよ」

「国に借金を負わせ、それを理由に征服することが、帝国の作法だったのではないか?」

「帝国の策謀は多岐にわたりますので」


 ううむっ。そうなると、ミリモスの打った手は、最善手だったということになるか。


「では、ミリモスの考えを尊重し、帝国の娘を嫁にすることは止めにするか?」

「ミリモスの嫁にと迎え入れることは、お止めになるといいでしょう」


 持って回った言い方に、我は首を傾げる。


「まるで、ミリモスではない息子に、帝国の娘を宛がおうと言っているようだが?」

「まさにその通り。帝国の要望をある程度受け入れつつ、成長著しいミリモスの行動を阻害させないためには、それが一番の手ではないでしょうか」


 サスディの言葉に、我は微苦笑する。


「てっきりサスディ――アヴコロ公爵は、ミリモスのことを嫌っていると思っていたのだがな」

「手元にいると、あれほど厄介な王子はいません。逆に手から離れていると、あれほど楽な王子はいませんので」

「才気走り過ぎて、上の王子を食いかねないからか?」

「本人に王となろうという気概があれば、それもまた良しなのでしょう。ですがミリモスは、そうではありませんでしたので」


 有能だからこそ、責任者という立場の厄介さを知るのだろうな。


「ということは、サスディ。過日のお前は、我に玉座を押し付けたのだな?」

「さあ、どうでしょう。ですが兄上、玉座の座り心地は良いでしょう?」

「ミリモスがはしゃぐようになる前までは、心地よいものだったのだがな」


 いまでは、帝国相手の会談に責任を持たねばならないためか、玉座が堅くて座り心地が悪い気がする。同じ椅子を使い続けているはずなのだがなぁ。


「話を戻す。帝国の姫を宛がうに、適任は誰か?」

「ミリモスは論外。富が眠る可能性がある砂漠を治める、ヴィシカも除外です。となると、フェロニャ地域の領主となったフッテーロが適任かと思いますが」


 ミリモスが寄こした手紙にも、それが案の一つとして書いてあったが、我は首を横に振る。


「次代の王の妻に、帝国の娘を迎えることは、将来の舵取りを帝国に明け渡すも同然ではないか?」

「フッテーロの外交に長じた才気ならば、その可能性は無視できるかと」

「人には思わぬ弱点があるもの。フッテーロとて例外はあるまい」

「確かに、帝国に操られないという確証はありませんが……」


 サスディは考える素振りの後で、持論を取り消した。


「そうなると、サルカジモしか、候補はありませんが……」


 サスディが苦虫を噛んだような顔になる理由は、我にも理解できる。


「サルカジモは愚かゆえ、帝国の駒に成り下がりかねないと?」

「その懸念が多いことは確かです」

「では、帝国の要望を突っ張ねるしかあるまい」

「帝国の娘を受け入れないのであれば、こちらから姫を差し出せと言われているのですが?」

「ガンテとカリノに、聞いてみるしかあるまい。そして是と答えたものを、帝国に向かわす。それが単なる留学となるのか、それとも輿入れとなるかは、当人の問題であろうな」

「あの二人の気性を考えるなら、『文化の最先端の帝国に行けるのなら喜んで!』と二人とも答えそうですが?」

「そうなったら、二人とも帝国に向かわせれば良い。人質として受け入れるからには、ある程度の資金をフンセロイア殿が出してくれるそうだからな」

「帝国のお金で留学とは、過去の自分が知ったら、血の涙を流して羨んだことでしょう」

「ミリモスも、このことを知れば、『領主でなければ』と枕だけを変えて、同じようなことを言うやもしれんな」

「帝国は魔法の超大国。そしてミリモスは、魔法を学ぶことが好きでしたからね」


 とにもかくにも、まずは確認だと、我はガンテとカリノを呼び出すことにした。

 そして二人の返答は、サスディが予想した通りに、帝国行きを大喜びで了承するものだった。



◇   ◇   ◇


 ミリモスが、帝国を相手に活躍してるらしい。

 そのことは、帝国の使者がノネッテ国の王城に来たことから、余裕で分かった。

 それが、俺――サルカジモ・ノネッテにとって、面白くないことだった。


「チッ。ミリモスめ」


 末弟のクセに、軍の頂点となり、領主となり、騎士国の姫と結婚しやがった。

 まさに順風満帆という言葉が相応しい人生だろう。

 片や俺は、華々しい姉のソレリーナと友人作りが上手い兄のフッテーロ、その陰に隠れるような子供時代を送り、成人してからもロクな仕事を任されてこなかった。いまは元帥に成れたものの、ミリモスが抜けた後釜かつ、弟のヴィシカが砂漠の領主になったことでのオマケみたいなもの。

 それに俺が元帥として認められていないことは、アレクテムのジジイが軍務の目付け役に就任していることでわかる。


 そんな、兄姉だけでなく、弟たちの後塵まで浴びる羽目になるなんて、俺の人生はどうなっているんだ。

 イライラとしながら、甘豆を醸して作った濁酒を杯に注ぎ、ぐっと煽った。

 もったりとした喉越しの後で、喉と胃に酒精が温かさを与えてくれる。


「くふっ。俺だって、頑張っているんだぞ……」


 不満を吐きだしていると、部屋の扉が叩かれた。


「誰だ!」

「サルカジモ王子、オレですよ!」

「耳よりな情報を持ってきたんですよ!」


 その声で、誰かわかった。

 兵士の中で、ミリモスに好意的でなかった唯一の奴ら、ガットとカネィだ。

 新兵に毛が生えた程度の実力の奴らだが、ミリモスのことを公然と悪く言うことを気に入って、手元に置いたのだ。


「入ってこい。それで、良い情報ってのはなんだ?」


 問うと、二人の目が、俺が飲んでいる濁酒に向く。

 舌打ちを一度して、二つの杯に濁酒を注ぎ、二人に受け取らせた。


「へへっ。やっぱりサルカジモ王子は、話がわかる!」

「ありがたく、いただきます!」


 二人が杯を空けるのを待ってから、俺はせっつく。


「早く情報とやらを教えろ」

「そうでした! それがですね、サルカジモ王子」

「いま客間に、帝国の人がいるってことは知ってますよね?」

「ああ。ミリモスが追い返したっていう、帝国の一等執政官のフンセロイアだろ。それがどうした?」

「その人から、サルカジモ王子充てに、手紙があるんですよ」

「これが、その手紙です」


 俺は差し出してきた封筒を受け取る。封は開けられていない。


「盗み見しなかったことは、お前らにしては賢明な判断だな」

「ははっ。帝国の人に釘を刺されました」

「もし手紙の内容が他に漏れたら、真っ先にオレらを殺すって」


 この二人の信用のなさを一目で見破るとは、帝国のフンセロイアとやらは切れ者ってことか。

 そんな人物からの手紙の内容が気になり、俺は封を破る。

 手紙の内容を読むと、自然と笑みが浮かんでしまった。


「これは、俺にも運が回ってきたな」

「王子。なにが書かれていたんです?」

「教えてくださいよ」

「ダメだ。手紙の最後に、読んだら燃やせと書かれているからな」


 俺は席を立ち、暖炉で手紙を燃やして灰にする。これで手紙の内容を知るのは、ノネッテ国で俺だけとなった。

 そして俺は、帝国の協力で飛躍する未来の俺の姿を想像しながら、濁酒を呷り飲む。

 この酒の味は、今までの人生で一番に美味いと感じるものだった。

帝国の策略は気が長いモノなので、すぐにどうこうなるわけではありません。

サルカジモの活躍は、まだまだ先になることでしょう。

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― 新着の感想 ―
本当に、邪魔なのは有能な敵よりも無能な味方ってね。
予想はしてたが……メタ的にはまだ全体の半分もエピソードいってないのに内憂になりやがったなこいつ(呆)
サルカジモ(変換で猿火事もって出た)〜浅はか者め! そういうとこだぞ、駄目なのわ!
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