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百三十八話 一等執政官フンセロイア、再び

 帝国の一等執政官、エゼクティボ・フンセロイアが護衛と共にやってきた。

 執務室に入ってきた彼らを見て、俺は少し『おや?』と思って観察を深める。

 護衛の装備が、以前と比べて少し立派――なんというか、実戦的な印象のある物々しい感じに変化していた。そして、同室しているパルベラとファミリスの方を、あからさまなほどに警戒していると分かる顔を向けている。

 どうやら帝国側は、俺とロッチャ地域が騎士国に組み込まれたと想定して、敵地に乗り込む覚悟で来たらしい。

 フンセロイアも同じ気持ちなのか、配ったお茶と茶菓子に手を付けないまま、挨拶もしないまま本題に入ってきた。


「騎士国の姫と結婚するとは、やってくれますね、ミリモス王子は」


 非難しているとも、賞賛しているともとれる、微妙な口調。

 俺は返答の選択に困り、相手が知りたがっているはずの部分を話すことにした。


「あらかじめ言っておきますが、この結婚は恋愛結婚ですからね」

「国同士の政略的な意図はないと?」

「騎士国とは、同盟の『ど』の字すら話題に上りませんでしたよ。そしてチョレックス王には、結婚したことは事後承諾でしたしね」


 だから、政治的な意図を含ませようがないと言外に告げた。

 するとフンセロイアは小難しい顔で、こちらの答弁を吟味し始めた。


「……恋愛結婚など、民草でしかあり得ないものでしょう。一国の王子とあれば、その結婚に色々と含みを持たせるのが普通では?」

「僕は王子らしくない王子ですので、結婚に変な意図を入れ込むなんて、考えもしませんでしたよ」

「本当に、ミリモス王子とパルベラ姫の結婚を機に、騎士国とノネッテ国が同盟することはないのですね?」

「将来で絶対にないとは言えないけれど、現時点ではあり得ないでしょう。少なくとも、騎士国の意図に従って、ノネッテ国が帝国に弓引くことは絶対にないでしょう」


 そんな真似をして、ノネッテ国になんの利益もないしね。

 さらにここで、パルベラからも言葉の援護が飛んで来る。


「神聖騎士国は帝国と違い、他国を操って戦争の引き金にするような真似は『正しくない』ことと考えています。ですので、ノネッテ国が騎士国の先兵ではとの疑いは、するだけ損ですよ?」


 フンセロイアは眉をしかめ、そしてパルベラへ言い返す。


「騎士国は、他国に助けを求められたらどこへでも駆けつける、厄介な『正義の国』でしょう。ノネッテ国が助けを求めた形にして、帝国を攻める口実を得ようと考えているのでは?」

「認識に違いがありますね。神聖騎士国は『正しさ』を標榜はしていますが、決して『正義』を奉じているわけではありません」


 パルべラの返答に、フンセロイアだけでなく俺も小首を傾げる。

 パルベラの言い方だと、『正しさ』と『正義』は別物であるように聞こえたためだ。

 俺たちが疑問顔なのが分かったのだろう、パルベラはどう説明したらいいかと悩む表情に変わる。

 そこに、ファミリスがでしゃばってきた。


「神聖騎士国が考える『正しさ』とは、そのときの状況や事情を鑑みて、最も人間的な行動を理性的に判別して実行することを指します」

「それが、正義を行うってことじゃない?」


 俺の思わずの質問に、ファミリスが呆れたという顔をした。


「正義を詳細な表現で言い換えるとするなら『絶対に正しいこと』です。そして、そんな絶対的な正しさがこの世にあるはずがないことは、少し世間を知ったら分かることでしょう」

「それは、確かに」


 時代背景や立場や育った環境によって、人が思い描く正義の形は違う。

 直近で考えるなら、俺の結婚問題。

 一夫一妻制が当然と考える民と、一夫多妻や多夫一妻がありえる王や領主たちでは、結婚に対する正義の考え方は違うはずだ。

 一夫一妻制なら、配偶者以外の人と関係を持てば、不倫という悪になる。

 でも一夫多妻や多夫一妻なら、二人目三人目の配偶者という形になるだけなので、正しい行動と言える。

 

 前世でもそうだ。

 現代では全ての人たちが幸せになるよう動くことが人権の正義だったけど、世界大戦前は自国の民を幸福にするために植民地を得ることが正義だったと聞く。

 ドラマや映画でも、登場人物がそれぞれに抱く『正義』に従った結果、血で血を洗うような争いに発展する、なんてテーマはざらにあった。


 人によって正しいことは違う。

 絶対的な指針となる正義は、この世にはない。

 だから騎士国が標榜する『正しさ』は、ありもしない『正義』ではない。ということらしい。


「騎士国の『正しさ』を深く知るために、例題を出していい?」


 俺が質問すると、ファミリスだけでなくパルベラも頷き返してきた。フンセロイアも、自分の考えが間違っていると言われたからか、興味深そうに話を聞く態勢に入っている。


「じゃあ例えば、いま帝国がノネッテ国に侵攻してきたとして、騎士国としてはどう動くことが『正しい』こと?」

「簡単です。帝国の侵攻理由が偽りなく正しいものなら放置します。間違っているのなら援軍を出します」

「その侵攻の結果、パルベラが死ぬようなことになっても?」

「それはあり得ません。なぜなら、私がパルベラ姫様と共に脱出するからです」


 自信たっぷりに言い切ったファミリス。

 今度はパルベラが微笑みながら、俺の質問に答える。


わたくしとしては、ファミリスにノネッテ国を守る戦いに出なさいと命じるでしょうね。ミリモスくんとの幸せな生活を守ることこそが、私の『正しい』行いですから」

「ファミリスと、考えが違うようだけど?」

「国と個人の『正しさ』は違う、ということです」


 ファミリスとパルベラのこの答弁で、俺は騎士国の『正しさ』の意味を、少しだけ理解できた。

 ファミリスは、帝国の侵攻理由を精査するという『騎士国の正しさ』を語った後で、戦争になったらパルベラと共に逃げるという『ファミリスの正しさ』も語った。そしてパルベラは、俺との結婚生活を守るという『パルベラの正しさ』を意思表示した。

 それらのことから。

 騎士国の『正しさ』とは要するに、個々人で価値観は違うことは当然だから、その人が育んできた『自分自身が持つ正しさ』に従って行動しろ、という感じなんだろうな。

 でも、俺の理解が正しいとしたら、それはそれで軋轢が生まれそうな考えでもあるような気がするんだよなぁ。

 まだまだ騎士国の『正しさ』を理解できていない、ってことなんだろうか。

 そんな感じで軽く悩んでいると、話題の蚊帳の外に置かれ気味だったフンセロイアが納得顔で発言してきた。


「騎士国の『正しさ』を理解できませんでしたが、帝国が正しい理由を持って侵略すれば騎士国は文句をつけてこない――翻って小国が自分勝手な建前で救援を求めても騎士国は動かない、ということを知れただけで良しとしましょう」


 帝国にとっては騎士国がノネッテ国に肩入れするかが重要な疑問だったはずなので、フンセロイアの感想は最もだった。

 そして俺は、帝国がノネッテ国に対して抱いていた疑念が晴れたと感じて、安堵した。

 しかし、ここで気を抜くことは勇み足だった。

 俺の心の隙を見抜いたように、フンセロイアは唐突に別の話題を振ってきた。


「ところでミリモス王子。騎士国から姫を得たように、我が帝国から妻を娶る気はありませんか?」

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