十二話 帰り道
俺が合流地点に到着すると、兵士たちの姿はなかった。
その代わりに、ノネッテ国の兵士が使う【連絡石】が置いてあった。
連絡石とは、地面に埋まった大きな石の上に、底面に連絡文を入れた平たい石を置くことだ。
山暮らしのノネッテ国民なら異常に気づいて石を見つけられるが、平地暮らしのメンダシウム国の人たちは見つけられないという連絡方法だ。
「なになに――遅れて来た兵士へ。邪魔者が迫ってきている。先に行く」
俺は連絡石を元に戻し、兵士たちが逃げたであろう尾根伝いの道を進む。
まだ空が暗い中で切り立った尾根に立ちながら足元を見ると、断崖にかけられたロープの上で綱渡りをしているような錯覚をしてしまう。
山育ちかつ厳しい訓練を経た兵士たちなら問題はないが、こちらを追いかけてくるメンダシウム国の兵士がここを進んだら、恐怖に足を滑らせて山下へ転落すること必至だろう。
俺は奪ってきた杖に毛布を巻き付け、その柄の先で地面を突きながら進むことにした。
カツカツと音を出しながら歩けば、先を行くノネッテ国の兵士に俺の存在を教えられる。そして俺の後ろに来ているかもしれないメンダシウム国の兵士に伝わり、こちらを追いかけてくるのなら、この山の厳しさが彼らを死へ誘ってくれるしね。
それからしばらく歩いていると、尾根の道の中では少し道幅が広くなる場所にきた。
そこにノネッテ国の兵士が集まっていて、こちらに向かって武器を向けていた。顔ぶれを見ると、どうやら全員いるようだ。怪我をしている人もいるようだが、手当てされていて大事はないようだった。
「おーい、やっほー」
大手を振りながらノネッテ国の民が山で出会ったときに使う挨拶をすると、全員にガッカリしたように見える顔をされた。
「ほらな。ミモ坊は殺したって死なねえんだ。心配するだけ損だったろ?」
「本当ですね。というか、敵兵に追われたはずなのに怪我一つしてませんよ。本当に王子なんですか、あの人」
「さっきまで続いた議論に掛けた時間、返して欲しいなぁ」
なんだかよくわからないが、批判されている気がする。
「あ、もしかして集合に遅れたことを怒っているのか。いやー、悪い悪い。ちょっと野暮用で」
気楽な口調をあえて使いながら弁明しようとしたとき、唐突に突風が横から吹いてきた。
体を吹き飛ばしそうなほどの強さだったが、踏ん張って堪えたので、尾根から落ちることはない。
「おー。今のは凄い風だったな。天気が崩れそうだから早く先に――って、どうかした?」
兵士たちがこちらを見て、あんぐりと口を開けている。
俺が首を傾げると、兵士たちの間で発言の押し付け合いが始まり、センティスが代表してこちらに聞いてきた。
「ミモ坊。その手に持ってんの、なんだ?」
示された場所は、俺の手にある杖。先ほどの突風で、巻いていた毛布が外れてしまっていた。
「これ? メンダシウム国の陣地にあった、帝国製の杖だよ。使ってみてわかったけど、魔法の威力を何倍にもする凄い杖だったよ」
「あー……オレらが聞きたいのはそこじゃなく、どうやって手に入れたってことなんだが」
「そうですよ元帥。こちらを追ってきた兵士たちは、そんな杖、持ってませんでしたよ?」
「この杖は砦を攻略するための大事なものだしね。追撃戦で失ったら、メンダシウム国の作戦に支障がでるだろうからね」
「だから、どうして敵陣地に仕舞われていたはずの杖を、ミモ坊が持ってんだってんだよ」
「そりゃあ、陣地にしかないのなら、陣地に潜り込んだに決まっているでしょ。あ、心配しなくていいよ。これを盗んだだけじゃなくて、ちゃんと火炎瓶で火をつけてから戻ってきたんだ。大部分の杖は、壊れて使い物にならなくなっていると思うよ」
俺が胸を張りながら言うと、兵士たちが頭痛を感じたような格好をする。
「あのー、元帥。いま、変な言葉が聞こえたんですが?」
「ミモ坊一人で敵陣地に潜入して、杖を奪いがてら、集積所に放火して逃げてきたって?」
「しかも、その潜入工作を果たしたにもかかわらず、怪我一つないと?」
「その通りだよ。どうだ、凄いだろ」
これで敵軍の戦力はがた落ちだと、ファインプレイを自画自賛していると、兵士たちはなぜか疲労に塗れた表情に変わった。
「本当にうちの国の王子なんですかね、アレ」
「こんなにハチャメチャなヤツとはな。アレクテムのジジイ、苦労してんだな」
「これからは一人で行動させないようにしよう。誰かの目がないと、突拍子もないことをしかねない」
「……あれー? なんだか、呆れられている気がするんだけど?」
不思議だと首を傾げると、兵士たちが俺の後ろに回り、背中を押し始めた。
「さっさと砦に帰りましょうね、元帥」
「ここまでにあったこと、アレクテムのジジイに報告するから、怒られろ」
「秋寒の中で行軍してきたから、無性に温かい料理が食いたくなってきたなあ」
「え、ちょっと、押さなくても歩けるから! というか尾根の上だから危ないし、メンダシウム国がすぐ動くようなら進撃の妨害をしなきゃいけないんだってば!」
俺の苦情を誰も聞かず、そのまま砦に向かって歩き始める。
こうして俺は、夜襲直後とは思えないテンションの高さを発揮する兵士の手により、砦まで戻ることになったのだった。