百三十七話 恋人の関係と帝国の先触れ
ホネスとも結婚する。
前世なら鬼畜ともとれる決断をした俺だったが、ホネスの方から『保留』を言い渡されてしまった。
「別にセンパイと結婚することが嫌なわけじゃないですよ。ただ、段階を踏みたいといいますか……」
しばらくは恋人の関係を続けて、その後の良いタイミングで結婚したい、ということらしい。
二人目の妻にホネスを迎えることは、俺の我が侭だ。
ならホネスの考えも尊重するべきだろうと、その提案を受け入れた。
って、冷静な風を装っている俺だけど、ホネスという新しい恋人ができた嬉しさと、前世の価値観なら禁忌である二股な状況になった後ろ暗さからか、変に動機が激しいんだよな。変な汗をかいていないかなと、額を拭いたいくなる。
一方でホネスはというと、気持ちが一区切りついたような、晴れやかな表情をしていた。
その表情の意味は、俺と恋人になれたことを好意的に受け止めているからだろう。
ここでようやく、本当にホネスが俺のことを好きなんだと、実感を伴った理解ができた。
いや、自分のことながらだけど、恋愛事に鈍感過ぎだろうと自嘲したくなってしまう。
でも、ホネスがこうして俺を好きになってくれたからには、ちゃんと応えてあげることが男性の甲斐性ってもんだよな。
前世の価値観に引きずられて、判断を誤らないようにしよう。
「それじゃあ、ホネス。新しい関係になったけど、これからもよろしくね」
「はい、センパイ。どうぞ、よろしくおねがいします!」
ホネスの呼び方に、ちょっとだけ疑問を抱いた。
「恋人になったんだから、俺のことはセンパイじゃなくて名前で呼んでくれてもいいんだよ?」
「そ、そうですね。じゃあ、ミリモス――」
と俺の名前を言って、ホネスは照れ笑いを浮かべながら少し顔を背けてしまった。
「――なんか恥ずかしいので、しばらくはセンパイって呼ぶままにします」
「ホネスがいいのなら、それでいいけど」
俺がホネスの様子に可愛らしさを感じて微笑んでいると、近くにいたパルベラから笑い声がやってきた。
「ふふふっ。お二人が恋人という関係になっても、仲が良さそうで安心しました」
偽りなく本心から言っている口調を聞いて、俺はハッとした。
そうだ。普通なら、二人目の妻を迎えるだなんて嫌がりそうなのに、パルベラは俺とホネスの気持ちを思って行動してくれた。
そのことに対してお礼を言うべきじゃないだろうか。
「ありがとう、パルベラ。気を使ってくれたんだよね」
「いえいえ。ミリモスくんの幸せが、私の幸せですから」
パルベラの偽りのない笑顔を見て、俺は決心する。
これほど俺に尽くしてくれる女性は他にいないのだから、絶対にパルベラと幸せになってみせる――いやホネスと三人で、幸せになってやる。
そう決意した。
ホネスと恋人の関係になったとはいえ、仕事は仕事でやらなければならない。
「センパイ。この書類の確認をお願いです。あと、こっちの書類はセンパイが処理したほうが早いです」
「分かった。こちらの束は、ホネスでも処理可能だからお願いね」
やってきた書類を、最高効率で処理できるようにお互いがお互いへ振り分け合いながら、仕事を進めていく。
そんな俺たちの姿を、パルベラが微笑みを浮かべながら見ている。
「以前より、お二人の遠慮がなくなった感じがしますね。恋人になったことで良い影響が出ているみたいで、嬉しいです」
揶揄するような言葉に、俺の手が一瞬止まり、ホネスはペンを滑らせて書き損じを生んでいた。
俺たちの動きが止まったことに、パルベラが不思議そうにしている。
「どうかしましたか?」
俺が思わずパルベラの意図を探るべく彼女の表情を確認すると、偽りなく喜んでいる様子だった。
どうやら先ほどの発言は、俺とホネスの仲を嫉んでの発言ではく、本心から嬉しいと感じての言葉だったらしい。
前世の価値観に引きずられているなと、俺は反省しながら、パルベラに誤魔化し笑いを向けた。
「気にしないで。恋人を持って張り切っているみたいに言われて、気恥ずかしくなっただけだから」
「まあ。そんな積もりで、言ったのではありませんよ?」
「パルベラが純粋に感想をいっただけだって、わかっているよ。単純に、受け取った方が勘違いしたって話ってこと」
気にしないでと身振りして、俺は書類仕事に戻った。
ホネスも、パルベラに悪意がないと知ったからか、書き損じた書類を修正に入った。
パルベラは理解できていない様子で疑問顔をしていたけど、そこに彼女の後ろに控えていたファミリスが喋りかける。
「ああして、何でもないことに過剰反応するのが、市井の民が言う『初々しい恋人』というものなのです」
「そうだったのね。でも、そうすると、私とミリモスくんはその過程を飛ばしちゃったから、少し損をした感じなのかしら?」
「いいえ、姫様。新婚の初々しさ、というものもあります。挽回は可能かと」
「そうなのね。ありがとう、ファミリス。やっぱり貴女は頼りになります」
「お褒め下さり、ありがとうございます」
そんな会話を二人がしているところで、執務室の扉が開き役人が入ってきた。この部屋にやってくるにしては珍しく手ぶらだった。
その役人は、俺たちの間にある雰囲気がギスギスしていたものから以前のものに戻っていると見てか、安堵した表情になる。
しかし、その一瞬後には緊迫した顔つきに変わった。
「ミリモス王子。帝国から知らせがやってまいりました」
「一等執政官のエゼクティボ・フンセロイアが、俺の事情を聞きにくるっていうんでしょ?」
俺が予想を告げると、役人が驚いた顔になった。
「知っていたのですか!?」
「パルベラと結婚を決めたときに、絶対に話を聞きに来るだろうなって予想してただけだよ。それで、到着日時は?」
「日付では、今から四日後を予定していると」
帝国がやってくるのは急なことが多い。大国の都合に小国が振り回されるのは世の常だし、しかたがないか。
とりあえず、対応はどうしようかな。
「面会場所は、この執務室で良いはずだ。今回の帝国は、こちらを疑いにかかってくるだろうから、少しでも初めの心象を回復するためにも、良いお茶とお茶請けを用意しておいて」
「こちらに疑い、ですか?」
「俺が、そしてロッチャ地域が、騎士国の側についたって、帝国は考えているんだと思う。もしかしたら、ノネッテ国全土が寝返ったと邪推しているかもしれないね」
「それは! 帝国に敵国認定されようものなら、身の破滅じゃないですか!」
役人の驚愕はもっともだけど、俺は落ち着けと身振りする。
「敵国とまで断定はされてないよ。されていたら、会談の申し込みなんてせずに、軍隊を送り付けてくるはずだからね」
「それは――そうでした。取り乱して、すみません」
「俺だって当事者じゃなかったら慌てただろうから、気にしないで良いよ」
そう役人に返答しつつ、俺は一等執政官のフンセロイアに、どう俺の近況を教えるべきかを思案に入ったのだった。