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閑話 結婚相手

 この私、ファミリス・テレスタジレッドは、いま苦悩の中にいる。

 それはなぜか。

 敬愛する主、パルベラ姫様がミリモス王子と結婚してしまったからだ。

 結婚に対しパルベラ姫様が幸せそうなのに、その身と心を守護する騎士である私が苦悩するのは、騎士道に反することかもしれない。

 だがしかし、可憐で美しいパルベラ姫様が、ただ一人の男性に心を捧げている姿というものは、私には中々に受け入れがたいものなのだ。

 事実、いま私の目の前で、ミリモス王子とパルベラ姫様が仲睦まじい様子でいることに、私は血の涙を流さんばかりの心持ちでいる。


「ミリモスくん。それでですね」

「うんうん。それで?」


 ミリモス王子の領地であるロッチャ地域の城。その一室での他愛のない会話だというのに、パルベラ姫様は満面の笑顔で上機嫌だ。

 一方のミリモス王子は、朗らかに対応しながらも、なぜかこちらの様子を伺う素振り。

 まったく。パルベラ姫様が嬉しそうに話してくださっているのだから、そちらに集中しなさい。

 こういう点も、ミリモス王子がパルベラ姫様の夫に相応しくないと感じてしまう。


 では、誰ならパルベラ姫様の伴侶に相応しいかと問われてしまうと、それはそれで難しい。

 個人的な望みが叶うのであれば、パルベラ姫様の身を生涯にわたって護れるほどの強者が相応しいだろう。

 であれば、神聖騎士国の騎士が妥当。

 しかしパルベラ姫様は騎士王様の次女姫様。

 降嫁する相手は慎重に選ばねば、神聖騎士国家の運営に支障をきたす恐れもある。

 そんな事態になることは、お優しい気性のパルベラ姫様は望まないはず。

 

 そんな事情があるからこそ、国家の理念とは関係なく、パルベラ姫様が恋したお相手に嫁ぐことが最も幸せだと信じていた。

 だが、パルベラ姫様の恋した相手が、まさか他国の王子になるだなんて、思いもよらなかったのだ。

 しかもその王子は、戦争と領地運営のやり手で、数年であれよあれよと領土を拡大する有り様。

 ここで圧制を敷きでもしたら、心優しいパルベラ姫様の恋も冷めたであろうだが、支配した土地の民から不満が出ない形で安定させてしまう。

 加えて『領地が大きいと統治が難しいから』と、あっさりと自らチョレックス王に領地を捧げて、兄が領主になる手助けをする。

 そんな領地の頂点に立とうと決して小市民的な心持ちを崩さないミリモス王子を、パルベラ姫様は好意的に受け止めて愛を深める始末。

 ああ、なんとも世の中はままならないものだと、つい嘆きたくなってしまう。


 しかし、現実を悲観して嘆くなど、神聖騎士国の騎士として正しい行いではない。

 現実をしっかりと受け止め、それに対応することこそが、人間として正しい生きざまだ。

 そう精神を立て直したところで、ミリモス王子が執務に向かう時間となった。

 ここで本来なら、パルベラ姫様と私が監視として同行するのだけれど、パルベラ姫様が意外な言葉を放つ。


「ミリモスくん。わたくし用事があるので、ご一緒できないのです」


 そんな予定は知らないと、私が驚いている間に、ミリモス王子は聞き分け良く頷いていた。


「分かったよ。行っておいで」

「はい。行って参りますね」


 パルベラ姫様は笑顔でミリモス王子と別れ、城の通路を進んでいく。

 私はその後を追いながら、どこに行くのだろうと、進んでいる道から行き先を予想してみた。

 その予想が決する前に、パルベラ姫様は目的を遂げていた。


「ホネス。ちょっとお話できないかしら?」


 パルベラ姫様が喋りかけた相手は、ミリモス王子の秘書のホネスだ。

 このホネスも、ミリモス王子ほどではないが、良くできた人物だった。

 ミリモス王子が戦争で遠征している間、ロッチャ地域を過不足なく運営する手腕を持っている。それなのに元はノネッテ国の新兵だったというのだから、人の才能がどこにあるのかは神しか知り得ないものだと認識を新たにする。

 さて、ホネスはパルベラ姫様に喋りかけられたことが意外な様子で、目を瞬かせている。


「お話って、なにをです?」

「もちろん、ミリモスくんのことに関して、です」


 パルベラ姫様の笑顔での返答。結婚を機に、より一層華やいだ笑い方をするようになりましたね。

 そしてホネスは『ミリモス』という名を聞いて、少し嫌そうに――いやあれは、心痛を堪えるような顔になっている。


「……当てこすりする気なら、仕事があるので」


 険を隠さないホネスの言葉に、私は少しカッとなったが、パルベラ姫様は朗らかに訂正する。


「そういうつもりはないの。ただ、ホネスもミリモスくんのことが好きだと思ったから」


 パルベラ姫様のその一言は、ホネスにとって入って欲しくない心の敷地に踏み入るも同然だったのだろう、途端に怒りだした。


「そうですよ。センパイのこと、好きでしたよ! そうじゃなきゃ、仕事の手伝いなんてしないし、領地運営を肩代わりすることだってしなかった!」


 ホネスの吐露した本心に対し、パルベラ姫様はおろおろしている。


「どうして、そんなに怒っているの?」

「それを、センパイと結婚したあなたが言うんですか!」


 パルベラ姫様は箱入りの姫様なので、人の機微に疎いところがおありだ。

 だから、本当にホネスがなぜ怒っているのか、理解できなくても仕方がない。

 それでも、パルベラ姫様は優しいご気性を持って、ホネスが怒った理由を推し量ろうとしている。


「私がミリモスくんと結婚したから怒っているんだとしても、そう怒る必要があるのかしら?」

「なにを言って!」

「だって、ミリモスくんが好きなら、ホネスだって結婚すればいいのではないかしら?」


 パルベラ姫様の理論に、ホネスは目を丸くしていた。


「本気で言っているんですか?」

「民の結婚の場合は、一夫一妻が家庭を守るために『正しい』形でしょう。ですが、ミリモスくんは王族かつ領主です。次代の子を残すことが領地を守るために必要なことですから、妻を二人三人と持って確実に子を成すことが『正しい』と思うんですけれど?」


 あえて私が弁明するが、パルベラ姫様に悪気は一切ない。

 神聖騎士国は大国であるため、騎士王家の女性は政略結婚を念頭に教育される。そのため、配偶者は第二第三の妻を娶るという考えが、ごく当たり前に見についている。 

 だからこそパルベラ姫様は、ミリモス王子が二人目の妻を得られればより幸せになるだろうし、ホネスもミリモス王子と結婚出来て嬉しいはず、と考えているに違いなかった。

 そしてパルベラ姫様が心から進めているのだと伝わったのだろう、ホネスは怒りから呆れの感情に変わったようだった。


「単純に聞きますけど、センパイの奥さんになって、本当に良いんですか?」

「もちろんです。ミリモスくんを愛してくれる人が妻になってくれたほうが、政略結婚で愛のない婚姻を結ぶより、ミリモスくんのためになるはずですから」

「姫様の基準って、センパイが中心なんですね」

「当然です。愛していますから」

「……これは意地悪な質問ですけど。センパイが二人目三人目の奥さんにゾッコンになって、姫様に見向きもしなくなったら、どうするんです?」


 その問いは、私も気になるところ。

 一見して答えの難しい質問と思われたけれど、パルベラ姫様は微笑みながら首を傾げている。


「別にどうもしません。私がミリモスくんを愛して尽くすことと、ミリモスくんが私を愛してくれるかは別の話ですから。それに愛する代わりに愛されたい、そう見返りを求めるような考えは、愛ではないのではありませんか?」

「……本気ですか?」

「はい。大事なのは、私がミリモスくんを愛しているという一点だけ。それが揺るがないのであれば、それで十分です」


 パルベラ姫様の返答は立派だが、これほどミリモス王子に都合の良い女性もいないだろう。

 安心してください、パルベラ姫様。

 ミリモス王子が姫様に愛想を尽かすような真似をしたら、姫様の代わりに私が折檻いたしますから!

 そう心に誓っている一方で、ホネスは急に笑い出していた。


「あはははは。あーあー。これは競り負けるわけです」


 ホネスは負けを認めた様子だったが、パルベラ姫様はそうとは気付かずに、ずいっと身をホネスへと寄せる。


「それで、ホネスはミリモスくんの妻になるんですか? ならないんですか?」

「うえぇぇ! いや、ほら。結婚って、相手がいるものですし」

「じゃあ、まずはホネスがミリモスくんに言い寄るところから始めましょう。大丈夫です。ミリモスくんは、ホネスのことを憎からず思っています。ガッといきましょう、ガッと! あわよくば結婚の約束まで取り付けてしまいましょう!」

「あれあれ? 姫様、性格変わってない!?」


 困惑するホネスを、パルベラ姫様は捕まえると、ミリモス王子の執務室へと引っ張り始めた。

 神聖術まで使っての蛮行だけれども、私はパルベラ姫様の意思が第一。ここはパルベラ姫様が満足いくまで、ホネスとミリモス王子に犠牲になってもらいましょう。

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