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百三十一話 一緒の部屋で

 結婚式を終えたら、もう用事は済んだとばかりに、俺は部屋に戻されてしまった。

 いや、これは表現の仕方が悪いな。

 正確に言うなら、結婚に伴う儀式は以上で終わりという表現にした方がいいかもしれない。

 つまり、前世であった披露宴のようなものはなく、ノネッテ国でやるような両家の家族を集めてのお祝いパーティのようなものもない、というだけのこと。


「騎士国の結婚式って、随分とあっさりしているんだな」


 なんて感想を呟きつつ、俺は借りた礼服を脱いで畳んでおき、いつもの服装に着替えた。使用した礼服は、後で使用人が回収して、洗濯してくれることになっている。

 さて、結婚式は終わったけど、まだまだ午前中だ。

 やるべきことがないのに、部屋に籠っているのは暇だ。

 折角騎士国の王都にいるのだから、城中や街中を見て回りたいところだな。

 パルベラ姫――でなく、パルベラにお願いして、良い場所がないか教えてもらおうかな。

 そんなことを考えていると、扉がノックされた。


「はい。どうぞ」


 俺が姿勢を正しながら入室の許可を出すと、入ってきたのはパルベラとファミリスだった。二人とも、結婚式の姿ではなく、普段の様相に戻っている。よく見ると、顔に化粧が薄っすらと残っている。

 普段の装いに、普段とは違う化粧をしているのは、なんだか新鮮な気分だ。

 俺がじっと見ていると、パルベラは顔を赤らめ、ファミリスは不機嫌そうな様子に。


「ミリモスくん。そう、じっと見つめられると照れてしまいます」

「ミリモス王子。結婚してすぐに、パルベラ姫様に劣情を込めた目を向けるとは。少々見損ないましたよ」

「いやいや、誤解だから! ただ、二人の顔の化粧が普段と違っているなって、見ていただけだから」


 俺の弁明に、パルベラは首を傾げ、顔に指を這わせ、その指先を見つめる。


「そういえば。ミリモスくんに早く会いたいからと、化粧を薄くしただけだったんでした」

「パルベラ姫様の意向に付き合わされて、こちらもざっと化粧を落としただけなんですよね」

「そう言わないで、ファミリス。ちゃんと似合っているわ」

「お褒め頂き恐縮なのですが、どうも香料が多かったり、洗って落ちにくい化粧というのは、肌になじまないのです」

「ファミリスは綺麗なんだから、もっと化粧すればいいのに」

「いえ。根っからの騎士たる私に、必要があるとは思えませんので」


 言葉を展開する二人の様子に、俺はちょっと面食らっていたけど、立たせたままは悪いと思って椅子をすすめることにした。

 そして二人が着席したのを待って、話しを切り出した。


「俺は二人に用があったから、こうして尋ねてくれたのは有り難いんだけど。でも、どうして、この部屋に?」


 なんの用件かなと疑問を向けると、パルベラは小首を傾げてきた。


「結婚したんですもの。夫の部屋に妻が入るのは当然ではありませんか?」

「えーと。つまり、単に会いに来てくれたってこと?」

「当然その通りなのですけど、事情を単純に言い換えるのでしたら、お引越しです。夫婦になったからには、同じ部屋で寝泊まりすることが、正しい行いですから」


 パルベラの言葉を受け、俺はファミリスに顔を向ける。


「本当に、一緒の部屋で暮らすの?」

「少なくとも、神聖騎士国に滞在中は、一緒の部屋でいてもらいます。お目付け役として、私も同室の予定です」


 いやまあ、夫婦になったからには同室でも変ではないのは確かだろう。

 でも、年若い男女を一つの部屋に入れるなんて、騎士国の貞操観念に対する『正しさ』はどうなっているのだろうか。

 そんな意味のないことについて考えていると、パルベラが意を決したような表情で立ち上がる。そして、座る俺の膝の上に横向きで着座してきた。

 衣服の布を通り抜けて、俺の太腿にパルベラのお尻の柔らかい感触が伝わる。

 

「んな!?」


 思わず驚いて固まる俺とは対照的に、パルベラはイタズラを成功させた幼子のような屈託のない笑みを浮かべていた。


「夫婦ですし、これぐらいのはしたない行動は、許容されるべきですよね」


 なんて言って笑いながら、パルベラは少し遠慮がちに、俺の胸元に頬を寄せてきた。

 感じられる体温の範囲が増えたことに、俺はドギマギしてしまい、どう対処したらいいか迷ってしまう。

 その間にも、パルベラは俺の胸元の感触を確かめるように、頬を擦り付けてくる。


「こうしてミリモスくんの胸の内にいるのは、初めて会ったとき以来ですね」


 まるで長年追い求めた念願を果たしたように、パルベラの口調は感慨深げだ。

 俺はその口調の意味を深く考えることはせずに、単純にパルベラが甘えてきているのだと受け取ることにした。そして、横向きに座るパルベラの背中を、腕で支えるようにして抱いてみた。

 パルベラは少し目を見開いて驚き、続けて柔らかい微笑みに変わった。


「こうして抱きしめられるのも、初めてのとき以来ですよね」

「いまとは違って、あのときのパルベラは涙塗れだったけどね」

「もう。それは恥ずかしい部分なんですから、そこだけは忘れてください!」

「えー。あれはあれで衝撃的だったから、忘れ辛いなー」

「忘れてくださいー」


 二人くっ付いた状態で、初めて会ったときのお互いの印象を、ああだこうだと話していく。

 そうしていると、やおら咳払いが聞こえた。ファミリスのものだ。


「こほんっ! 二人が仲が良いのは分かりましたが、過剰な接触は控えるように。特に、ミリモス王子には自制を要請します」


 ファミリスは俺たちのお目付け役なのだから、当然の注意だろう。

 仕方がないとパルベラを膝から下ろそうとすると、嫌だと体言するように、ぴったりとくっ付かれてしまった。

 流石に力任せに剥がすわけにもいかないので、パルベラが気が済むまで居させることにしよう。

 でも、長々とこのままだとファミリスが怖いのも確か。

 ここで俺は、会話で現状を引き延ばすことを選択した。


「ちょっと質問なんだけど。ファミリスの言う、過剰な接触、ってどんなもの? そして俺が自制するのは、どの程度?」


 この切り返しは予想外だったのか、ファミリスが言い淀む。


「それはその……。あえて言葉で説明しなくても、分かるでしょう」

「お互いに考え違いをしないよう、言葉で説明してくれた方がありがたいんだけど?」


 俺が食い下がると、ファミリスは口惜しそうな表情の後で、少し頬を赤した。


「二人が仲良くすることは認めますが、子作りまではしてはいけないということです。ミリモス王子にお願いした自制というのも、当然子作りに関連する、アレコレのことです」


 なるほど。ファミリスが言い淀み、顔を赤らめた理由は、性的な話題を口にしたくなかったからか。

 俺はそこまで予想が行っていなかったので、悪いことを口にさせてしまったな。


「えーっと。変なことを聞いて、ごめんなさい」

「まったくです。どうしてミリモス王子は、この手のことだけ、察しが悪くなるのでしょうか」


 ぷりぷりと怒るファミリス。

 その様子を見て、パルベラが少し笑うと、俺へ演技で怒る真似をしてきた。


「そうです。反省してくださいね、ミリモスくん。ファミリスは、付き合った男性どころか恋をした相手もいないほどに、清らかな乙女なのですから。子作りの話題なんて、口にさせちゃダメなんですよ」

「パルベラ姫様! 変なことを暴露しないでください!」


 情けなく訴えるファミリスに、パルベラは意地悪そうに笑っている。

 でも、そうか。ファミリスは、年齢イコール彼氏いない歴なのか。

 その辛さは、前世の日本にいた記憶から、理解できる。


「ファミリス、大丈夫だよ。きっと、良い人が現れるよ」

「慰めなんて止してください! 私は神聖騎士国の騎士として、パルベラ姫様へ終生に渡って剣を捧げると誓っているんです!」

「いや。ただ恋人がいないだけで、そこまで意固地にならなくても」

「意固地ではなく、誓いだと言っているでしょう!」


 しまった。慰めに失敗した。

 それに、これ以上言うと、ファミリスに斬りかかれそうな雰囲気だ。口を噤むしかない。

 俺が安全策を選ぶ一方で、パルベラはさらにファミリスへ踏み込んだ発言をする。


「ファミリスだって、女性として幸せになっても、剣を捧げてくれた主として文句は言いませんよ?」

「姫様ー。お願いですから、この話題は止めにしてくださいー」


 とうとう泣きが入ったところで、パルベラは「冗談ですよ」と微笑んで、話題を切り上げた。

 そしてファミリスは、これ以上変なことを言われてはたまらないとばかりに、口を噤んでしまう。

 さて、どうしてパルベラがいまのような意地悪をしたのかは、相も変わらず俺の膝上に座っていることで説明がつくんだろうな。

 


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