十一話 メンダシウム国の陣地
息を殺しながら、俺たちはメンダシウム国の陣地付近まで進出してきた。
あとは豆油の火炎瓶を投げ入れて、帝国製らしき杖を破壊すれば任務完了だ。ついでに食料も焼失させることもできたら、万々歳といったところ。
けどそのためには、ここで更なる一手が必要だ。
俺は小声で呪文を唱えてから、木製の鳥を羽ばたたかせ夜空へ。
水晶に巻き付けている布を少しずらして、直接覗き込んで陣地の様子を確かめていく。
「こちらの夜襲を警戒してか、焚火が物凄い数あるや。しかも、陣地の周囲の木や茂みは切り払われているよ」
「これまで何度も夜襲を仕掛けてたからな。向こうも学習したってことだな」
俺の呟きに、センティスが応える。
こうまで警戒されていると、火炎瓶を直接投げ入れるのは難しい。
「火矢は使える?」
「オレは無理だが、使える兵は連れてきてあるぜ」
センティスが親指で指したのは、髭面の中年男性。
彼はニカリと笑うと、背中から弓を取り出して見せてきた。傾向性と森での取り回しを重視した短弓だ。
「その弓。どれぐらい射程距離があるの?」
「ここから、あの篝火までは優に届くってもんよ」
目算で百メートルといったところだな。
さらに距離を詰めれば、杖がある集積場所が射程に入る。
けど問題は、食料とは違い、杖は金属製で燃えにくいってこと。火矢を放っただけでは、被せてある覆いは燃やせても、杖を焼き壊すことまではできないだろう。
俺は腕組みして考え、一つ妙案を思いついた。
「よしっ。火矢は食料を燃やすことに使おう」
「おいおい。帝国の杖を破壊しに来たのに、諦めるってのか?」
「そっちは俺がどうにかするよ。その、どうにかするために、食料を燃やして目を引き付けておいて欲しいんだ」
疑問顔の兵士たちを意図的に無視して、俺は木製の鳥を手元に戻してから、地面にメンダシウム国の陣地の様子を書いていく。
「食料が積んである場所は二ヶ所。片方は陣地の端にあるけど歩哨が常に立っていて、もう片方は中央近くにあるからか見張りはいない。量は大体同じぐらいだね」
「じゃあ、真ん中が狙い目だな」
センティスの言葉に、俺は首を横に振る。
「いや。火矢を使うにしても、真ん中の集積所は陣地に近づきすぎちゃうから危ない。それに目を引き付けて欲しいから、あえてこっちの端の集積所を狙ってよ。完璧に燃やす必要はないから、火矢を二、三本打ち込んだら、すぐに山に撤退だよ。闇夜に紛れながら全員バラバラに逃げれば、逃げ切るのは容易いはずだから」
畳みかけるように説明し終えたところで、センティスがジト目を向けてきた。
「……その物言い、何か企んでやがるな?」
「内緒だよ。けど、上手くいく算段は高い方法だね」
俺が胸を張って主張すると、兵士たちは仕方がないといった顔で了承してくれた。
俺たちは敵陣地に接近し、火矢の光が通らないように木や藪などの遮蔽物を利用しながら、攻撃を開始した。
恐らく、敵陣地から見たら、陣地の近くの森から突然火が飛んできたように見えたことだろう。
食料の集積所に、火矢が一本、二本、三本突き刺さったところで、陣地内が騒がしくなってきた。
「よしっ、撤退だ!」
俺の号令に、兵士たちが森の中をバラバラに逃げていく。
撤退は早さが命。足音を消す必要がないため、茂みをかき分けて進む。ガサガサという音が、森の中に響いていく。
ここで陣地から兵士が飛び出してきた。
どうやら、こちらが夜襲を仕掛けてくると見越して、逆襲するべく待機していたようだ。
しかしこちらが火矢を数本打っただけで、さっさと逃げてしまったのは意外だったらしい。
「くそっ。追いかけろ! 一人だけでも捕まえて、拷問にかけるんだ!」
松明を掲げて、兵たちが森の中で茂みの音がする方向へと走っていく。
人数は百人ほどか。
十人に満たない俺たちを捕まえるために、大盤振る舞いをしてくれるらしい。
その百人の兵士たちが森の中に入っていったところで、俺は森の中を敵陣地へ向かって進み始めた。
そう俺は、撤退を呼び掛けておきながら、自分一人ここに残っていたのだ。
ちなみに、森の中に入っていった兵士たちに見つからなかったのは、気配を幽霊並みまで消す神聖術を使っていたから。
周囲に植物が多い森の中で、植物以下に気配を消すこの技を使った俺を見つけることは、とても難しい。
さて、一騒動終わって、陣地が静かな状態に戻った。
一度ノネッテ国の兵士を追い払ったことで、メンダシウム国の兵士たちも警戒を緩めて、各々が勝手な行動を取り始める。
ここで俺は神聖術を保った状態で、陣地の中に侵入する。
出ていった兵士たちが使っていたらしき毛布が投げ出されていたので、それを拾って体に巻いて見た目を誤魔化しながら、陣地内を走る。
気配を消す神聖術と、兵士たちの警戒が緩んでいることの相乗効果で、俺の行動を見咎める人はいない。
そして、帝国製らしき杖がある場所にたどり着いた。
「ここまでは、上手くいった」
誰かに発見されたらすぐに逃げるつもりだったけど、こうも上手くいくなんて、今日は運がいいらしい。
俺は集積所の覆いの中に入り、持ってきた火炎瓶の中身を振りまいていく。
豆油を巻き終わったところで、こんなに上手くいっていると欲が出て、帝国製らしき杖を一本、失敬していくことにした。
その杖を持ちながら、点火の魔法の呪文を、最後の火炎瓶の火口に向かって唱える。
「火花は火種に。火種は炎へ。温かき火よ、現れろ。パル・ニス」
マッチ並の火がでる、生活用の魔法だ。
しかし俺の掌に現れたのは、篝火のように大きな火。
火炎瓶が一気に炎に包まれ、豆油が発火してより大きな火になる。
俺は驚き慌てながら、杖の集積所から転がり出て、毛布をかぶった状態で走り始める。手に帝国製だと、効果を見て確信した杖を持ちながら。
「どうやら、魔法の効果を高める杖のようだな」
杖を毛布の内側に隠しながら、俺は大声で叫ぶ。
「また火矢が飛んできたぞ! 別の場所が燃えているぞ!!」
俺の大声に、緩んだ雰囲気だった陣地の空気が、再び慌ただしくなった。
そして集積所は、振りまいておいた豆油も発火を始め、キャンプファイヤーのような大きな炎になりつつある。
兵士たちが燃え上がる集積所に集まりだし、消化しようと騒ぎながら行動を開始する。
「くそっ! 豆喰いの山猿どもめ! エサに食いついたと思ったら、逃げながらのまぐれ当てで一番大事な物資を燃やしやがった!」
「探せ! ここまで火矢が来たのなら、陣地の近くにいるはずだ!」
「森の追跡に長けた兵は、もうすでに全員出てしまってますよ!?」
「そんなことは分かっている! 不慣れな連中だろうと追わせるんだ!」
混乱している中を、俺は陣地の外へと出ていく。
そして森の中に入った瞬間に、気配を消す神聖術を解き、筋肉の出力を上げる神聖術を使う。
森の中を疾駆し、行く手を遮る枝葉を体に巻いた毛布で無理やり飛ばしていく。
「そういえば、センティスたちは大丈夫だろうか」
森の中を追うのに慣れた兵に追いかけられているらしいけどと心配しながら、山へ向かって走っていった。