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百二十八話 騎士王と謁見中

 俺は、玉座に座りながらじっと見下ろしてくる騎士王テレトゥトス・エレジアマニャ・ムドウを、見つめ返す。

 なぜか、俺の人となりを騎士王が探っていると直感し、目を背けるのはまずいとも感じたからだ。

 そうして見つめ合っていると、玉座が乗る台座の下の段に、一人の人物が進み出たことが、俺の視界の端に入った。


「ノネッテ国のミリモス・ノネッテ王子。偉大なる王にして神の代弁者たる騎士王様の前で、立ったままとは不敬である。疾く、跪くが良い」


 視界の端にいるその人物が言ってくるが、俺は取り合う気はない。

 いや、正しくは、騎士王から視線を外すことこそが一番ダメなことだと直感が続いているため、跪けという命令に従うわけにはいかなかったのだ。


「相手が大国の王で神の使いであろうと、俺は小国とはいえ王家の者。易々と下げる頭の持ち合わせはない」


 王子口調を使う余裕がないため、普段の口調を放つしかなかった。

 だが、やはり言葉遣いがまずかったのだろう。俺の視界の端に映る人物から、怒声が上がる。


「貴様! 自分が、我らが騎士王様と同格とでも言う気か! なんと不敬な!」


 言い分は理解できるけど、ちょっと黙っていて欲しい。

 俺はいま、騎士王から圧力のある視線を受けて、ジリジリと精神が削れている最中なんだから。

 そう考えながら怒声を無視すると、俺の視界の端に映る人物がこちらに寄ってきた。

 思わず目を向けそうになるが、ぐっと堪えて、騎士王に視線を釘付けにしたままを保つ。

 すると、視界の中に彼の人物が映る具合が大きくなってくる。

 そこでようやく、その人物が五十歳前後の男性で、大柄かつ恰幅が良くて、鎧ではなくカソックに似た礼服を着用していると知った。


「貴様! 跪けと言っているだろうが!」


 俺の眼前まで迫った恰幅の良い男性は、拳を振り上げて、こちらを打ち据えようとしてきた。

 その殴り方は、明らかに戦いを知らない素人のもの。俺が自身に神聖術をかけさえすれば、殴られても痛痒も感じないほどだろう。

 けど、俺はあえて受ける気はなかった。

 彼の大柄な体が騎士王からの視線を遮ってくれたおかげで、自由に動けるようになっていたからだ。


「邪魔、だよ!」


 俺は振り下ろされてきた拳を掴むと、体を横回転させながら一本背負いで、彼を聖堂の出入口の方へと投げ飛ばした。

 

「うおおおおおおおおおおお!?」


 悲鳴を上げながら空中を飛んだ彼は、床に落ちるとゴロゴロと転がり、出入口の大扉に衝突して大きな音を立てた。

 その音に、門を守護している門番が敏感に反応し、扉が勢いよく開かれた


「何事ですか!」


 恐らく神聖術を用いながら開いたんだろう。重厚そうな大扉が、まるで薄いベニヤ板かのように素早く開け放たれ、大扉の前に転がっていた俺が投げた男性を弾き飛ばした。


「のおおおおおおおおおおおお!?」

「祭司長殿! なぜ扉の前に!?」


 門番は弾き飛ばしてしまった相手に驚いて、慌てて駆け寄っている。

 しかし残念なことに、俺の投げと、大扉の一撃で、祭司長だったらしきその人物は失神してしまっていた。

 自分のことながら、やってしまったと少し気を揉みつつ、表面上は当然のことをしたという態度を保つ。

 俺は澄ました態度で騎士王へ視線を戻すと、向けられる視線の圧力が先ほどまでより弱まっていることに気付いた。

 不思議に感じていると、騎士王が口を開いた。


「祭司長のことは許せ。彼の者は、神を殊更に愛しているのだ」


 前の状況と脈絡がなさそうな言葉に、俺は疑問で頭が埋め尽くされた。

 祭司長が神を愛していることが、どうして騎士王への態度のことで、俺を殴ろうとしてくるのだろうか。

 良くは分からないままだけど、とりあえず返答はしなければならないよな。


「騎士王殿のお言葉ですし、許しましょう」


 許せと言われたから、許したと返したのだけど、やっぱり騎士国の重鎮の人たちに与える心象は悪いみたいだった。

 先ほど、戦いの素人である祭司長が無残な結果に終わったからか、今度は戦いが得意そうな甲冑姿かつ山のように大柄な人物が玉座がある台座の前に進み出てきた。


「ミリモス・ノネッテ王子。貴殿は、中々に豪胆なご様子ですな」


 平坦な言葉遣いかつ迂遠な言い方で、注意されてしまった。

 どう返したらいいかと少し悩んだけど、ここまで失態続きなんだから、いつもの調子でいいやと開き直ることにした。


「戦い方を教えてくれる先生が怖い人なので、これぐらいの圧力は慣れてしまったんでしょうね」

「ミリモス王子!」


 軽口に反応したのは、俺の背後で座礼しているファミリス。

 横目で視線を向けると、ファミリスは騎士王の前での失言を恥じるように、深々と頭を下げ直している最中だった。

 一方、騎士王の前にいる甲冑の人物は、態度を一変させて面白そうに笑い始めていた。


「うわははははっ。なるほど、騎士ファミリスの教え子であれば、この程度の『試し』など児戯に等しいか!」


 そう大笑いする彼と連動するように、聖堂の空気が和やかなものに変わり始めた。

 状況から察するに、俺の人となりや力量を把握するために、騎士国の重鎮が総出で演技をしていたんだろうな。

 なんて迷惑なと思っていると、騎士王が再び口を開いた。


「皆、満足したであろう」

「ハッ! ミリモス王子が、パルベラ姫様をお預けするに値する人物であると、皆が納得したことでしょう。しかし欲を言えば、ミリモス王子の神聖術の腕前も見ておきたいものです!」


 この要求に、騎士王は平然とした態度のままだったけど、俺はその瞳の内側に呆れが見えた気がした。

 その直後、騎士王は『申し出を受けるか?』という目を向けてきた。


「別に隠しているわけではないので、見せる分には構いませんけど」

「おお! ならば、このガンジャグが、お相手仕ろうではないか!」


 ウキウキとした様子で、騎士王の前にいた甲冑の人が名乗りを上げてきた。

 そのガンジャグという名前の人物が誰かということは、重鎮たちの「第一騎士団長殿が!?」というヒソヒソ話が聞こえてきたので、理解することができた。


「さあ、全力で来るがよい」


 全力か。

 ファミリスから一本取るために作った秘策はあるんだけど、神聖術と魔法の両使いのときといい、俺の秘策ってファミリス本人にやる前に披露することになることが多くないかなぁ。

 ちょっとだけ残念な気分になりつつ、俺は腰から帝国製の魔導剣を抜き放つ。

 対する第一騎士団隊長のガンジャグも、大柄の体の腰に下げていた幅広の大剣を抜いて構えてきた。その上で、あちらが先に神聖術を展開する。


「さあさあ、打ち込んで来るのだ!」


 楽しそうだなと、相手の様子に苦笑いしながら、俺も神聖術を全開で使う。

 お互いが放つ神聖術の圧力で、聖堂の空気が震えるようだ。


「行きます!」

「来い!」


 俺の声にガンジャグが応えた瞬間、俺は全力で前へ駆け出していく。

 その瞬間、周囲にいる騎士国の重鎮の大半が『期待外れ』と言いたげな雰囲気に変わったのが分かった。

 それもそうだろう。俺の今の実力は、ファミリスの足元に及ばない程度なんだ。聖堂に集まるほどに、騎士国で成果を上げた騎士にとってみたら、児戯に等しいに違いないのだから。

 でも児戯だろうと、やりようによっては大人に一泡吹かせることは可能だ。

 走り、ガンジャグの剣の間合いの一歩前に入った瞬間、俺は神聖術を膂力を増す方から気配を消す方へ切り替えた。

 単純に気配を景色並みにしただけだけど、事前に全力の神聖術で気配を増していたこともあって、恐らくガンジャグの目には俺が消えたように映ったはずだ。

 その証拠にガンジャグの目は、俺の姿を探すように左右に振られている。

 そうして相手が対応を誤っている間に、俺は身を低くしながら前へと走り、自分の剣の間合いへ。

 このまま斬りつけてもいいのだろうけど、相手は騎士団長なので、念を入れて背後を取ることにした。

 ガンジャグの横をすり抜けるようにして通り過ぎ、背後に立った瞬間に、気配を消す方から膂力を増す用へと神聖術を切り替える。

 すると、ガンジャグが素早く振り返ってきた。


「「んな!?」」


 ガンジャグは俺が背後に立っていることに、俺はガンジャグの反応の素早さに、お互い驚いていた。

 しかし俺の方は既に、斬りかかる態勢に入っている。

 このまま斬りつければ、俺の勝ちだ!


「うりゃああ!」


 気合いと共に一閃。

 これは当たる――と確信した瞬間、ガンジャグが後ろ手に振り回すようにして裏拳を放ってきた。

 剣を振りきろうとすれば相打ち、裏拳を避ければ仕切り直し。

 瞬間の二択を迫れた俺は、第三の選択で、剣を手放してガンジャグの頭へと飛びつく。そして驚いた顔のガンジャグの側頭部に、渾身の膝蹴りを叩き込んだ。


「ぬあ!?」


 ガンジャグが態勢を揺るがすが、俺は打撃が浅かったと感じていた。

 仕方がないと、腰にあるパルベラ姫から貰った短剣を抜いて、突き出す。殺し合いじゃないし、寸止めにすれば問題ないと判断しながら。

 だが、ガンジャグの肌の近くに刃が到達する前に、俺の腕を掴み止められてしまった。


「くのっ!」


 追撃で再び顔面を蹴ろうとするが、その足も掴み止められてしまい、空中に宙釣り状態に。


「あっはっはっは! 王子や領主にしておくにはもったいないほどに、生きが良いな!」


 上機嫌なガンジャグとは裏腹に、俺は抵抗する術がなくて戦う気が消沈していた。


「手がないので、降参します」

「そうか。中々に面白い戦いだったぞ、ミリモス王子」


 地面に下ろされた俺は、残念無念な気持ちと共に、手にくっきりと浮かぶ掴まれた痕を摩ったのだった。

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